6 同期と仲良くしてみよう
と言うわけで、お昼ご飯だ。
魔王城はだいたいコの字型になっていて、階層さえ間違えなければ遠回りでもたどり着けるようになっているみたいだ。
あたしが始めに覚えたのは、ご飯がどこでありつけるかだから、絶対に間違わない。
本日のお昼ご飯はお肉定食と卵定食が選べたので、お肉定食にする。
ほかにも草食系の魔族専用のたらいサラダとかあってすごかった。
この魔王城、城の前庭に農場と牧舎まであってほぼ自給自足しているみたいだ。
窓から見える範囲でも広大な畑が見えた。
そこで育てた野菜とお肉なんだろう。
……うん。あたしは畑にクレーター作っちゃったけど。
ご飯は食べられるうちに食べておくのが習慣だから、もっしゃもっしゃと食べた。
四方から感じる視線は全部無視だ。殺意も感じられないものに付き合う気はない。
だってごはんおいしいし。
ただ、このお肉たっぷりな煮込み料理の味を全力で楽しめないくらいには、あたしはちょっとした危機に陥っているのだと思う。
だって、シュヴァルさんとはメイドの仕事をする契約だ。
このままあたしにできるメイドの仕事がなければ、謁見の間の損害を相殺してもらえなくなるかもしれない。
そもそも、使用人が出した損害を使用人自身が償わなくていいってシステムが破格なのだ。
高価なお皿を割ったらお給料から棒引きされるのが当たり前だし、それが国宝だったりしたら物理的に首が切られる。
条件の良さにも限度があるってものだ。
この三日シュヴァルさんともシリウスとも顔を合わせていないことが幸いだろうか。
例の魔王紋の研究に関しても、あたしがとっ捕まったあとに、魔法陣みたいなものに乗っけられて、なんか通されたな程度のものだ。
彼らに報告が行く前に、どうにかあたしにできる仕事を探さなくちゃ。
「だけど、今日で一通り体験し終えてるんだよなあ。今後一切お断り的なこと言われてるところもあるし」
少なくとも階段磨きは絶対やらせてもらえないだろう。
我ながら心を込めて、鏡みたいに磨き上げられたのだが。あんまりにも滑るものだからしばらく立ち入り禁止になってしまった。
ああ、考え事なんかしているから、せっかくの煮込み料理がなくなってしまった。
おなかはまだ空いている。
ここ3日くらい、食べても食べても足りないんだよなあ。動けるからほどほどにしていたけど。
おかわりもらっちゃだめかな。
あたしがそわそわしていると、誰かが近づいてくる気配がした。
「アウラー! ここいいよねっ一緒にご飯食べよっ!」
勢いよくあたしの隣に座ったのは、赤毛に犬の耳としっぽをぶんぶん振っているルールーだった。
あたしが返事をする前に座っているけど、彼女には会うのはあの窓割り事件以来だから、良かった。
「ルールーさん」
「ルールーで良いよー! なになにアウラ、あたしのこと覚えててくれたんだー嬉しいっ!」
「ええと、この間は危ない目にあわせてごめん、謝れなかったから」
硝子を全身に浴びかけるなんて、普通の女の子だったらトラウマレベルだと気づいたのだ。
その直後のルールーが全く気にしていなかったとはいえ、そういうのってあとからくることも多いから。
うん、だって仕事仲間になるんだし、関係は良好にしとくにこしたことはないはずだ。
するとルールーはからからと笑った。
「そんなの全然良いのにー! 魔獣の牙のほうがあぶないよって」
「そ、そう?」
確かに硝子はばらばらに降り注いでくるけれども、落ちてくるのが遅いから魔獣よりよけるのは簡単だ。
「そだそだ、友達紹介するよー!一緒に入った子っ」
まさか同じ考えを持つ子に会うとは思わなかった、と驚くあたしをルールーは軽ーく流すと、背後に隠れていた子を押し出した。
