おっかねえ・・・
アレクが動かなくなったミノタウロスの元に行き、爪で肉を一欠片抉り出す。
一口食べると、それだけでモンスターとしての格が上がったという事をアレクは感じた。
「あと、どれくらいだ?」
カナンはしゃがみこんでミノタウロスの肉を摘みながら尋ねてくる。
「ん、同じようなのを後一匹くらいで『進化』出来そうな感じだ」
「そうか」
アレクは自分の目の前で肉を飲み込んだカナンの力が僅かながら上昇したのを感じて、前々から気になっていた事を尋ねることにした。
「そういえば、この倒したモンスターを取り込むと強くなるのはなんでなんだ?」
すると、カナンはキョトンとした表情をしてから、首をかしげる。
「なんでそんな事を?」
「いや、気になるでしょ。え、ならない?」
「少なくとも私は気にした事は無い。ただ、ルールは把握している」
「ルール?」
「同じ種族を食っても力は上がるが、一匹から取り込めるのは最初の一口のみ、生きてる相手から取り込むには、相手側の了承が必要。食った奴の強さによって、貰える力は変わる。後、他のやつが殺した獲物でも力を取り込める。そんな所だ」
「へえ、大方俺の予想通りだったが・・・生きてる奴からも取り込めるのか」
「ああ、とはいっても渡す方が弱くなるから、あまりこれが行われる事は無い。私達の種族では、親の血を子供が飲む事によって、その力を継承させていくんだ」
「成る程・・・」
モンスターと魔物、その違いは知性があるか否かだ。
モンスターを食べ続け、次のステージに進んだモンスターは、ある一定のラインから魔物へと変わり、魔物同士の子供は基本的には、魔物になる。
そういった面から言ってしまえば、アレクは最初から魔物だったのだが、魔物としての定義はもう一つある。
それは、普通のモンスターとは姿形、能力が異なるという事だ。
例えば、カナンは種族的には『ウルフ・メレフ』だが、その身体や力などは『ウルフ・メレフ』とはかけ離れており、そもそも普通の『ウルフ・メレフ』は、人間化など出来ない。
「カナンは生まれた時からこうして、喋れたりしたのか?」
「ん、そうだね。私のひいひい曾祖父がモンスターから、魔物に変わったっていうのが、私達の原点らしい」
「意外と近いんだな、年代」
「そうでもないさ。私達は平均700年生きる。子供を作るのなんて200歳ぐらい、遅ければ500歳だ。多分、私達の集落は少なくとも1000年以上は続いてるよ」
「ほーん・・・」
一瞬、年齢を聞くべきか迷ったが、10歳の時、ギルドの受付嬢に年齢を聞いて恐ろしい目に遭ってからは、女性にその手の事は聞かないようしていたため、アレクは続く言葉を飲み込んだ。
「さあ、力も取り込んだ事だし。次のモンスターを探そうか。次は私にやらせてくれよ?」
「そうだな、それと服の作り方もよろしく」
「わかっているさ。しかし、あれだな、モンスターだから今は中性だろう?晒して恥ずかしい部分は無いんじゃないか?」
「いや、一応元男だから・・・人間だから・・・」
♢☆♢☆
「さあて、次はどいつだー?」
「おっかねえ・・・」
アレクはカナンを見ながら呟く。
現在、アレクはドーレフがあの時カナンに言っていた『知性の足りない獣』という言葉、あれが的外れでは無かったという事を実感していた。
別にあの時のドーレフらを擁護するわけではないし、カナンを助けた事を後悔しているわけではない。
だが、それでもアレクはカナンにドン引きしていた。
そう、正に百年の恋も冷めるというレベルで。
事の始まりは数分前、モンスターを探し始めたのはいいものの、アレクの《サーチ》に映るモンスターがおらず、カナンが痺れを切らした事だった。
「全然モンスターが居ないな」
「まあ、気楽に行こう。まだ、探し始めたばかりだし」
アレクが言うが、カナンは既に足を止めていた。
「カナン?進まなきゃ出会えないが」
「いや、もうめんどくさくなった。モンスターを呼ぼう」
「は?」
「耳を塞いでいろ」
カナンがそう言った瞬間大きく息を吸い込む。
嫌な予感がしてアレクがすぐに耳を塞ぐと、次の瞬間、アレクは吹き飛ばされた。
アレクは一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。
自分を吹き飛ばした衝撃、何も聞こえない耳、ヒビの入った遺跡の壁。
そして、地面に尻餅をつき、耳鳴りがアレクの耳を襲った所で漸くアレクはカナンが何をしたのかを理解した。
大声で叫んだのだ。
それも、周囲の石壁を破壊する程の威力で。
「よし、これで聞いた奴はとりあえずこっちに来るだろう」
「あの・・・何してんの?こんな大声を出す必要あった?」
アレクが未だに痛む頭に手をやりながら質問する。
カナンが悪びれもせず、「これでも手加減した方だ」などと言うが、アレクからしてみれば納得できない。
ただ、効果は絶大だった。
アレクの《サーチ》にどんどんとモンスターの反応が見えてくる。
「さて、アレク。どれくらいモンスターが来ている?足音からして10や20はいると思うんだが」
「合ってる、21だ」
「よし、じゃあ見ておけよ?これが・・・」
話すカナンの背後、角から曲がってきたオークが走り寄ってきた。
そして、オークがカナンに襲い掛かる。
が。
その腕はカナンにアッサリと躱され、彼女の細い腕から放たれた裏拳がオークの胴体に突き刺さった瞬間、その肉に塗れた巨体が爆散した。
吹き飛んだ、とか貫いたではない。
肉の塊になった訳でもなく、血煙と化したのだ。
唖然とするアレクにカナンは向き直ると、しれっと言ってのけた。
「お前の目指すレベルだ」
「・・・」
そして、オークに続いてどんどんとモンスターが押し寄せてきた所で、現在に至る。
「さあて、次はどいつだー?」
「おっかねえ・・・」
近づいてきたミノタウロス、ウルフ・メレフ、魔道士のようなローブをきた『リッチ』、その他諸々、どんなモンスターがどんな手を使おうが関係無い。
その一切がカナンの拳に触れた瞬間、血煙と化していく。
「ほらほら〜、どんどんこーい!」
楽しそうに顔と僅かな下半身だけが残った死体を量産していくカナンを眺めて、アレクはもう一度だけ呟いた。
「おっかねえ・・・」
バーサークヒロイン。
一体どうしてこうなってしまったのか?
元の予定だと彼女は頼り甲斐のあるお姉さん設定でした(本当)