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魔物へと


 アレクとジエル、残りの魔力全てをかけた最後の一撃。

 走り出したタイミングは同時、そして二人の身体が重なる瞬間、アレクは自らの腕を一本犠牲にした。


 魔力を籠めた方とは逆の腕を先に出し、相手の腕に当てて、軌道をずらす。

 ジエルの魔力に焼かれて左腕の肘から下が無くなるが、それでも構わない。


 そして、ジエルの拳がアレクの頰を掠め、アレクの拳がジエルの腹を貫いた。


 「これで・・・終わり・・・だっ!」


 アレクが血に塗れた拳を引き抜くと、たたらを踏んだジエルが、口から大量の血を吐き出す。

 お互い、肩で息をしながら、地面に膝をつく。

 魔力も、スタミナも、全てを使い切った二人にこれ以上戦う力は残っていなかった。


 「ヒヒ、俺に勝つかよ・・・」

 「正直言って・・・こんなの、勝ちとは言えねえ・・・あれは俺じゃねえ」

 「謙虚なこった、まあ、いい・・・一つだけ頼みがある」

 「・・・言ってみろ」

 「俺を殺すんだったら、俺の死体が無くなるまで見ててくれねえか?」

 「・・・悪いが、それは出来ない。俺には探さなきゃいけない人がいるんだ」

 「そうか、じゃあしょうがねえ。だったら、アレク、ちょいと手を出してくれ」


 敵意はないと判断して、アレクがジエルに手を差し出す。

 すると、ジエルはアレクの掌の上に自らの胸から抉り出した小さな宝石を乗せた。


 「これは・・・」

 「俺の力の全てだ・・・死体を食うよりも、そっちの方が遥かに力を取り込みやすい」

 「わかった・・・ありがたく受け取る」


 カナンがそれを飲み込む。

 すると、変化は直ぐに起きた。

 アレクの身体が光り輝き、これまでとは全く違う、根本から存在が変わるような変化が訪れる。


 「なん・・・だ、何だ、これは・・・今までと全然違う・・・ぐ、ぐあああ!!ガァ!」


 のたうちまわりたくなるほどの激痛が、最初の『小悪魔』から、『中位悪魔』へと進化した時以上の激痛がアレクの身体を襲った。

 筋骨隆々だった身体は細くなっていき、懐かしい、人間だった頃のアレクのような物へと変わっていく。


 背中に生えた翼からは龍のようなものから天使のような白く美しい物へと、悪魔そのものだった鉤爪付きの腕は人間のしなやかな物へと。


 そして、光が収まった時、アレクの姿はこれまでとは全く違うものとなっていた。


 悪魔らしさは全て無くなり、その姿は人の形に近い。

 そして、その背中から腰の辺りかけて生えた6枚の羽、鳥のように綺麗な羽毛に包まれたそれは、天使の物だ。


 「『我を示せ』」


 《メモリア》で自らの情報を開示する。

 


 名前:アレク・ヘカテ

 種族:『魔物』

 年齢:17


 状態:覚醒者



 覚醒者、そんな状態に聞き覚えこそないが、自らの種族が魔物に変わっていた事にアレクは不思議と納得していた。


 この身体の奥底から満ち溢れるような力、これまでとは違い、人に大きく近づいたこの姿。


 アレクがずっと求めていた姿だった。


 「そうか、これが・・・」


 自らの姿を見ながら呟くアレクの横から、声がかけられる。

 

 「ヒヒ、漸く至る者が現れたな・・・」

 「どういう事だ?」

 「モンスターから、魔物への変化は魔力量、質、肉体面、精神面、あらゆる面において大きな変化をもたらす・・・だが、これまでの歴史上、『上位悪魔ディアボロス』どころか、悪魔系統モンスターで魔物へと至った者は居なかった・・・」


 そこまで呟くように言ってから、ジエルはゆっくりと目を閉じた。

 彼の身体が白くなり、灰に変わるのと同時に、東から強い風が吹き、彼の死体を消し去ってしまう。

 後に残った物は何も無く、あれ程の強敵は影も残さず、この世から居なくなってしまった。


 その事に少しだけ、物悲しくなる。


 だが、今のアレクに立ち止まっている暇など無かった。

 今の風には、カナンの魔力が乗っていた。

 つまり、今彼女は戦闘しているという事だ。


 「今、行くぜ」


 アレクは六枚の翼を広げるとこれまでとは段違いの速度でカナンの元に向かって翔んだ。



♢☆♢☆



 倒れていたドーレフは自分の目の前で起きた光景が俄かには信じられなかった。


 恐らくは、途轍も無い程の耐久性を誇る体毛に覆われ、更にその体毛の耐久を遥かに凌ぐ筋肉で繋がれていたアランの首。

 それを空から落とされた一本の光の剣が一撃で切り落としたのだ。


 謎の光に包まれ、ゆっくりと下されるカナンの身体、そして、カナンとアランの間に降り立ってきた天使のような何か。

 