あ、知り合いだったんだ。
「ひゃっ、あの……はじめ、まして。フェリと、申します。ドリアードです……」
消え入りそうな声で名乗った彼女には見覚えがあった。
謁見の間で、ルールーの次に倒れた女の子だ。
髪の毛から木の枝のように緑の葉っぱをはやしている彼女は、見た目はあたしよりも2,3歳下で、垂れ目な感じが庇護欲をさそう。
気配から感じる魔力は強いけど、そんなに脅威にはならなさそうだ。
「アウローラ、です。一応、人間、だけれども」
「フェリもずっと話してみたかったんだってー! だから連れてきたのっ。はいっこれアウラのぶんっ」
ルールーが二つお盆を持っていたと思ったら、あたしのだったのか。
お昼はすでに食べたあとだったけど、これ幸いともらうことにする。
にしても、人間って名乗ったにもかかわらず、二人が全く気にした様子がないことは驚いた。
この二人はあたしが暴れる前に気絶していたから、脅威だと認識していないとは思う。
けれど、人間であるあたしに一切嫌悪感を抱かないどころかあっさり受け入れるものだろうか。
これが人間界だと魔獣や魔族って単語だけで眉をひそめたり、怖がったりするものだったから、魔界では人間がそういう扱いだと思っていたのだが予想外だ。
困惑しながらも二食目の煮込み料理に手をつけようとすれば、ルールーにまるで犬のようにふんふんとにおいをかがれてぎょっとした。
「やっぱりアウラは良いにおいがするね。これが人間のにおいなのかな。ルールー綺麗な人は大好きだけど、アウラは匂いも好き!」
にぱっと何の含みもない笑顔を向けられれば、毒気が抜けるけれども。
「ルールーもフェリも、人間を見るのは初めてなの?」
「そうだよー。ルールーは森から出るの初めてだから!」
「わたしも、初めて、みました……。いえ、わたしが170年森に引きこもっているせいもあるのですけど。ずっと西の方に人間の国があるとは知っていましたが……」
おずおずとフェリにも言われてなるほど、と思った。
話も聞かずに見るのも初めてなら、そういう反応にもなるのかな。
思わずほっとしそうになって、あたしは慌てて活を入れた。
いやいやたまたま二人がそうってだけの話かもしれないし。
レブラントさんを思い出せ。あの非友好的な態度を!
というかフェリ、あたしの十倍以上年上なんだ……。
「あの、アウラさんは、人間なのに、なぜこの魔王城に、こられたのですか」
フェリにそう聞かれて、あたしは煮込み料理をのどに詰まらせかけた。
まさか魔王を暗殺しに来ましたなんていえるわけがない。
ど、どうしよう。
「ふ、二人はどうして魔王城にきたの? お金に困って?」
困ったときの秘技、質問返しをフェリは疑わず、ちょっと顔を赤らめて答えた。
「あの、わたしは森では一番成長が遅くて、だから魔王城へ奉公に来たんです」
「ルールーはなーとうちゃんとかあちゃんに、魔王陛下のところに行けーって言われたから来たんだよー。一人前になれるようにお世話になってこいって」
「へえぇ」
ルールーの答えは、出稼ぎみたいなものなのか?と納得できるような感じだけど、フェリのはよくわからなかった。
成長が遅いのと魔王城への方向ってどんな因果関係が?
答えに首をかしげていたけど、じっくりフェリを眺めてみてはっと気づく。
彼女は女のあたしからみても、守ってあげたくなるようなかわいい容姿をしている。
外見年齢が14、5歳という未成熟で幼げな感じも、一部の特殊な趣味の方に大受けしそうな感じだ。
つまり、あのシリウスのそういう趣味を満たすために献上されてきたということなのではないか?
