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 次の階層への移動、それは不可逆の行動であり、一度移動してしまえば、もう戻る事は出来ない。


 最初こそ、気軽に移動しようとしていたアレクであったが、最後の階層であの化け物、ゴルゴーンと戦う以上、取り込める力は全て取り込んで起きたいというのが、今のアレクの感情だ。


 だが、カナンはあっけらかんとした様子で、


 「じゃあ、移動しようか」


 と言ってのけた。

 

 「え、良いのか?」


 困惑した様子で尋ねるアレク、だが、カナンは「そうか?」と不思議そうに首を傾げて、口を開いた。


 「確か、上の階層で見たモンスターは六種類だろう?ここで見たのは、今のところ三種類、階層主も倒したし、移動したっていいだろう」

 「良くないでしょ、上の階の半分だよ?」

 「じゃあ、どうするんだ?探し回るのか?この広い階層を」

 「うっ」


 それを言われると苦しいのはアレクだ。

 この階層はどれほど広大かわからない、というよりも果てがあるのかどうかすら不明なのだ。

 

 「だが・・・」


 なお、アレクが反論しようとすると、


 「大丈夫だよ、私も、お前も、十分に強い。そんな深刻に考えるな。『核』と戦っても、最悪逃げるくらいは出来るだろうさ」


 結果なんて見るまでわからないしな、と付け加えたカナンは、アレクの腕を取ると、まるで散歩に行くかのような気楽さでその魔法陣を踏んだ。



♢☆♢☆



 最初に感じたのは頰を切る風と、謎の浮遊感だった。


 それに視界は白一色で、何も見えない。


 落ちているという事は分かるが、何処かわからない。


 だが、アレクはそんな状況でも、隣で手を握り合っているカナンがいるから、取り乱しはしない。


 そして、視界が晴れた瞬間、アレクの視界にはとんでもない景色が映り込んだ。


 「なっ、なんッッッ・・・だこれー!!!」


 普段、あまり感情らしい感情を表に出さないアレクですら思わず絶叫するその光景は、『壮大』、そうと形容するにピッタリなものだった。


 高さだけなら、先の階層でカナンが飛び上がったのより幾分高い程度、だが、吹雪で視界が閉ざされていた先程とは違い、世界の全てが鮮明に見える。


 赤く染まった荒野、街よりもでかい森林、そして何よりアレクに衝撃を与えたのは、街がある事だ。


 聳え立つ白亜の塔を中心に広がった街は巨大で、人の営みがあるように見える。


 「あれは・・・」

 

 アレクがその方向に意識を取られていると、横でアレクの手を握っていたカナンが、叫ぶように言った。


 「アレク、翼を!せっかく街が見えたんだ!行ってみる価値はある!」

 