 そして、その天使のような何かはカナンの方へと振り向くと、呟いた。


 「ああ、何の因果か知らんけど・・・また、助けに来たぜ」



♢☆♢☆



 アランが気味の悪い呻き声を上げると、失われた首がまた生えてくる。

 そして、アランは地面に落とされた自身の頭を加えて咀嚼すると、それをそのまま飲み下した。


 「随分と気味の悪い化け物になったじゃないか・・・」


 アレクが呟くと同時、地面に突き刺さっていた巨大な光の剣は光の粒子を空気に溶かして、アレクが持つには少し長い程度の長さの劔になってアレクの元に飛んでくる。


 その柄をアレクが手に取り、空を切り裂くように、その剣を振るとアランが咆哮を上げた。


 自らの頭を切り落としてくれた相手を殺そうと、その瞳に憎悪を滲ませる。


 「さあ、行くぜ」


 アレクはそれに怯まず、駆け出した。

 それに対して、アレクを迎撃する為にアランがその腕を振り下ろす。

 アレクはそれを正面から剣で受け止めると、そのままアランの腕を二枚に切り分けた。


 「アアアアアア!!!!」


 身体のバランスを崩したアランは、悲痛な叫び声を上げながら倒れる。

 アレクは手に持つ剣を腰に構えつつ、倒れたアランの頭部に向かって駆け出した。


 「断絶による裁きを!『ディバイン・ソード』!」


 アレクが叫ぶのと同時に、最初にアランの頭を切り落としたのと同じサイズの剣が2本、アレクの頭上に現れる。


 「行け!」


 アレクの簡素な命令と共にそれは撃ち出されると、アランの頭の内、両脇の二つを再び切り落とした。


 更にアランが苦痛の声を上げるより速く、アレク自身が振るった剣がアランの残った頭を切り裂いた。


 「終わった・・・のか?」

 

 カナンがポツリと呟く。

 が、アレクの顔に油断は見られない。


 そして、次の瞬間、アランの頭は再生し始め、切り裂かれた足も治り始めた。


 「な、あの状態から治るのか!?」

 「やはり・・・か」


 アランが完全に復活する前に、アレクは再度、巨大な剣を創り出し、その身体を切り裂こうと剣を飛ばす。

 だが、頭の一つも完全に治っていないのに、アランはそれを躱した。


 「ちっ、この状態でもまだ動けるのか!」


 アレクの剣を躱したアランは血を撒き散らしながらアレクに襲い掛かってくる。

 アレクは飛ばした剣を即座に手元に戻すと十字に交差させて、突進してくるアランを押し止めた。


 「全焼による裁きを!『ディバイン・フレア』!」


 十字に交差させた剣ごと、無理矢理アレクを押し潰そうとしてくるアランの身体を輝く炎が包み込む。

 

 「ガァ!」


 アランは苦しみ、のたうちまわる。

 だが、アランの身体の中から出てきた闇が炎ごとアランの身体を飲み込むと、炎も、それによって出来た傷跡も全て治されてしまう。


 「やっぱ、あれしかねえか・・・だが」


 アレクはカナン達の方を振り返る。

 そこには既に動けそうにもないカナンとドーレフの姿がある。


 「無理だよな・・・」


 呟きながら、アレクへと噛み付いてくるアランを空を飛ぶ事で回避、再度空から二本の巨大な剣を落として、アランの身体を地面と縫い合わせる。

 そして、ドーレフとカナン達の元へと向かった。


 「カナン、一応聞くが、ドーレフを殺して食うとか無理だよな?」

 「ん?どういう事だ」

 「あのアランをどうにかする手段はあるが、時間がかかる。どうにかその時間を稼いで欲しい」

 「そういうことか・・・だが」

 「ああ、わかってる。だから、念の為だ。こっちが本当の目的」


 アレクがカナンの身体に触れると、それだけで大きな傷は治ってしまう。


 「回復の魔法?いつの間に・・・」

 「いや、魔法は詠唱を知らなければ使えない。これは、そういう特性だ・・・まあ、その説明は後で。そろそろやつの方が・・・」


 アレクがそう呟いた瞬間、念話がアレクの頭に響いた。


 『話は聞いた・・・だったら、俺の力をカナンに継承してやればいい。そちらの方が確実だ』

 「ドーレフ?」

 『身内の恥だ・・・俺たちにも手伝わせてくれ』

 「だ、そうだが?カナン」


 アレクがカナンの方を見る。

 だが、聞くまでも無かったようだ。


 彼女の瞳には既に決意の色が見られる。


 「じゃあ、俺がもうちょいだけ戦うから、さっさとやってくれ」

 「ああ」


 彼女の返事を最後まで聞くことなく、アレクはアランの元へと移動する。


 アレクが近づくのと殆ど同時に、アランは突き刺さっていた剣を刺さっている地面ごと砕く事で脱出。

 周囲に纏った闇を飛ばす事で、アレクへと攻撃を仕掛けてきた。


 アレクは光の剣を手元に戻して、飛来する闇を迎撃、それと同時にこれまで3本しか出していなかった剣を更に2本追加する。


 「さて、もう少しだけ俺と遊ぼうか!」


 

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