一方、その頃 sideドーレフ
アレクとカナンが地面に降りれば、そこには深い破壊の爪痕と、それを修復しようとする世界、それと何もない空間から溢れる血という、奇妙な光景があった。
それをみたアレクは納得すると共に、呟いた。
「成る程、姿だけじゃない、匂いも、魔力も、音も、何もかもを隠蔽できるやつが居たのか」
そんなアレクの先からは、動揺したような気配が伝わってくる。
『それに私の顔を殴ってダメージを入れることが出来るほどの力、恐らくこいつは・・・』
「ああ、階層主だ。ここで出会えて運が良かった、というべきか?」
アレク達が話しているすきに止血を済ませ、再度、完璧に姿を消したそのモンスター。
カナンですら気付けず、気配も何も感じられないそのモンスター、だが、アレクの《サーチ》から逃れることは出来なかった。
アレクが気づかないフリをして、背後に回し蹴りを放てば、鈍い音と、確かな感触がある。
だが、まだ殺しきれていない。
アレクが更に攻撃を重ねようとした瞬間、アレクの背後から飛び出したカナンの一撃が、見えない筈の獲物を引き裂いた。
『ここであってるよな?』
「問題ないよ」
しばらくすると、雪に赤い血が広がっていき、その姿が認識できるようになってくる。
そこにあったのは巨大なフクロウの姿だった。
全身を真っ黒な羽で覆ったそれは、片方の羽が無残にも引き裂かれており、その胸元には先程カナンが与えた巨大な切り傷が残っている。
羽のダメージはカナンが放った斬撃を避け損ねたものだろうと、判断してアレクはその死体に歩み寄ると、胸元から内臓とも筋肉ともつかぬ肉の塊を取り出して、食べた。
すると、先程ヒヒのモンスターを食べたのとは比べ物にならない程の力が湧き上がってきたのを感じる。
「階層主、やっぱかなりの力があるな」
カナンは今の身体ではそれを食べるにはデカすぎると判断したのか、人型になり、アレクの元へとくると、彼の手についた血を舐めとった。
「ん、本当だな、私でもかなり力が上がった」
「お、おう・・・」
思わぬ行為にアレクは思わず、中途半端な返事しか出来ない。
しかし、そんな彼とは裏腹にカナンは今の行為になんの感情も持っていないらしく、冷静に辺りを見回した。
「ここのモンスターはあとどれくらいだろうな」
「・・・わからん、ここの全体的な大きさがわからないからな・・・ふと思ったんだが、ここの構造上、上に戻る事は出来ないんだろう?だったら、下に降りずともさっきの階層で極限まで力を高めた方が良かったんじゃないか?それこそ、『核』となるモンスターを倒せる程に」
「いや、それは期待できない。同一個体じゃなくても、同じ種類のモンスターばかり食べ続けると、極端に成長率が悪くなるからな。例えば、ミノタウロスにしたって4匹以上はあまり力が増えない」
「へえ・・・」
それを聞いて、アレクは少し失敗したかなと、あの時の自分の行動に後悔していた。
行動というのは、労力をかける事を嫌って、階層主を倒す事を諦めた事だ。
『核』と呼ばれるモンスターの戦闘力がわからない以上、極限まで力を上げておくべきだったと思う。
とはいえ、今更後悔しても仕方がないのも確かだが。
「さて、もう暫くはここの階層を回ってみようか。まだこのフクロウとヒヒのようなモンスターしか見ていないしな」
「ああ」
アレクが再びその身体を狼のそれへと変化させたカナンの背に飛び乗ると、彼女は再び風を切って走り出した。
♢☆♢☆
その頃、アレク達との戦いの末、何処ともわからぬ場所に落とされたアランとドーレフは負った傷を癒しつつ、周囲のモンスターを食って、僅かながら、自らの力を増していた。
『ドーレフ、ここは何処なんだよ』
『さあな、私にもわからない。何せ、転移魔法陣以外では移動できないとされていた階層移動が成されてしまったからな』
