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これが最後の


 翼を再生するが、空を飛ぶ事はしない。

 あくまでも加速の道具として翼は使う。


 「メデューサ、いくら大型にも効くって言ったって相手はゴルゴーンだ!本当に効くんだろうな!」

 『心配するな、ここは俺の魔力が元で作られてんだ。魂だけの状態でも罠をお前のお望みどおりに改造する程度ならお手の物だ』


 アランとの戦い、ゴルゴーンとの戦い、二つの激戦を経た地面は荒れ果てており、翼による補助が無ければ、その巨大な身体で多少の穴は突っ切ってしまうゴルゴーンに追いつかれる。


 「後、どれくらいで着く!」

 『心配するな、もう入った』


 メデューサの声と、周りの景色が変わってくるのは殆ど同時だった。

 荒れ果てた地面以外は何も見えなかった先程の景色とは一転、火山や焼け果てた森の残骸などが見られるようになってくる。


 それと同時にアレクは《構造把握》と《罠看破》、《サーチ》を同時使用、足止めに使える物が無いかを探し始めた。


 「メデューサ、前方400mにある罠をより巨大に!2秒後起動!」

 『もうやった』


 そう言って、アレクは翼の補助を借りながら跳躍、ゴルゴーンがこちらを追って、空を飛ばない程度に飛び上がる。


 そして、罠の範囲をギリギリ踏まない場所で着地、その背後ではゴルゴーンが罠の場所を巨大にして長大な腹の面積で這って移動してくるため、大量の溶岩が噴き出し、ゴルゴーンの身体を焼く。


 だが。


 「マジか!全然効いてねえ!」

 『これ以上痛めつけるのは本意じゃねえが!』


 メデューサがアレクの脳内でそう言うと、周囲の火山が全て噴火し、大量の火山弾が降り注ぐ。


 「ナイス判断!」

 『こんなのじゃ足止めにもならねえよ!さっさと山登れ!』


 メデューサに急かされながら、アレクは焼け野原の広がる山を駆け上がる。

 崖などは文字通り飛び越えながら、ゴルゴーンとの距離を保つ。


 「頂上!範囲拡大!」

 『わかった!ついでに前方4つも!』


 アレクの前方で腹の底に響く重たい音が聞こえるのと同時、黒と赤が入り混じったような壁が迫ってくる。

 それの名は火砕流、通常の物であれば、アレク達にダメージなど入るはずもないが、メデューサの強化を施されたそれは、アレク達ですら焼き尽くす死の波だ。


 殺傷力だけを高めるのであれば全てを溶岩にしても良かったが、溶岩ではスピードと範囲に欠ける。


 アレクは波に飲まれる直前に跳躍、残った魔力を使って、そのまま火砕流の上をなぞるように飛翔した。


 そして、当然ながらゴルゴーンもアレクと同じように翼を使って背後をぴったりと追ってくる。


 それを見て、アレクは口角を上げた。


 「かかったな、メデューサ!」

 『おう、我が身体ながら情けないな』


 メデューサが罠を起動、火砕流の中から巨大な魔法陣が浮かび上がると、アレクにはギリギリ当たらない範囲で、ゴルゴーンの姿は全て捉える範囲で魔法を発動する。

 その魔法は『重力グラビリア』、対象に掛かる重力を増加する魔法だ。

 本来、100倍になる所を強化により1500倍に引き上げているため、流石のゴルゴーンでも耐え切れはしない。


 叩き落とされたゴルゴーンは山の岩盤ごと破壊して、火砕流に巻き込まれながら火山の地下へと落下する。


 階層の底をぶち抜く事態を避けるため、重力魔法の持続時間はたったの10秒。


 「メデューサ!」

 『わかっている』


 即座に山を崩落させて、そのままゴルゴーンをマグマ溜まりに落とす。

 そして、マグマ溜まり付近に黙り込んだ火山性ガスに大量の空気が流れ込む事で、今度は魔力の込められた、アレク達にもダメージが入る威力の爆発が起きた。


 山一つが吹き飛び、周囲を熱波が襲う。


 そして、爆発の中央部へと失った空気が流れ込む段階でアレクは刀を持つと、それに乗って一気にゴルゴーンへと近づく。


 ここまでがアレクの即興で作った流れだ。


 まずは煙による視覚の妨害、魔力に関しては自分の魔力を抑え込むことで相手の感知から逃れ、更にゴルゴーンの頭部に生える蛇達の持つ熱を探知する器官を潰すために熱波の中へとわざわざ飛び込む。

