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ゴルゴーン強襲


 魔物へと進化を果たしたアレクが新たに得た能力は二つある。

 一つが魔力への聖属性自動付与。

 二つ目が聖属性魔法の詠唱を破棄できるというもの。


 聖属性、それはは魔力自体に『魔』の浄化と治癒の性質をつけられるという非常に強い属性だ。


 そしてもう一つの詠唱破棄、これは聖属性の現存する魔法の詠唱を破棄できる能力というよりは、聖属性の魔力を自分の好きな形で使えるといった方が正しい。


 そのため、聖属性の事なんてちっとも知らないアレクであっても、自作の適当な魔法を使えるようになっているのだ。


 そして、この二つの能力はどちらも、『天使』に属する存在が生まれながらにして持つものである。



♢☆♢☆



 「さてさて、どれくらい遊ぼうか?」


 その言葉の意味は既に伝わって居ないだろうが、ニュアンスはわかるらしく、アランは苛立ったように吼える。

 

 「ま、せっかく剣も増やしたんだ。さっきより派手に行こうか!」


 5本の剣が踊り狂い、アランを切り裂く。

 鮮血と闇が飛び散るが、アランはそれらの全てを気にせず、空を飛ぶアレクへと飛びかかってきた。


 アレクはそれを回避しつつ、カナン達の方へアランが意識を向けないように、剣を使ってこちらへと視線を誘導する。

 アランはそれに綺麗に引っかかり、こちらへと猪突猛進に向かってきた。

 アレクはその様子を見て、ニヤリと笑うと指を鳴らして呟く。


 「『ディバイン・ケージ』」

 

 すると、5本の剣が無数の光の棒に変化して、アランを囲むように降りてきた。

 まさに檻に囚われた獣となったアランは檻を破壊しようとするが、触れた部分が発火するため、下手に触れない。


 「いやー、『斥候』としての『スキル』要らずだな。こうやって、自分で殺傷性の高い罠を作れちまうんだから」


 アレクがそう呟いた瞬間、檻に使われていた光が閃光を放ち、爆発した。


 再び5本の剣となった光が爆風を切り裂きながら、アレクの元に戻ってくる。

 爆発の中央にいたアランはその全身を闇に包まれており、ダメージは見受けられない。


 「なるほどね、ならば・・・いや、とりあえずは譲るぜ。カナン!」


 アレクが光の剣を消失させ、叫ぶ。

 その次の瞬間、アランは横合いから加えられた強烈な衝撃によって吹き飛ばされた。

 そして、その衝撃を放った人物は、ゆっくりと歩いてくる。


 アランを吹き飛ばした人物は、少女だった。


 灰色の髪を腰まで伸ばした美しい少女。

 整った目鼻立ちこそ、かつてのカナンとそっくりだが、かつてのカナンが20代の成熟した美女だとしたら、今の姿は10代の若々しさに溢れた美少女だと言ったところか。


 服装も落ち着いた露出の少ない衣装から、可愛らしいデザインの物へとチェンジされており、小さいおヘソや、ミニスカートから覗く白い太ももが眩しい。


 そんなカナンの新たな装いに、アレクが見惚れていると、カナンがアランを睨みつけながら叫んだ。


 「アレク!」

 「ん?」


 そして、アレクの方を見ないまま、叫びはせず、それでも確かにしっかりとアレクの耳に届く声で言った。


 「頼んだよ」

 「・・・ああ、任せとけ」


 アレクの返事が聞こえたかはわからない。

 だが、カナンは絶対に約束を守るだろう。

 だとしたら、アレクからそれを破るわけにはいかない。


 「よし、ちょいと予定は狂ったが、これも予行演習だ。やるぞ、メデューサ」

 『ん・・・』


 アレクの脳内にのみ響く念話は、ここから一つ上の階層で出会った少女の物だ。

 

 「なんだ、不機嫌そうだな」

 『不機嫌そうじゃなくて、不機嫌なのよ。乙女心と言葉の使い方を学んだ方がいいわ』

 「何でだよ」

 『へえ・・・あのジエルとかいうのに私が居なければ負けていたくせによく言えるわね』

 「うっ・・・」

 『お前・・・貴方のせいで俺・・・私の3000年が水泡に帰しかけたのよ?わかってんだろう・・・てるんでしょうね?』


 彼女本来の乱暴な言葉遣いが出かけているということは、本当に機嫌が悪いという事だという事をこの短い付き合いで理解していたアレクは、早々にこの話題を切り上げてアランを倒すための準備に入る事にした。


 「さあて!行くぞー!」

 『おい!まだ話は!』

 「来たれ、星々の刃よ」

 『チッ、覚えておけよ・・・遍く全ての命よ』

 

