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9 紛らわしい表現はやめろ

 


「うわあああ何やってるの君いいいいい!!!!???」


 一気にシュミーズ姿になったあたしに、シリウスがなぜかものすごい勢いで離れていった。

 顔を真っ赤にしてしかも目をふさいでいる。

 まるであたしが変なことをしたみたいじゃないか。

 要求に応えてあげたのに。


「なにって、肉体接触が必要なんでしょう? ひとまず魔王城の平安が必要なんだからきちんと協力するわ。え、それとも着たままが好みなの。服に皺を作りたくないからあきらめてもらえる?」


 おっといけない、そこかしこに仕込んでおいた武器が邪魔だなとそっちも外していく。


 ごとんっと重い音をさせながら各種の短剣や暗器をおいていけば、シリウスが何事かと顔を上げてまた慌てて顔を伏せた。


「いろんな突っ込みどころ満載なんだけどさっきから君はなに言ってるんだい!?」

「なにって、ナニについてだけど」


 だって肉体的接触だ。ついでにいえばフェリやルールーのような子を召し上げるくらいだから、そっちの意味だと思ったんだけど。


「あ、悪いけどあたし初めてだから、リードお願いね。なるべくさくさく終わらせてちょうだい」

「俺が妙に言いよどんだのが悪かったよ! 君相手にそんなことするつもりはないから!」

「あたしも必要じゃなければこんなことしないからお互い様よ。それよりももうちょっと幼げな方がいいと? それはあきらめて」

「何で俺がロリコンになってるの!?」

「じゃあ何が不満なの? 胸の大きさは変えられないわよ? あたしの顔は二目とみれないほど醜女ってわけじゃないと思うけど。そのあたりは魔王の義務? を果たすために目をつぶってちょうだい」

「いやそうでもなくて!!」


 あたしが仁王立ちしていれば、シリウスはちらっとあたしを見ると、顔を真っ赤にしながら消え入りそうな声で言った。


「君はとても美人で魅力的だと、思う……」


 その視線があたしの胸元と太もものガーターベルト付近を滑ったのを見逃さなかった。

 ほむ。もしや魔族には別の魅力の基準があるのかと思ったが、彼の反応から見るに人間的な基準での魅力も通じるらしい。


 姫様には「アウラは少し仕草を覚えれば、殿方のほうから堕ちていきそうな美人よね」とか言ってもらったものだ。

 大体の野郎は物理的に絞め落とすほうが早いし、姫様のは儚なげな可憐さに比べたら、あたしはただの石だけど!

 ともあれ助かる。男が勃たないのは死活問題だから。

 それにしてもあたしがこんなに協力的なのにこの魔王は!


「ならぐずぐず言わずにやることやろうっほら!」


 煮え切らないシリウスにしびれを切らしたあたしは、実力行使をするために一歩踏み出す。

 だが、ぱちんっと指をはじく音が聞こえたかと思うと、あたしにシーツのような布がかぶせられた。


「うわっぷ!」


 抜け出す前にぐるぐると巻き付いてきて、あたしが簀巻きにされて床に尻餅をつくとシリウスはようやく安堵の息をはいた。

 そして、怒りのこもった表情で言いつのられたのだ。


「いろいろ誤解しているようだが、そこまで深い肉体接触はいらないからな!」

「魔法的には接触は深ければ深いほど良いんじゃないの? 治癒術士は重症患者には手を触れて施術するわよ。魔結晶を作るくらいだったらそれ以上のものが必要なんじゃないの」


 あたしが当然の疑問をぶつければ、シリウスは頭を抱えていた。げぜない。


「妙なところで知恵があったからこじれたのはわかったが、君は妙なところで思い切りよすぎるぞ。もっと自分を大事にしようよ」

「してるわ。だから使命を果たすために有効利用してるの」


 姫様の幸福につながることに使えるのなら、それ以上にいいことはない。


「君とは致命的な認識の差がある気がする……」

「奇遇だわ。あたしもそう思ってた」


 シリウスにものすごく泣きそうな顔をされたけど、とはいえ必要ないならやりたくもないことだ。


「なら、どれくらいでいいの」


 あたしが先を促せば、シリウスはまた気まずそうに視線を泳がせて、言った。


「て、手をつなぐとか」

「子供か」


 即座に突っ込んだあたしは当然だと思う。

 あの反応は紛らわし過ぎるだろう。ってもしや。


「さっき、解決方法を探すために数日悩んでいたって言ってたけど、あたしにどう切り出すかで悩んでたとか言わないわよね」

「ぎくっ」


 ジト目で睨んでみれば、シリウスはあからさまにうろたえた。


「いやだって君には全力で嫌われているし、人間の小説ではお父さんがそばに近づくだけでいやがる娘さんがいるらしいし、いくら必要だとはいえ申し訳ないなとか思ったんだよ!」

