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20年後 その2


 「失礼ですが、話の意味がよく・・・」

 「あらあら、ごめんなさいね。また、私の中で話が完結してしまったわ〜。よく、ゼウスおじ様にお前の話は分からんと言われちゃうのよ〜」

 「そうなんですか?」

 「そうよ〜、ウルズちゃんとかは話が伝わるから、よく話すんだけどどうしてかしらね?」


 それはウルズが未来予知と呼ばれる力を持っているから、なのだが、カナンの知った事では無い上、話も脱線しまくっているあたりは流石、神と言うべきか。


 「あの、話を本題に戻してもいいですか?」

 「あら〜、そうね。ごめんなさい。えーとね、貴方のお話を聞かせて欲しいの。貴方がどうしてそんなに悲しそうにするのか、その原因になった話を」

 「はあ、それは良いですけど・・・」

 「そうしたら、私がそのお話を元に一つの物語を書くから〜、貴方に読んで欲しいの」

 「・・・構いませんが、あまり面白い話でも無いですよ?」

 「ううん。人の心を揺さぶる話に面白いもつまらないも無いわ」

 「では、簡潔にお話ししますね」


 そして、カナンは自分が『伏魔殿パンデモニウム 』に囚われた時からの話を始めた。

 ドーレフ達と戦った事、アレクが助けてくれた事。

 二人の冒険や、別れの言葉もないままカナンだけが外に出てしまったことまで。

 目の前で微笑みながら話を聞くフレイヤは、時折相槌を打ったり、その時のカナンの心情やより正確な現場の詳細などを訪ねて来たりした。

 

 「・・・これが話の全てです。この後は、アレクからいつのまにか渡されていた手紙にあった通り、彼に頼まれた事をいくつか」

 「うんうん、ありがとう。余計な物が混ざらない、二人の純愛劇。とても良かったわ。友人との別れ、二人のすれ違った恋、そして、交わった時には二人の間には埋めがたい距離が・・・」


 言いながら、フレイヤは楽しそうに微笑む。

 羽ペンは宙に浮かんで、礼拝堂の中を埋め尽くすほどの光の文字を書き続けていた。


 「ありがとう。でも、少しだけお話を変えさせてもらっても良いかしら?」

 「ええ、別に構いませんが・・・理由を聞かせてもらっても?」

 「うふふ〜、当然じゃない。私はハッピーエンドが好きだからよ〜」


 フレイヤが指を打ち鳴らす。

 すると、黄金の文字は弾けて、礼拝堂に金色の花を咲かせた。


 「金生華、私の魔力で作られた幸福を運ぶ華よ〜。貴方のこと、応援してるわ。それと、その恋が実る事も、ね」

 「ありがとうございます」


 フレイヤが去っていった後も、金色の華が消える事は無い。

 無秩序に咲き乱れている筈なのに、不思議な美しさを感じさせるのは、この華の美しさ故か。


 時計を見てみれば、既に残り時間は1時間を切っている。

 フレイヤが人払いを解いて、大量の人が流れ込んでくる前に、カナンは礼拝堂の裏へと行く事にした。



♢☆♢☆



 礼拝堂から出たフレイヤは、近くの兵士に頼んで人払いを解除してもらってから、楽しそうに物語を綴り続けていた。


 「うふふ〜、素晴らしいお話だわ〜。話から作られた金生華があんなに咲き誇ったのは久しぶり。でも、だからこそ残念だわ〜。後一つ、彼が帰ってくれば、この物語は完成するのに」


 フレイヤが歩いた後は、幻想的な魔力で作られた華が咲いては消えていく。

 道行く人はその華の美しさに目を奪われた後、フレイヤの美貌に目を二度奪われる。


 「ん〜、ここはこうね」


 彼女が文字を綴れば、空を黄金の文字が流れて砕け散った。

 そして、そんな彼女に呆れたように声がかけられる。


 「相変わらずだな、君は」

 「あらあら、副天使長さんがどうかしたの?」

 「本日付でまた、臨時天使長だ」

 「あら〜、また?ここ100年でもう七度目よ〜」

 「しょうがないだろう、天使長はよく失踪してしまうんだから」


 疲れたようにため息を吐き、先程から女性の視線のみならず男性の視線すら釘付けにしている男性、彼は『天使』と呼ばれる神族の中のナンバー・2、副天使長サンダルフォンだ。

