また、あの時と同じように
7つの魔法陣が重なり、強大な魔力同士が共鳴し合う事によって、美しい旋律が奏でられる。
そして、そこから殲滅の光が放たれようとした時、アレクのジエルへと向けられていない方の腕が自分の腕を掴んだ。
「チッ、意識が戻りやがったか・・・良いのかよ、お前じゃ負けるかも知れねえんだぞ!・・・っ、クソ!ダメだ・・・主導権が・・・」
葛藤するように、苦しむように、中で何かがせめぎ合うように、背後の魔法陣は消失し、アレクの中にあった大量の魔力も霧散する。
「・・・悪かったな、ジエル。余計な邪魔が入った・・・」
「何かは知らねえがよぉ・・・そんな隠し球があったってか」
地面に降りるアレクに、埋まった身体を地面から引き剥がして立ち上がるジエル。
両者の視線が重なり合う。
「お互い、もうボロボロだ・・・だから・・・この一撃に全てを賭ける、んで、お前を倒す」
アレクが自分に言い聞かせるように呟く。
すると、ジエルは楽しそうに口の端を上げる。
「ヒャハ・・・そいつは簡単でいい。だったら、俺もそれに乗っかるしかねえな・・・」
お互いの右腕に残りの魔力を全て籠める。
身体はボロボロ、残りの魔力も僅か、残った物は何も無い。
それでも、二匹の悪魔は互いの瞳に互いの姿を映し、目の前の強敵を殺さんとばかりに睨みつける。
最後の力を振り絞って、身体を前へと弾く。
そして、一つの戦いの幕が降ろされた。
♢☆♢☆
一方、火山の探索ついでにアレクを探していたカナンは、一向にアレクの姿どころか、モンスターの姿すら見つからない事に痺れを切らしかけていた。
「本当に何も無いのか・・・こんな事を言っては何だが、少々つまらんな」
そんな事を呟いていると、一際明るい、そして、周囲よりも熱力の高い空間に出る。
「ここは・・・」
カナンの視線の先に見えるのは、溶岩を散らしながら、吹き出す炎の柱。
どうやら、ここは火口付近に出来た小さい空間らしかった。
カナンが興味本位で火口部分を覗き込めば、今にも噴火しそうな程の溶岩と、漏れ出るガスによる小爆発や、炎の噴射が見られる。
辺りを見回してみれば、通路はここで行き止まりのようで、来た道以外の通路は見られない。
無駄足だったか、と嘆息しながらカナンが戻ろうとした所で、それは降って来た。
それは二つの黒だった。
空より落ちて来て、火口の中へと突っ込んでいく。
そして、それの正体をカナンは知っていた。
高速で落下して来たが、カナンの動体視力の前ではそれは何の意味もなさない。
すぐにその正体が、自分の同胞、アランとドーレフであると理解したカナンは火口の方へと走り出すが、結果的にそれは悪手だった。
溶岩や火山性ガスの残る火口に大質量が落下した事により、何が起きるか。
その答えはすぐに、出る。
カナンの居た火山は山の原型が残らない程の大爆発を起こした。
♢☆♢☆
「何が起きたんだ・・・」
カナンは呟く。
例え、どれ程の規模の爆発であろうとそれが魔力による強化を施されていない限り、それこそ、魔法や遺跡の罠などでなければ、カナンにまともなダメージが入ることは無い。
今のも、殆どダメージは食らっていないし、僅かな火傷も既に自己再生で完治している。
そして、それはドーレフ達も同様であった筈、なのだが。
爆発による煙をカナンが腕の一振りで払うとそこには、全身に大怪我を負ったドーレフが倒れており、死んでこそいないが、自己再生も機能せず、虫の息だった。
「ドーレフ!一体何があった!」
『その声・・・か・・ん、か』
ドーレフから伝わってくる念話は弱々しく、会話も殆どままならない。
回復魔法を使えないカナンでは、彼から話を聞き出すことすら難しそうだった。
それでも何とか話を続けようとしたカナンであったが、それは途中で中断する事になる。