 ここでお互いの位置は分からなくなるが、アレクには《サーチ》による位置把握が出来るため、この時点でアレクが僅かなアドバンテージを獲得できる。


 声を潜め、足音を殺す。


 流れ込む空気に乗って走ることで風の流れから、こちらの位置を悟られる事すら無い。


 しかし、それでもまだ決め手にはなり得ない。


 アレクの戦う相手は神話の化け物、アレクの常識の埒外にいる超常の存在なのだから。


 「っ!」


 全ての感覚器官を潰されて尚、ゴルゴーンはアレクへとその腕を伸ばした。


 煙による視覚のディスアドバンテージは、アレクとゴルゴーンに共通のもの、アレクは突然目の前から現れた腕に掴まれ、ゴルゴーンの目の前へと引きずり出される。


 そして、ゴルゴーンがゼロ距離で自分の腕ごと魔眼をアレクにぶつけた。


 アレクは残された僅かな魔力で抵抗するが、翼の先から石化が始まる。


 そして、石化だけでは飽き足らずゴルゴーンの頭の蛇達が伸びてアレクへとその牙を立てた。

 流れ込んでくるのは神々すら殺せしめる猛毒。


 牙を立てた位置からアレクの身体が黒く変色し始め、喀血する。


 「ガアアアァァ!!」


 激痛と毒による錯乱から絶叫、意思を持たぬ筈のゴルゴーンはその様子を見て、楽しそうに酷薄な笑みを浮かべた。

 だが、ゴルゴーンは噛み付いた蛇を通して見てしまった。

 アレクを通じて、刀の中にいる彼女を。

 身体の主人である少女の魂を。


 『肉体如きが・・・あまり図に乗るんじゃあねえよ』

 「オ、オオオ・・・」


 萎縮したゴルゴーンの腕が緩み、蛇達すらもアレクを離す。

 そして、地面に降り立ったアレクはその一瞬の隙を見逃さなかった。


 血を吐き、石化しているにも関わらず、強く踏み込んだ左足にヒビが入る。

 そして、残された全身の力全てを振り絞った一閃。

 まさに閃光の如き、光に近づく程に速く抜き放たれたその一閃はゴルゴーンの体内に眠る闇の核を切り裂いた。


 「終わった・・・のか」

 『ああ、ナイスファイトだぜ。アレク』


 崩れ逝くゴルゴーンの死体にアレクはゆっくりと歩み寄ると、刀を突き立てる。


 「じゃあ、頼むぜ」

 『ああ、約束を守るのは女神の義務だからな。じゃあ、良いんだな?本当に』

 「ああ」

 『別れの言葉も何も無くていいんだな?』

 「しつこいっての・・・それにメッセージは残した」

 『分かった・・・じゃあ、行くぜ。これから、『カナン』を『伏魔殿パンデモニウム 』の外に送り出す』


 送り出せるのはたった一人。

 それを聞いた時から、アレクは既にこの事を決めていた。


 ゴルゴーンの邪悪な魔力がメデューサへと取り込まれ、浄化されてしまう瞬間に、一度だけ光が空へと打ち上げられる。

 それこそが、カナンを送る為の光なのだろう。


 アレクはそれを見上げてポツリと呟いた。


 「じゃあな、カナン・・・」



♢☆♢☆



 睨み合うカナンと老人。

 お互いに決め手がない状態で戦況が膠着する中、空から降ってきた光がカナンにぶつかるのと同時に、カナンの身体が消える。


 対峙していた老人は驚愕の表情を作るが、すぐに一転、憎悪の表情に変わると、


 「まさか・・・ゴルゴーンを倒したのか。ふざけるな、あれは私がここから脱出する為の道具だったのだぞ!」


 手に持っていた刀を思い切り地面へと振り下ろした。


 それと同時に地面が爆破、巨大なクレーターが出来上がるが、最早それは何の意味もなさない虚しい行動にしかならなかった。



♢☆♢☆


 最初に鼻腔をくすぐったのは懐かしい匂いだった。

 ずっと、血や炎の香りしかしなかったので、突然やってきた木の香りはカナンの心を揺らした。


 「ここは」


 対峙していた老人の姿も、辺り一面の荒れた大地もありはしない。

 緑の木々に、背の高い草の草原。


 ここをカナンは知っていた。


 導かれるように、本能に従うように、ゆらゆらと幽鬼のようにとある方向へと歩き出す。


 彼女の記憶とここが同じ場所なら、そこには切り立った崖の先端部があって、そこからは自分の集落一面を見渡せる筈で。


 果たして、彼女の視線の先にあった景色は彼女の望んだものであった。

 『人化ヒューマネーション』で暮らす自らの同族、点在する小さな家群、中央に作られた小さな噴水。


 「帰ってきたんだ・・・」


 ポツリと呟くカナンはしかし、半径10キロ圏内に自分の知った魔力が無いことに気づく。


 「そういえば、アレクは何処に居るんだ?」


 遺跡から外に出る時は、お互いの距離関係は変わらない筈だ。

 もう少し範囲を拡大してみようとしたところで、カナンは自分の中に微弱なアレクの魔力がある事に気づく。


 その瞬間、カナンの身体から小さな光の球が飛び出すと、それは形を変えて小さな手紙になった。


 「手紙?」


 カナンがそれを手に取ると、中には三枚の便箋が入っている。


 「親愛なるカナンへ」


 書いてある文字を口に出して、カナンは呟く。


 


 

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