隣に立って
薄暗い洞窟内、カナンが自らの吐き出した吐息がキラキラと輝くのを見て、楽しそうにアレクの服を引っ張る。
吐息に含まれる微細な水分が凍りついてそうなっていると知っているアレクからすれば、ここの環境の厳しさがわかる嫌な光景なのだが、まあ、知らぬが仏というやつだろう。
「ここの階層、私は好きだが、アレクはどうだ?」
と、カナンが尋ねてくる。
ここで気の利いた一言でも言えれば良いのだが、生憎とアレクにそのような能力は無かった。
「ここのモンスター全滅させたらさっさと移動したい・・・寒いし」
「そうか・・・」
ちょっと残念そうな表情のカナン、とはいえアレクからしてみてもこれは譲れない。
流石に、5秒動かずに居ると肌が凍りつくような世界に長期間滞在したいとは思えなかった。
アレクは自分達のいる洞窟を見渡して、ふと呟く。
「そういや、なんでここってこんなに明るいんだ?」
アレクの疑問はごく当たり前のものだった。
何故なら、ここは位置的には地下に当たっており、外からの光が届くはずがないためだ。
カナンは「これだよ」といって、壁に埋められた石を抜き取ると、アレクに投げ渡してきた。
アレクの手の中でそれは薄い青白色の光をぼんやりと灯している。
「これは?」
と、アレク。
「正式名称はわからないけど、私達は『ホタル石』って呼んでる。ぼんやりと光るんだ。私達の集落ではそれを集めて大きな塊にしたものを、街灯にしたりしている」
「ほーん、魔力を使っている様子も無いし、不思議だな」
「その辺の壁には沢山これが埋まっているから、明るいんだ」
そんなことを話しながら進んでいると、細い通路を抜けて、二人は大きな空洞に出た。
天蓋を支える巨大な岩の柱が数本並び、カナン曰く、『ホタル石』と呼ばれる結晶が無数に散りばめられたそこは夜空のようだ。
その景色は先程まで、ここをさっさと抜けてしまいたいと思っていたアレクですら素直に美しいと思ってしまうほどだ。
「綺麗だな・・・」
思わず素直な感想がアレクの口から漏れる。
カナンもその光景に見入っているようで、溜息ともつかぬ息遣いがアレクの耳に届いた。
それと同時にこの場にそぐわぬ荒々しい足音も。
「無粋な輩は嫌われるぞ?」
珍しくイラついたような声を出したカナン、今この空間には、目につくだけでも4匹、気配だけならそれ以上の数のモンスターが居た。
それも目に映る4匹の姿は全部が殆ど同じ、左右不均等の歪な角に、異常なまでに発達した筋肉の塊のような身体。
そして、右腕の先はカニの鋏のようだとでも言えばいいのだろうか。
強さが如何程かは知らないが、少なくともアレクはこうならなくて良かったなと思う。
別に醜さだけなら、オークなども負けていないだろうが、このモンスター達はそれだけでない。
何処か歪なのだ。
無理矢理にこの姿に変えられてしまったような、そんな薄気味悪さを感じる。
「アレク、下がっていてくれ。3分もあれば殲滅できる」
カナンがそんな呟きを零す。だが、アレクは敢えてカナンの横に並び立つ。
「馬鹿言うなよ、二人なら2分で終わる」
「・・・・そうだな、それなら任せるぞ」
カナンが微笑むように笑う気配があった。
アレクもまた軽く笑い返すと、カナンより先に目の前の4匹に向かって走り出す。
これまでならば、『中位悪魔』でしか無かった頃のアレクであれば、カナンの提案に大人しく従っただろう。
理由は簡単で、アレクの力が余りにも不足していたからだ。
一対一、それも正面からの戦いでようやく勝機を見出せる程度の力しか持っていなかったアレクでは、こういった多数との戦いでは足を引っ張ってしまう。
そう考えていたからこそ、無理にカナンの戦いに手を加える事はしなかった。
だが、今のアレクならば、能力的にはここのモンスターと互角の『上位悪魔』ならば、彼女の隣に立てる。
薄気味悪い鳴き声を上げながらアレクと相対するのは、2匹。
残りの2匹とその背後に控える4匹はカナンを警戒したままだ。
アレクはその様子をコンマ1秒以下で把握すると、こちらに注意を向けた2匹、ではなく、その横でカナンを睨みつける個体に向かって飛びかかった。
「っ!?」
「ウラァッ!」
完全にアレクから意識を外していた様子のそれは、致命的なまでに反応が遅く、肩と一体化したような顔面にアレクの拳が綺麗に突き刺さった。
殴られたモンスターは、4歩後退すると、アレクを睨みつけて、右腕の鋏を振るう。
だが、アレクの身体の半分はあろうかというその巨大な鋏の速度は今のアレクにとっては、緩慢といってもまだ足りない。
余裕を持ってかわしつつ、その右腕を自分の腕と足、更には鋏を振った勢いすら利用してそのまま捩じ切った。
聴くものを不愉快にするような叫び声が広い空間に響き渡る。
それと同時に10以上の視線、というよりも意識がアレクに向けられる。
それは、警戒。
これまでカナンというわかりやすい脅威に向けられていたそれは、目下の脅威として迫ったアレクに向けられたのだ。
だが、その次の瞬間には4つの新たな死骸が出来上がっていた。
「ナイスだ、余計な手間を省けて助かるよ」
軽い調子でそういうカナン。
アレクも、片腕を失ったモンスターにとどめをさしながら、
「そりゃどうも」
なんでもないことのように返答する。
そこで漸くモンスター達も、喧嘩を売る相手を間違えたと判断したようで、こちらに向けられる感情に恐怖の色が混ざり始める。
「さて、後1分40秒。残りを片付けるとしようか」
手首の骨を鳴らすカナンは獰猛な笑みを浮かべて、そう言い放った。
♢☆♢☆
「うへえ、これ食うのか・・・」
宣言通り、2分ほどでその場にいたモンスター16匹を片付けた二人は、その一部を取り込もうとしていたのだが。
「んー、私は辞めとくよ」
気乗りしないように呟くアレクに、カナンがその様な事をいった。
「え、カナンこそ、俺よりこういうの気にしないと思ってたんだけど」
「失礼だな・・・で、どうするんだ?」
「いや、男は度胸だ」
アレクが思い切ってそれを飲み込む。
すると、先程食らったフクロウのモンスターよりも大きな力が流れ込んでくる。
そして、同時にどこか嫌な感じの力も。
「うえ、何だこれ・・・」
味、見た目、そして取り込まれた力、その全てから催した吐き気を無理矢理飲み下す。
「アレク、大丈夫か?」
「大丈夫・・・けど、これ以上は食わない方が良さそうだ。カナンも辞めといた方がいい」
「わかったよ、まあ、食べるつもりも無かったが」
呆れたといった表情のカナン。
そんなカナンにアレクは心配そうに尋ねる。
「俺大丈夫だよね?どこか、おかしくなったりしてないよね?」
「知らん、まあ、表面上は変わっていないよ」
右腕が鋏になったりしていないか、と全身を確認して、何処もおかしくなっていないと判断したアレクは安堵のため息をこぼした。
「それなら、良かったよ」
「まあな、アレクがあんな感じになったら、私は思わず殺してしまいそうだ」
「勘弁してくれ」
そんな風に軽口を叩きながら、洞窟の更に奥へと進む。
すると、奥からホタル石の淡い光とは違う、強烈な光が漏れているのが見えてくる。
それは見覚えのある光で、二人がそこへと向かえば、そこにあったのは次の階層への魔法陣だった。