アイツベルでも悲しいことによく聞く話だ。
表向きはメイドとして雇った娘が当主や息子の愛人だったって話も。
最初はこそこそやっていたのに、堂々と好みを求人広告に書き連ねて募集する貴族様の家もなくはないのだ。
特にアイツベル大司教区の司祭や司教は公然の秘密として愛人を囲っている。
フェリはそんなことを全く知らずにただ出稼ぎに来たと思っているのかもしれない。
はっルールーの“一人前になれるように”というのも似た理由では。
彼女は魔族だけれども、どこも事情が変わらないと気づいたあたしは思わず涙ぐむのを我慢する。
と同時に、あのへらへら優男顔なシリウスへと軽蔑の思いがわいてきた。
「やっぱり魔王だったなあいつ」
「アウラさんは、やっぱり、魔王様を目にすることができたん、ですか?」
あたしが密かな決意が声に出ていたらしい、フェリさんに食いつかれてびっくりした。
暗殺するときは根っこちょん切ってやろうってほうは声に出てない?よかった。
ほっとしていると、はぐはぐと骨付き肉をかじっていたルールーも参加してきた。
「魔王様すっごかったよね! ルールーは怖くて全然覚えてないや!」
「わたしも、あの魔力が恐ろしくて、気を失って、しまったから……白銀の鱗をしていらっしゃったのは、わかったのだけど」
そう語るフェリの顔は、まるで恋する乙女のように赤らんでいる。
さらに髪につぼみがついて、今にもほころびそうになっていた。
これは知っている。顔がいい軍人さんや貴族のご子息にあこがれているメイドたちと同じ表情だ。
フェリ、あいつはほんとに残念なやつなんだぞ。
本を読むのが生きがいの引きこもりとかいっちゃうヘタレなんだぞ!
声を大にして言いたくなるのを寸前でこらえた。
だってここは魔王城の中だ。王様に対して批判的なことを言ってどんな報復があるかわからない。
あたしはいやでもこの城にいなきゃいけないんだから、なるべく軋轢は生まない方がいい。知ってる!
……追い出されかねない状況ではあるけれども。
ただ、フェリがかわいそうでならなくて、あたしはせめてもの語彙力を駆使して表現してみた。
「ええと竜っぽい頭をしたひと、だったよ。万全の装備じゃなかったとはいえ、魔法障壁が固くて全力で殴りつけなきゃいけなかった。油断を誘えたからなんとかなったけど、あのしっぽで搦め手で来られたら危なかったな。やっぱ短期決戦が一番だと思う」
「あはは、アウラってばまるで狩りするみたいだね!」
ルールーにおもしろそうに言われてひやっとした。
やばい、考えすぎて制圧手順の話になっていた。
こういうのを話すと、普通のメイドの女の子には怖がられるのだ。
そっとフェリをうかがってみれば、彼女は瞳をきらきらとさせていた。え、きらきら?
「アウラさんは、魔王様の魔力を正面から受け止めても大丈夫だったんですね。とてもすごいです」
「そう、かな?」
「はい、わたしたち魔族は、その魔力を基準に判断、します。自分よりも何十倍も魔力が多い方には、顔を上げられないほどの圧を覚えるものなんです。あの時の魔王様は本当に押さえくださっていましたから、優しい方なのだな、と思うの」
フェリの髪の花がほころぶのにあたしは顔を引きつらせるしかない。
あの魔王、少女趣味のヘタレなんだよ!? フェリも狙われているかもしれないんだ目を覚まそう!?
と言えたらどんなにいいか。
「そう、だから陛下の魔法障壁を破られたアウラさんを尊敬します。わたしも同じ方法はとれないでしょうけど、いつか陛下のお顔を拝見できるくらいには力をつけたいものです」
「あー! ルールーも! ルールーも障壁破れるようになりたーい!」
ぽっと顔を赤らめるフェリは手遅れみたいだった上に、ルールーまでノッてきてあたしは唖然とした。
嫌がられないのにもびっくりしたけど、魔族ってほんとうに魔力とか戦闘力で判断するのか。
でも、そんなに魔王に魔力を感じたかなあ。
確かに謁見の間では威圧感みたいなものを覚えたとはいえ、別室で話をしたときは、ただのへたれ野郎だったし。
あたしにはわからない何かがまだあるのだろうか、とパンをちぎりながら首をかしげたのだった。