「あんたのことは嫌いと言うよりは興味がないだけなんだから早く言ってよ」

「言う暇をくれなかったのは君だろうっ。というかそれはそれで地味に傷つくぞ! 後ろ向いているから、服を着てくれ!」


 シリウスが捨て台詞のように言い残し、背中を向けたので、あたしは納得がいかないまでもさくさくワンピースを着直して、身支度を調える。

 終わったと声をかければ、白銀の髪が揺れて彼は振り返り、ようやく息がつけるとばかりに肩を落とされた。


 なんか不本意というか、釈然としない。


「男って、一応は若い女の子に迫られたら、手を出すものじゃないの」

「……君の常識がどこから来ているのか非常に気になるんだけど。俺の名誉のために言っとくと」


 シリウスはあたしに向き直ると、それだけは真剣な顔をして言った。


「良識ある男は、たとえ好かれていたとしても、年下の女の子にはそうそう手を出さないものだよ」

「見た目はそんなに変わらないけど、それでも?」

「だって君、10代後半だろう? 俺実年齢は200超えてるんだぞ。魔族だからな。あ、いや俺が老けているとかそういうことじゃないぞ! 同族が基準だと全然若手だからな!」


 そこでまじめが崩れるのがやっぱりへたれ魔王だった。


「でも、フェリやルールーみたいな若い子を入れてるじゃない。それってあんたの妾候補とかそういうことじゃないの」

「それ最近入ったメイドたちだよね……あーそっか。もしかして貴族屋敷の陰謀モノ小説にあるどろどろって人間界では普通なの?」

「どう言うのかは知らないけど、結構な横暴が横行してたわよ」 


 最近はアイツベル国王陛下が目を光らせていらっしゃるおかげで貴族様の横暴は聞かなくなった。

 けれども教会の方では結構派手にやらかしてる話は漏れ聞こえてくる。

 シリウスの表情に理解が広がっていたけど、同時に不愉快そうにもなっていった。


「めちゃくちゃ心外だなあ……。やましいことなんて一切ないしさ。むしろ俺城内で話せる人のほうが少ないんだぞ」

「なんで?」

「君も見ただろ。俺が現れたとたん、ほとんどの子倒れたじゃないか」


 疲れたようにため息をつくシリウスに、あたしは食堂での出来事を思い出した。

 たしかに、同じ部屋にいるだけで倒れられるのにそういうことに及べるわけがないか。


「まともに喋れるのって言ったら、シュヴァルくらいなものだし。レブラントもハンナも頑張ってくれるけど、あんまり無理させちゃいけないからな」


 そんなにかよ。

 付け足された言葉はどことなく拗ねてるような、寂しげなものに思えた気がしたけど、あたしがとりあってやる必要はないだろう。

 ちょっとだけ、同情しないこともないけど。


「そんなかわいそうなモノを見る目で見られるほどは気にしてないぞ! ほんとだぞ!」


 あたしが生ぬるいまなざしで見つめていたせいか、シリウスが必死こいて否定してきたけれど、とどめを刺さないだけの良識はあるのだ。

 というわけで、あたしは右手を差し出した。


「その小指は、何かな」

「なるべく接触する範囲を減らしたいと思って」

「君ほんっと極端だよね……そろそろ泣いていいかな」


 これでもだいぶ譲歩している方なのだ。

 魔王とはいえ、アイツベルの貴族よりも、教会の豚よりもマシってことがわかったから。


「とりあえず、敷布に座ってくれ。今までの経験上、勝手にぽこぽこ落ちるから。はいクッション」


 落ち込んだ声で指示されたとおり、渡されたクッションをおしりに敷いて敷布の中に座り込む。

 あたしの言葉を気にしているのか、シリウスは指が届くぎりぎりの位置に腰を下ろすと、あたしが差し出した小指を左手でそっと包み込んだ。

 ちんまりとした指が一回り以上大きな手に隠れているのが変な気分だ。

 そういえば、これなら小指を折ってしまえるかもしれないな、とふと気づいたけど、シリウスにはそんな気配はみじんもなくただ壊れ物を扱うように丁寧だった。


「これから俺が蓄えた瘴気を流すけど、受け止めるんじゃなくて、流す気分でいてくれ。あとは魔王紋がなんとかしてくれると思うから。いいか、苦しかったり気持ち悪くなったりしたらすぐ言ってくれよ」


「気の巡りを意識したらいいのね。さっさとお願い」


 ものすごく心配そうな表情をしつつも、シリウスはじっとあたしの手を見下ろして集中し始めたのだった。



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