 灰色の髪の毛の下にある切れ目の美貌、7頭身のスラリとした体型、細いのに筋肉質な身体つきは、まさに男性の理想形だろう。


 「今度は何かあったのかしら〜?」

 「今回は有望な子が見つかった!とかいって、出ていってしまったよ・・・でも、珍しく、今日に合わせて絶対戻ってくると言っていたな。確かに今日は大事な日だけど、あの人がそんな事に興味あるかな?」

 「むむ〜?もしかして?」

 「ん?何か知ってるのかい?」

 「ふふ〜、もしかしたらだけど・・・とっても、ハッピーな結末になるかもしれないわ〜。こうしちゃいられないわ〜、私、少し急用が出来ちゃった♪」

 「?」


 楽しそうに走り去っていくフレイヤを眺めて、サンダルフォンは首をかしげる。


 「本当によくわからない方だ」


♢☆♢☆


 そんなサンダルフォンを街で一番高い建物、時計台の上から見下ろす3つの影があった。


 「クスクス、やはり鈍い殿方よね」


 紅の髪の毛を揺らして、楽しそうに微笑む美少女。

 彼女は運命を司る三柱が一柱、ウルズだ。


 赤いドレスに身を包む彼女は、幼さに付随する色気の所為で背徳的な美しさがある。


 「ねえ、何が?」

 「後で教えてあげるわ、スクルド」


 無邪気な表情で訪ねてくるウルズとそっくりな少女の名前はスクルド。

 ウルズと同じく運命の女神であり、彼女の妹にあたるのだが、神格を得てからの期間が短すぎて、運命を見る権能を上手く使えていないようだ。

 全体的に赤い印象の強いウルズとは違い、青を基調とした服に身を包み、青みがかった黒髪のスクルド。

 妖艶さこそ無いが、それでも神に相応しい非常に整った見た目をしている。


 「お姉様、このままだとめんどくさいことになりそうですけど・・・」


 困ったような表情でウルズの方を向くのは、これまたウルズとそっくりな見た目をした少女だ。

 彼女はヴェルザンディ、ウルズの妹でスクルドの姉、運命の女神の一柱だ。


 鮮やかな緑色の髪の毛で片目を隠し、三人の中では最も成長した身体の彼女は、風ではためく深緑色のドレスを抑えて、ウルズの返事を待つ。


 「うーん、それもそうね・・・けれど、今回は天使長さんも遠慮すると思うし、そうでなくても彼の方が来て、カナンの邪魔をするとは思えないのよね」

 「未来を見ないんですか?」

 「それもいいけど・・・見たらつまらないでしょ?」


 呆れたようにヴェルザンディはため息をつく。

 三姉妹の中で最も力が強いのはウルズであり、未来予知を使えるのも彼女だけなのだが、彼女は最も神らしい性格をしており、退屈を嫌う。


 神格を持って400年のヴェルザンディや、7年のスクルドにはわかりづらい感覚なのだが、創世の時代から生きるウルズにとって、退屈とは許しがたいものであるらしかった。


 とは言え、スクルドは言うまでもなく、ヴェルザンディもまたウルズの言う事に反対する気は無い。

 

 「お姉様が言うのであれば」

 

 そう呟くと、ヴェルザンディは再び眼下の街を見下ろした。



♢☆♢☆



 一方、不穏な事を企む輩も居た。


 「式典が始まったら、こいつを放てば式はぶち壊し、そのついでにこれを」

 「わかりました」

 

 小さな宿屋の一室、三人の男性に仮面を被った男性とも女性ともつかない存在が、呟きながら何かを手渡す。


 「我らが同胞の命を奪ったカナンに復讐を」

 「ああ、その通りだ」

 「では、全ては手筈通りに・・・ロキ様」


 仮面の存在、ロキと呼ばれたそれは仮面の下で笑う。


 「そうだね・・・けれど、勘違いしちゃあいけない。これは、ジールス君の敵討ちじゃ無いよ。僕たちはジールス君の分までこの世を楽しむんだ。そして、それの第一歩がこれってだけ。憎しみは視野を狭めるからね」

