確実な成長
靴底が床を叩く硬質な音、久しく聞いていなかった音を聞いて、アレクはふと尋ねた。
「なあ、カナン。あんたって、服はどうしているんだ?」
アレクは純粋に疑問だった。
狼形態の時、カナンは間違いなく全裸だった、というのに人になった瞬間、どうして服を着ているのか。
別に裸が見れなくて残念とか、そんな事を思った事は少ししかない。
「ああ、これか。これは魔力で作ってるんだ」
「魔力?」
「ああ、服を魔力で作っているんだ」
「へえ・・・どうやるのか教えて貰っても?」
「いいよ」
アレクの一瞬の沈黙、これは、元がモンスターなのに服とかを着るのか?という、些か失礼な質問を飲み込んだためだ。
こんな質問をすれば、事と場合によっては本当に殺されるかもしれないし、そうでなくても二人の信頼関係が崩れかねない。
そんな危険を冒すつもりにはなれなかった。
「まず、魔力を感じる所からなんだけど、アレクは罠とかを起動する際に魔力を使っていたよね?」
「ああ、あれと同じ要領で服が作れるのか?」
「いや、全然。ただ、魔力を感じ取れるかどうかっていうのは凄く重要な事でね。それが出来るか出来ないかで、魔法の習得年数が20年は変わる」
「それで、魔力を使えるってことは」
「そう、魔力を感じ取れているってこと」
そんな風に二人が話していると、目の前からミノタウロスが顔を見せた。
それは、2日前のアレクなら絶対にあり得ない事だった。
常に《サーチ》で気を張り、突発的なモンスターとの戦闘は極力避けていたかつてのアレクにとって、これは致命的なミスだ。
ただ、今回は違う。
アレクは敢えて、接敵を望んだのだ。
隣にカナンが居る以上、最悪の事態は避けられるし、ドーレフとの戦闘の時、自分の力不足を痛感したアレクは格上との戦闘を求めていた。
これからはモンスターを取り込み、能力を上げるだけでなく、『斥候』だった頃の戦闘スタイルから、決別しなければならない。
逃げるだけでなく、罠で殺すだけでなく、相手を自らの力で倒す戦闘力が必要なのだ。
「カナン、手は出さないでくれ」
「ん、わかったよ」
戦闘態勢を取りかけたカナンを腕で制して、アレクはミノタウロスと対峙する。
ミノタウロスの屈強な腕にはどこで拾ったのか、バトルアックスが握られており、濁った金色の瞳は恐ろしいまでの殺意に溢れていた。
ただ、ドーレフと比べれば塵芥のようなものでしかない。
「こい!」
アレクが構えた瞬間、ミノタウロスが放つのは、空気を震わせる咆哮!
そして、それと同時に猛スピードで突っ込んでくる。
アレクは突進してくるミノタウロスに対して、敢えて突っ込んだ。
真正面。
ミノタウロスがアックスを振るのと同時に、横に飛んでこれを回避、壁を足場にしてミノタウロスの背後を取る。
そして、ミノタウロスが背後を振り向くのと同時に跳躍、手に生えた鉤爪で敵の片目を潰した。
「うん、中々・・・っと!」
着地して、自分の動きを確認しつつ、闇雲に振られたアックスを回避。
流れたミノタウロスの身体をすれ違いざまに切り裂く。
アレクは気づいていないが、ドーレフ達との戦闘以降、アレクの感覚はかなり鋭くなっていた。
これまでだったら避ける事で精一杯だった敵の攻撃も余裕を持ってかわせるようになり、攻め時を間違えない。
これまでになかった、圧倒的な格上との戦闘で身体能力、ではなく、アレクの本質的な強さが底上げされているのだ。
「決め手がない・・・か」
呟くアレクの正面、荒い息を吐きながら血を滴らせるミノタウロスは、大量に出血こそしているものの、生来のタフさと自己再生の所為でまだまだ死にそうには見えない。
「だったら・・・」
アレクが再び攻め込む。
見据えるのは、ミノタウロスの失われた片目。
ミノタウロスがアックスを振り下ろすが、狙いも適当なそれに当たるアレクでは無い。
(さっきは目を潰す攻撃、だが、今度はお前を殺す!)
先程は鉤爪で目を切り裂く事でミノタウロスの目を潰した。
そして、殺すのであれば頭を貫けばいい。
狙いは一点、骨に当たればアレクの腕が砕けるだろうし、隙にも繋がる。
だが、勝機はそこにしか無い。
飛び上がったアレクは助走の勢いそのままに、貫手を目の中に突き刺した。
目の周りの骨にぶち当たった小指と薬指は折れたが、残された人差し指と中指がそのままミノタウロスの脳みそを潰した。
「ぬううう・・・」
最後の断末魔と共に暴れまわるミノタウロスから指を引き抜き、距離を取る。
そして、最後はアックスを握る力も失い、それを落とすと遺跡の通路に倒れ伏した。