現在、彼らの周囲は落ちてくる前とほとんど変わらない、石組みの遺跡らしい遺跡のままだ。
出てくるモンスターも変わりばえのしないものばかりで、既に大量に取り込んでいるドーレフ達にとっては、まさに雀の涙というやつだ。
とはいえ、ここの階層においてもドーレフ達の強さは一線を画しているようで、危機という訳ではない。
暫く、広い空間を歩いていると既に何度目ともわからない2つに別れた通路が見えてくる。
二人は再度、《人化》を使って、人型になると右側の通路に入っていく。
「とはいえ、ここから抜け出すには『核』を壊すしか無い。当然、カナン達も『核』を殺すために動くだろうし、もしかしたら、万に一つ、だが、あの脳筋娘が『核』を砕けば私達も外に出れる可能性がある」
「カナン頼りかよ!俺達もどうにかしねえとだろ!」
「それくらい分かっている。だが、お前だって既に認めてはいるのだろう?奴の強さを。あいつは私達の中でもさらに異質だ」
黙り込むアラン。
その様子はドーレフの言葉を肯定しているのと同義だ。
カナンはドーレフ達の一族、既に『魔物』として圧倒的な強さを持つ一族の中でも、更に強さを求め続けていた。
イかれている、狂っている、そんな言葉などに囚われず、ただひたすらに強さを求めるその様は、遥か昔の彼らの祖先、ただの『ウルフ・メレフ』から、魔物へと至った魔物にそっくりだ。
もしかしたら、そちらの方が正しいのかもしれない、そんな風な考えも相まって、とにかくカナンは集落の中でも爪弾きにされていた。
脳筋娘だの、知性の足りない獣だの言われてはいるが、その理由は単純で誰も彼女に物を教えようとしなかったからに他ならない。
寧ろ、独学であそこまで成長している分、地頭は良いのかもしれないとすら、ドーレフは思っていた。
実際のところ、集落によく訪れていた『森妖精』から、勉強を教えてもらっていたのだが、それはドーレフの知るところでは無い。
「それに、今はカナンの隣にあの妙な『中位悪魔』もいる。奴がいれば、カナンも妙な策略でやられる事は無いだろう。何しろ、遺跡に残る罠程度で私にダメージを与えたのだから」
「過大評価だろ」
「それに捕まったのは何処のバカだ」
「うっ・・・」
罰が悪そうなアラン、そんな彼を見て、ドーレフは軽く笑っていた。だが、前方から放たれる巨大なプレッシャーに、彼らは身構える事になる。
彼らの視線の先には通路の終わりとその先にある巨大な空間。
ねっとりとした嫌なプレッシャーは、恐らくドーレフ達に気づいており、ここから逃がさないというサインだろう。
頷きあった二人が空間に出ると、そこに居たのは一人の老人であった。
身長は130センチにも満たず、その肌にも深い皺が刻まれており、まさに老人といった風貌。
それに老人は『人族』だ。
だとしたら、見かけ以上の強さというのは考えづらい。
にもかかわらず、二人の目の前の老人は二人を圧倒するプレッシャーを放ち続けている。
「ここにモンスター以外が来るとは珍しい」
彼がポツリと呟く。
その様子はこれほどのプレッシャーを放っているとは思えぬ程に穏やかだ。
「ここは遺跡の外に取り付けられた管理棟、だった場所。今は迷宮と化してしまっているが、本来は気楽にお茶を飲む場所だったんだよ」
広い空間、そこはよくよく見渡してみれば、崩壊した螺旋階段の残骸や、散らばった木のカケラなど、元々人間の営みがあった事が推測できる。
老人は自らが腰掛けていた白い椅子から飛び降りると、部屋の端に向かって指を振った。
すると、塗装の剥げた木製の椅子がそこから飛んできて、二人の前に置かれた。
魔法か何かだろうが、二人にそれを判別するすべはない。
老人に勧められるまま、腰を下ろすと老人もまた椅子に座りなおした。
「さあ、話そうじゃないか。ここはそういう場所だよ」
老人は不敵に笑うと、彼らを値踏みするかのような視線を向けた。