 「確かに貴方様の言う通りです。我ら、憎しみに囚われる余り、貴方様の教えを忘れる所だった」

 「うんうん、それでいい。『この世界をより楽しく』、それが僕たちのモットーだ。じゃあ、僕は他のメンバーの元にも行ってくるよ」

 「お気をつけて」


 振り返り、三歩歩いてから、まるで手品のようにロキは姿を消す。

 後に残ったのは、花弁も茎も何もかもが黒い一輪の花のみだった。


 

♢☆♢☆


 時計台の針が十二を指し示し、荘厳なる鐘の音が街中に響き渡った。

 そして、それと同時に式典が始まる。


 金色の華が咲き誇る礼拝堂内には、色んな街の重役や、『契約』を司る神々が座っていた。


 彼らはただ興味本位で見に来ているわけではなく、この講和が未来永劫続くものであるということを保証するためにこの場にいるのだ。


 「魔物代表、カナンだ」

 「『人族ヒューマン』代表、アルトリウス・ジャックだ」

 「彼の名高き12星将の一人、アルトリウス殿、噂はかねがね聞いているよ」

 「こちらこそ、貴方の噂を耳にしない日は無かった」


 アルトリウス・ジャック。

 彼こそは人類の英雄の一人だ。

 湖の妖精ヴィヴィアンより贈られた聖剣『カリブルヌス』と『ゾディアック』の精霊を宿した究極の一振り、『レグルス』の二刀を扱う神代の人間。


 単身で国を滅ぼし、龍を狩ったという逸話から、龍殺し、ペンドラゴンの二つ名も持っている。


 「では、互いに腕を」


 カナンとアルトリウスの間に立ち、二人に腕を出すよう促すのは、契約の神ミスラだ。

 金色の髪をオールバックに固め、野暮ったい眼鏡を鼻にのせており、控えめに言っても地味といった印象を受けるが、その実、神々の中でもトップクラスの戦闘力を誇る神であるということは、一部の者達の間では有名な話である。


 二人が腕を伸ばし、ミスラの前に差し出す。

 すると、誓約の印と呼ばれる紋章が二人の間に浮かび上がった。


 「これより、誓約の儀を始める。契約の書を」


 カナンとアルトリウスで煮詰めた契約の書をミスラに渡し、ミスラがそれを見る事で契約の儀は完了する。


 「了承した。これにて誓約の儀を終える。双方、誓約の内容を変えたい時には二人で私の神殿を訪れるように」


 浮かび上がった紋章が消えていき、代わりにカナンとアルトリウスの腕にサイズの小さくなった同じ紋章が浮かび上がった。


 「ミスラ様との契約は初めてだが・・・こうなるのか」


 光で作られたその紋章は暫く経つと、消えてしまう。


 「それは我が魔力による物だ。誓約が破られし時、それは砕け散る」


 と、ミスラ。


 「破られる、というのはどのように定義するんですか?」

 「アルトリウスよ、それを尋ねるということは破る気がある・・・と受け取られても仕方のない事だと思うが?」

 「ミスラ様、重要な事なのです」

 「・・・ふむ、お前らの書いた契約に対する二人の意識、それらが契約の基盤となる。とだけ言っておこうか」

 「ありがとうございます」


 そんなアルトリウスにカナンは鋭い視線を向ける。

 が、アルトリウスに気づかれるより早く視線を緩めて、にこやかに微笑んだ。


 「こう言った契約は、信頼で成り立つ物です。ねえ、ミスラ様?」

 「まあ、その通りだ。破るつもりで書かれた契約も、破らせるつもりで書いた契約も、壊れるのは容易い。それを極力減らす為に、契約に対する意識を二人で共有させているのだがな」


 契約の神に対して、契約とは結局結ぶ両者の問題だと、カナンの明らかな挑発。

 ジロリ、そんな視線でカナンを睨むミスラは、カナンのニコニコとした表情を見て、それに邪気が無いと判断したのか、それとも彼女に何を言っても無駄と判断したのか、すぐに視線を外した。


 「では、私はこれで・・・」


 ミスラがその場から姿を消した。

 これでとりあえずは、講和は結ばれた。

 後はそれを公に晒すだけだ。


 「では、外に行きましょうか。アルトリウス殿」

 「ああ、そうだな」


 二人が礼拝堂から出ると、外には多くの魔物や人間達の姿がある。

 そう、講和とは結んだら終わりでは無い。それを周知の事実とする事、その種族にそれを示す事が重要なのだ。


 

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