 毒づきながらも、アレクの身体の中に埋め込まれた『擬似黄道十二門武器ゾディアックレプリカ』の中に居るメデューサが、アレクの詠唱をサポートする。


 「彼の者、星の海より来たりて」

 『生命樹セフィラの理は12の星に定められる』

 

 その後も、二人の折り重なるような詠唱が綴られてゆく。

 そして、そんな様子を戦闘の最中、カナンはずっと視界の端で収めていた。


 (どうやら、順調のようだな)


 そんなカナンの前では、両手両足を再生しながら立ち上がるアランの姿がある。


 「これ以上は無駄だ。私はお前を殺したくは無い。さっさと正気に戻れ」


 カナンの言葉は届かず、再生を終えたアランは彼女へとその腕を振るう。

 だが、今の彼女にとってそれは避ける必要すら無かった。


 右足での蹴りによって発生した衝撃のみで、アランの腕を弾き飛ばすと、飛び上がってアランの腹を殴りつける。

 そして、追撃の蹴りでアランごと、アランの身体を支えていた山を吹き飛ばした。


 「これでもまだ再生するのか!」


 胴体が二つに別れたにも関わらず、再生し、カナンを睨みつけるアランを見て、カナンは驚愕の声を漏らす。

 このままでも負けることは無いが、勝ち目も無い。


 本当にこんなになってしまったアランを倒す術があるのか、と疑問に思うが、アレクが倒すと言ったのだ。

 だとしたら、自分は彼に与えられた役割を全うするしかない。


 そう自分に言い聞かせてカナンが倒れているアランの元へ向かうと、アランの身体は更なる変貌を遂げていた。


 最早、原型は留めていない。

 

 5つの頭、その頭一つ一つに4つずつ着いた20個の瞳、歪な発達をした前足や、背中から生えた翼は生命の冒涜とでも言うべきか。


 白濁した瞳でカナンを見下ろすアランはその凶悪な爪を彼女へと振り下ろす。

 回避しても良かったが、カナンはそれを敢えて、蹴りで迎撃、跳ね返すことによってアランの体勢を崩した。


 「もう、救えないのか・・・」


 泣きそうな様子で呟くカナン、そんなカナンの事など全く気にせず、アランが更に攻撃を加えようとすると、カナンの背後から放たれた3本の光剣がカナンを守った。


 「カナン、ここで終わらせよう。この悲しい命を」

 「アレク・・・」


 アレクの腕にはこれまでアレクが使っていた光の剣とは形状の違う、真っ白な刀が握られている。

 

 アレクは鞘に納められたそれを腰に構えると、腰を落として、体を半身に構えた。


 それは『居合』と呼ばれる抜刀術の形とそっくりなのだが、カナンとアレクがそれを知ることは無い。


 そして、剣の守りを突破し、かつてアランだった化け物がアレク達へと襲い掛かってくる。

 

 だが、アレクの目には恐怖も、敵意も、目の前の化け物の姿でさえ映ってはいない。

 見えるのは、アランの中で暴れる闇の輪郭。


 不定期に形を変えるそれは、一つの核によって支えられている。


 アレクは核を見極めた瞬間、構えた刀を一気に抜き放ち、飛びかかってきた化け物の身体ごと、闇すらも真っ二つに切り裂いた。


 「じゃあな・・・」


 結果は確認しなくてもわかっていた。

 背後で巨大な何かが崩れ落ちる音と、肉のひしゃげる音が響く。


 「アレク・・・!」


 カナンがアレクの胸に縋り付いた。

 当然だろう、かつての仲間がこんなにも酷い形で操られた挙句、それを自らの手で何度も傷つけたのだから。

 それに、アレクの《サーチ》にさっきから、カナン以外の存在が引っかからない。

 つまりは、ドーレフもカナンに力を託して、逝ってしまったのだ。


 「カナン・・・」


 アレクは何も言えずにカナンの背中に手を回す。


 カナンは泣かない。

 けれど、その感情の揺れはしっかりとアレクに伝わる。

 静寂が訪れた。


 束の間の静寂が。


 そして、それは2秒後破られる。



 「やはり、あの程度ではダメだったか・・・」

 

 声の方向に視線をやると、そこに居たのは一本の刀を、小さな身長で持つには些か長大に過ぎる刀を持った老人が空に座っていた。


 「誰だ・・・」

 「ふふ、そんな事はどうだっていい。それより・・・」


 老人が途中で言葉を切る。

 それと同時に、地面を突き破り、一匹の巨大な化け物が現れた。


 その姿はアレクにとって見覚えがある。


 ここに閉じ込められて最初に見た化け物、これまでに見たどの化け物を遥かに上回る存在。


 「ゴルゴーン!」


 アレクの叫びと、ゴルゴーンの絶叫が重なる。

 最下層より呼び出された、災厄の戦闘が始まった。

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