背後からカナンとドーレフに強い敵意が向けられたためだ。
カナンがゆっくりと振り返れば、そこにはドーレフをボロボロにしたアランの姿がある。
「別に敵対するつもりは無かったんだが、お前がまたやるつもりなら・・・」
カナンの言葉を最後まで聞かず、アランはその爪をカナンへと振り下ろした。
「っ!話すら出来なくなったか!このバカが!」
カナンはそう言ってアランを睨みつけるが、実のところ、アランが尋常な状態でないということも薄々察していた。
というのも、ここから二つ上の階層、カナンが食べるのを辞退したあの奇妙なモンスターと同じ気配をアランから感じるためだ。
爪の一撃をかわしたカナンは、アランの視界から一瞬で消えると、アランの頭部にかかと落としを決めてその頭を地面に叩きつける。
怒りの形相でカナンを睨み付け、その牙で嚙み殺そうとしてくるが、カナンは空中にいるため、避けられない。
本来の姿に戻って、無理矢理回避しても良かったが、カナンはあえて、攻撃を食らう。
カナンを潰して、咀嚼しようとする上下の歯を足と腕で止めて、顎が閉じないよう、無理矢理開く。
「っ!?!?」
そんな抵抗をされると思っていなかったのか、アランの方から困惑したような様子が伝わってくる。
カナンはそれになんの反応も返す事なく、そのまま思い切り口を開かせると、直ぐに離脱した。
「さて、一旦冷静になったか?これで話が出来たらいいんだが」
「ガアアアァァ!!!」
「ちっ、時間の無駄みたいだな」
チラリとカナンはドーレフを睨む。
ドーレフは正気を失っているようには見えない。
だとすると、この妙な力はアランだけが貰ってドーレフに襲いかかったと考えた方がいい。
カナンは自らも本来の姿に戻り、アランと視線の高さを合わせる。
カナン、ドーレフ、アランは集落でも幼馴染だった。
ここから脱出するために、一時期は殺し合いの中にまで発展してしまったが、今のカナンはそこまで考えてしまうほどには追い詰められていない。
それがアレクと出会い、過ごしたからかどうかはわからない。
ただ、それでも今のカナンは簡単に二人の同族を見捨ては出来なかった。
「力でわからせる・・・恨むなよ」
カナンが呟き、ゆっくりと歩み寄る。
そして、お互いの鼻が触れるほどの距離になった瞬間、アランが先に仕掛けた。
カナンの頭を噛み砕こうと大口を開けて、食いかかってくる。
カナンは頭を振ってそれを避けると、前足でその顔面を殴り飛ばし、逆にその首筋に噛み付いた。
そして、左右に振ってから、思い切り投げ飛ばすと、追撃をするべく飛びかかる。
アランは転がりながらカナンの追撃を回避、空いた横腹にタックルして、カナンの体勢を崩してから、その頭に噛み付こうとしてくる。
そこから先は壮絶だった。
周囲に何も無い以上、機動力よりも殴り合い、噛みつきが主な攻撃となるのだが、それをカナン達の速度とサイズでやると周囲の地形が変わるほどの戦闘になる。
そして、ついにカナンの牙がアランの頭部を捉えた。
苦悶の声でカナンを振り払おうとするアランだが、カナンにより身体を押さえつけられているため、首を振る事以外の抵抗が出来ない。
カナンはアランの動きを完全に抑え込んだかに思えた。
実際、最早アランの抵抗は殆ど意味を成しておらず、カナンはここまでしても正気を取り戻さないアランをどうすれば、元に戻せるかのほうに意識を割いていた。
だから、カナンは気づけない。
アランの首の下部分から何か、妙な顔のようなものが生え始めていることに。
そして、それはアラン自身の頭の半分程のサイズになったところで、カナンの腕に噛み付いた。
「っ!」
痛みからカナンが抑え込んでいた前足を外せば、アランは即座にその場から離脱。
妙な音を体から響かせて、身体の形を変えていく。
