第1話 兄弟とゲーム
俺の名前は佐藤 結城。
突然だが、俺はお盆に乗せられたコーラとポテトチップスを手に地獄へ向かっている。
「入るぞー」
俺は『妹』と書かれた看板が付いている扉を軽くトントンとノックする。
そして、地獄へと足を運ぶ。
「持ってきたぞー」
「……」
地獄には激しく打ち付けられるパソコンのキーボード音だけが鳴り響いている。
「はぁ……。ここに置いておくからな」
俺は少し荒れた机の上を片付けて、そこにお盆を置く。
「だぁあぁあ!! ふざっけんな! クソ兄貴!」
突然、付けていたヘッドフォンを首に落とし、俺を鋭く睨む彼女。
「はぁ? 何もしてねぇだろ!」
意味が分からない。俺はこいつに言われた通り食べ物を持ってきてやっただけだ。
「うるせ! 話しかけてきただろっ!」
何をしていたかは分からないが、俺に対して突然怒ってきたこいつ。
「お前が話しかけてきたせいで、撃たれて死んだ!」
「はいはい。ごめんて」
俺の妹はいつもこうだ。いつ頃から、こんなになってしまったのだろうか……。
そんな妹を改めて紹介しようと思う。
妹の名前は『佐藤 美優』。
俺より二歳年下で、昔はとにかく可愛かった。
「お兄ちゃん、結婚しよう!」
なんて、言われた時もあったかな。
それが中学生になった辺りから……。
「可憐ちゃんと遊ぶから、家から出てけ!」
受験勉強をしているのにも関わらず、家から追い出す残虐っぷり。
股間への飛び蹴りは今でも恨んでいる。
そんな陽キャに見えていた妹だったが……。
俺が、高校に入った春頃から急変した。そう、陰キャのようにアニメやらゲームにどハマりしたのだ。
「おい、Skyさんと約束あるからポテチ持ってきて」
「Skyさんって誰だよ……」
「誰でもいいでしょ」
その時は分からなかったが、後々考えてみればネ友だろう。と検討が付いた。
そして、俺が高二。あいつが中三になった。だが、今もこの関係は続いている。
はぁ……。いつから、こんなやつになっちまったんだろう。
「ぼーっと私を見つめて何? 気持ち悪い」
妹はパジャマをだらーんとさせて長く伸びた黒髪がボサボサっとなっている。
「ん、何でもない」
「あっそ、なら、ゲームの邪魔だから出てって」
俺は黙ってうなすぎ部屋から出た。
だが、見ている側は不思議に思ったのでは無いだろうか。
何故、俺がこんな妹の面倒? というより雑用をわざわざしているのか。
その話はまたの機会でいいだろう。
だが、この後、俺達にあんな出来事が起こるなんて思ってもいなかった。
――数時間後。
「今日未明、東京都内で相次ぐ殺人事件に新たな被害者が出ました。加藤 良輔さん……」
最近、物騒な事が続いてるなー……。なんて、思いテレビの前でゴロゴロしていた時。
天井の方からドンドンと音がする。この時間帯の床ドンはポテチを持ってこいという合図だ。
ストックしとけば良いのにとつくづく思う。
そう思いながらも二階へいつもの装備をして向かう。
「入るぞー」
「おい兄貴。久しぶりにこれしよ」
と、俺に見せつけてきたのはスマホゲーム。
以前、俺にやっておけと忠告してきたゲームでリリースから大して時間は経っていないが、すぐさま人気になったゲームだ。
「何でだよ。Twitterとかで人なんていくらでも集められるだろ」
すると、分かってないな。と言うように首を振る。
「ちーがうの! 兄貴に頼んだじゃん。このゲームで最強の編成作っといて! って」
「あー、言ってたな。あれから地道にやってたんだけどさ、欲しいキャラ二体くらい出なかった」
「え? どういう事?」
こういったゲームに課金があるのは言わずとも分かるだろう。
俺は基本無課金プレイヤーだ。限界がある。それでキャラが出なかったと言って、分からないという返答は意味が分からない。
何を言っているのだろうか。
「ん、だから、欲しいキャラが出なかった」
「え? あれって絶対に出るんじゃないの?」
「え? お前って、そんなに運が良いのか?」
何だか、話が噛み合っていない。
「んー、確かにいいかも。初日に三万くらい?」
「え?」
「だから、三万」
「どこから?」
「キャッシュ」
「あー、もー! ふざけんな! 親に怒られんのは俺なんだよ!! 課金は月に最悪でも五千円までって言っただろ」
「で、兄貴は?」
「だから、キャラが二体……」
「ふざけんな! 何やってんの?! 高校生ならバイトでもして金集めてこい!」
「課金なんかに使わねぇよ!!」
すると、妹はフッと笑いベージュ色の少し大人びたパーカーに見を包む。
「キャッシュがダメなんだよね? なら、今から買いに行こう」
そう言った妹は部屋から出ると、スタスタと廊下を歩き、俺の部屋に入る。
そして、机の中をガサガサと漁る。
すると、俺の黒い柄のスマホをニヤリと取り出した。
「お前、何で俺の財布の位置分かってんの?!」
「レクチャー済み」
「意味分からん事ばっか言ってんな!」
そして、俺の財布をパカッと開ける。
やばい……。今はとにかくやばい。
「あはー! こんなにあんじゃん!」
「あ、ちょ……」
妹は俺の言葉も聞かずに家の外へ出ていった。
はぁ……。キャッシュが駄目なら、iTunesってか?
俺は深いため息を付き、妹を追いかける。
しばらくすると妹の背が見えてくる。
「はぁはぁ……お前ってやつは!」
「きゃー! 怖い! 私が今叫んだら、警察って来るのかなあ……」
「やばそうだからやめてくれ!」
「あ、それでさー」
急に話を変えてくる妹。こいつ、マジで意味わかんねぇよ。
すると、スマホを開き、例のゲームを俺に見せる。
「このクエなんだけどさー」
と、ゲーム画面を見せられる。
「あ、そのクエってめちゃくちゃ強いって有名じゃん」
「お、分かってるねー!」
久しぶりに仲良く話せてるな。なんて思ってた時……。
突然、妹のスマホが光に包まれた。
暗闇が一気に照らされる。
周りにある電信柱やら、家やらが昼間のようにくっきり見えたかと思えば、今度は光の白さ意外には何も見えなくなった。
「えっ、なになに?」
「俺が聞きてぇよ!」
すると、妹のスマホから、今、やっていたアプリの序盤でチュートリアルの説明やらをしてくれた妖精が現れる。
「キミタチニシメイヲアタエル」
「え? は?」
俺は困惑し、腰を軽く抜かした。そんな中、隣でかなり興奮気味の妹。
頭おかしいんじゃないのか?
「コノゲームハノットラレタ、コノゲームヲヤッテイタスベテノプレイヤーガタイヘンナメニアウダロウ」
「だろう? まだ、実際に起こった訳では無いのか? ていうか、ここはどこなんだ? 何をすればいいんだ? 何をしなくちゃいけないんだ?」
全く、話が読み込めない。
「異世界行くのかな!? あはー! ひゃっはー!」
「静かにしろ!」
「ココロノスキマヲアクマニノットラレル」
そんな意味の分からないセリフだけ残し、周りの光が一気に暗くなったと思えば辺りは見慣れた夜の街並みに変わっていた。