 言われて、アレクは今更ながら自分に翼があった事を思い出す。

 使い方は教わっていない、だが、分かる。


 アレクが翼を広げようとすると、カナンがアレクの手を使って、アレクに抱きついた。


 落ちないようにするため、というのは分かるのだが、押し付けられた柔らかい感触や、彼女の体温に思わず顔が熱くなる。


 「頼む!」

 「あ、ああ」


 恥ずかしがっている場合では無いと心の中で自分を叱責、そして、翼を大きく広げた。


 アレクの体積の2倍近くあるそれは、大量の風を受け止めて、アレク達の落下速度を落とす。

 そして、そのまま軽く羽ばたくと、空気を叩く音がして一気に二人の身体が上昇する。


 跳躍とは違う、自由に空を動く感覚、それは嫌が応にもアレクを高揚させる。


 そして、空を駆ける魔法を使えるカナンもこのように空を優雅に動く感覚は初めてのようで、


 「凄い、凄いな!空を飛ぶというのはいいな!」


 と、興奮したように叫んでいた。


 このままいつまでも飛んでいたいが、目的もあるし、そもそも魔力を羽に通す事で飛翔しているこの状態は、それなりに魔力を使っている。

 降りた時にガス欠になるのを、避けるためにも早々に降りなければならない。


 「カナン、あの街に向かうって事でいいか?」

 「ああ」


 カナンの返事を聞いたアレクは気恥ずかしさを押し殺して、カナンの背中に片腕を回してしっかり抱き抱えると、滑空状態に入る。


 カナンの風除けで顔に当たる空気を弱めつつ、白亜の塔に近づいた辺りでもう一度だけ弱めに羽ばたく。


 一気に弱まった勢いを着地する時に走る事で完全に殺しきって緩やかに降りると、カナンが軽くアレクの肩を叩く。


 「このままでは降りれないから」

 「あ、悪い」


 アレクが回していた腕を解くと、カナンはすらりと伸びた脚を地面に下ろして、周囲を見回す。


 「ここは、本当に街なのだな」


 石組みの建造物、並べられた露天、それらはまさに人の営みの形と言える、が、そこにはヒトの姿だけがなかった。


 形だけ整っており、生活していたという様子も見られないそこは、人がいなくなったというよりも、人の街のレプリカをそこに移してきたような感覚がある。


 噴水広場から水の音が、時計台からは荘厳なる鐘の音が、唯一、人の音だけが無い。


 「どうなってるんだ・・・」

 「すまん、流石にこれはわたしにもわからん」


 とりあえず二人で街中を見回ることにする。


 だが、どれ程歩いても一向に人の気配はない。


 暫く歩いていると、アレクの目にとある物が止まった。


 それは・・・


 「あれって、風呂だよな」


 そう、お風呂である。

 横のカナンもアレクのその呟きを聞いて、そちらを向くと、「そうだな」と呟く。


 「ちょっと行ってみていいか?もし普通に使えるんだったら俺は身体を流したい」

 「・・・まあ、別にいいが」


 なぜそんなことを?と、いう表情を隠しもしないカナン。

 そんなカナンを見て、アレクは尋ねる。


 「え、そんな意外か?俺もお前も、ずっと風呂入って無いじゃん。汚くない?」

 「なんだ気づいていなかったのか。魔物もモンスターも、自己再生系のスキルで身体は常に正常に保たれるようになっている。それは、汚れに対しても機能するから、多分、人間より余程私達の方が綺麗だぞ?」

 

 言われてアレクが身体の匂いを嗅いだりしてみれば確かに全然臭くない。


 「んー、だったら、いいかな」

 「いいのか?」


 その言葉は気分的にという意味だろうが、アレクからしても、彼のわがままで彼女を危険に巻き込むのは避けたかったため、必要性が無くなった以上、行く気は無い。


 「ああ、罠が無いとも限らない・・・それに、妙だろうここの階層は」

 「まあ、そうだな。人の街があるし」

 「いや、そうじゃなくて。上から見た時からモンスターの姿が見えない」

 「認識出来なかっただけじゃ?」

 「いや、こんな見通しの良い世界で『斥候レンジャー』の能力を持つ俺が見えない、これまではなかったことだ」


 無論、これまでとは訳が違うのはアレクも分かっている。

 ただ、それでもアレクは自らの『斥候』としての能力にだけは絶対の自信を持っていた。


 「ふむ、君がそこまで言うのなら信じよう。では、それを踏まえてだ」

 「ん、とりあえずはここをもう少し散策しよう」


 そう言って二人が再度歩き出した時、ふとアレクの視線の先に揺れる白い何かが映った。

 何かはわからない、が、今、アレクは『斥候』としての『スキル』を全て併用していたというのに、その存在に気づけなかった。


 これを無視してはならない。


 そう判断したアレクはカナンに相談するよりも速く、その白い何かを追って走り出した。


 カナンはそれを見て、直ぐに追いかける。


 質問などは後、アレクが無言で移動したという事はそういう事だ、と、カナンはすぐに判断したのだ。


 銀の装飾、古びた懐中時計、そんな小物が並べられた雑貨店の角を曲がれば、アレクには、更にその先の建物に入っていった何かが見える。


 そして、「何も見えていない」、カナンはそんなアレクを更に追いかける。


 白い何かが入っていった先、そこにあったのは本だった。


 ただの本では無い、2m近い身長のアレク20人分より更に大きい巨大な本だ。


 薄暗く、壁一面に本が敷き詰められた部屋の中央、その巨大な本が開かれたまま、浮かんでいた。


 「ここは・・・」


 呟くアレクの横、カナンは信じられないといった様子で口元を抑える。


 そして、


 「ここは『レガリア』。この世の全てを記した場所」


 と、呟く声がアレクの耳の届く。


 声の方向、巨大な本の真下に視線をやればそこに居たのは白い髪を腰まで伸ばした美しい童女であった。


 「ようこそ、私の記憶へ」

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