『何だ、それは」
カナンの目の前、明らかに自己再生とは違う異常な力で体を直したアランの身体は先程の2倍はあり、その頭は3つになっている。
そして、その身体から発せられる魔力量も先程とは比べ物にならない。
その力は恐らく、全力のカナンですら引き分けがやっとといったところ、ましてや傷だらけの現在では逃げる事すら叶わない。
絶体絶命、そんな言葉が脳裏をよぎる。
アランが腕を振り下ろす。
その動作をカナンが認識した時には既に遅すぎた。
「ガァ・・ッッ!!」
自分の脇腹から、臓物と血のスープが流れる。
それを自覚しながら、カナンはそれでもなお距離をとった。
自己再生で最低限の治療はするが、それでも動くのがやっと、カナンは久し振りに恐怖の感情を思い出していた。
歯の根が合わず、足は笑っているかのように振るえ、寒くもないのに身体が震える。
昔、本当に昔、いつだったか、どんな相手だったか忘れたが、こんな状況に落ちた記憶はある。
その時はどうしたんだろう、と戦闘中だというのにそんな考えが浮かんでしまうのは心が負けている証だ。
(そんな事を考えてる暇があるなら、ここから逃げだす算段の一つでも思い付け!)
カナンは心の中で自分を叱咤すると、次にアランが動き出すより速く、逃げの一手を取った。
当然、アランはカナンよりも圧倒的に速いため、直ぐに追いつかれるが、その巨体がある以上、小回りだけはまだカナンの方がマシだ。
『疾風』を併用して、無理矢理身体の方向を転換、最高速を維持したままで、アランの横を駆け抜ける。
ついでとばかりにアランの左足の腱を切り裂くが、ダメージがあるかどうかを確認はしない。
アランは苛立ったようにカナンへと腕を振るが、『疾風』での補助があれば、最高速はカナンの方が上らしく、それを避けつつ、アランの背後を取れた。
そのまま余計な事はせず、両足の腱を切り裂きつつ、離脱しようとしたが、そんなカナンの体を無数の刃が貫いた。
「カハッ・・・」
口から鮮血が飛び出し、自分の状況が一瞬わからなくなる。
そして、自分の胴体を見下ろしてみれば、自分の身体を加えるアランの姿があり、噛み付かれたという事を自覚した。
だが、何故?
自分はあの時点でアランの横を走っていた。
方向転換を考えたら、噛み付かれるはずが無い。
そう思って、カナンがアランの方をみれば、カナンに噛み付いていたのはアランの右脇から生えた頭であった。
そこで漸くカナンは自分の愚かさを悟った。
その身体のデカさにばかり意識がいって、頭が3つあるということの意味を理解しきれていなかったのだ。
「ぐうう!!」
最期の抵抗とばかりに暴れるが、牙が内臓を傷つけ、より出血が酷くなるばかりで、抜け出せない。
顎の力が強まる。
傷口から血が噴き出し、カナンの喉から、行き場を失った血液が逆流した。
(アルマ、アレク・・・すまん、私はここまでかもしれん・・・)
自分の事を慕ってくれた妹、自分よりも圧倒的に弱いというのに、それでも自分を助けてくれた悪魔の姿を思う。
そして、薄れゆく意識の中、カナンは聞いた。
この二週間、何度となく聞いたその声を。
あの時、自分を助けてくれたその声を。
幻聴かと思った。
それは余りにも都合が良い妄想だ。ここで、彼が助けに来てくれるなんて。
けれど、それは現実だった。
自分を傷つける力が消えて、反対に自分を暖かく包み込む力がかけられる。
ゆっくりと地面に降ろされたカナンの視線の先には6枚の天使のような翼を携えた何かが居た。
姿形が変わっていて、纏う魔力も、気配すらも変わっていたが、それでもカナンは彼の正体を確信していて、だから、念話でカナンは彼の名を呼んだ。
『アレク』
「ああ、何の因果か知らんけど・・・また、助けに来たぜ」




