31 その後の後始末
「あっあっあの俺テン・シー先生の大ファンなんですっ。デビュー作から最新作まで全部読んでて、ええとサイン!サインください!」
頬を真っ赤にしたシリウスが、いつにも増してしどろもどろになっていた。
シリウスに身を乗り出されたテン・シー先生こと姫様は、面食らいつつもうれしそうに表情をほころばせている。
一応、出版は実力で勝負をしたいという姫様の願いを、女官たちが全力でバックアップをして秘匿しているからね。
読者からお手紙は密かに転送されてくるけど、実際のファンに会うのは今回は初めてだ。
……ふん、シリウスのくせに姫様を喜ばせるなんてやるじゃないか。
その後も、娯楽小説の話で盛り上がる二人を眺めつつ、あたしはせっせとお茶を淹れていく。
ここは、アイツベル王国の首都にある王城の一角だった。
大聖堂が崩壊したあと、案の定、街は大騒ぎになった。
ただ、銀の竜が巨大な魔獣もどきを倒したことは大聖堂の城下町のどこからでも見えたこと。
なにより姫様がシリウスやあたしを含む、全域の浄化を行ったことで良い方向に傾いたらしい。
いやあ、りんとした姫様の演説はかっこよかった!
生き残っていた司祭たちや状況がよくわからない民衆もみんな聞き惚れて、『魔族は助けてくれた。悪いのは大司教とその一派』って納得してたもの。
しかもシリウスとシュヴァルは、崩壊した大聖堂とその周辺の人命救助をするために魔王城の中でも力持ちな人たちや治癒魔法に長けた人たちを転移させてきて、救助に当たってくれたのだ。
あたしも力と体力はあるから、姫様の陣頭指揮の下、せっせとがれきの撤去をしたり、けが人を運んだりした。
最初はものすごく警戒していた住民たちも、言葉が通じてしかも自分たちを助けてくれる魔族たちと徐々に打ち解けていったものだ。
すぐに帰ろうとしたシリウスだったけど、聖女である姫様のそばにいれば、瘴気があつまらないと気づいてからは、嬉々としてはしゃぎ、人間の子供たちと遊んでいた……というか遊ばれていた。
これはこれで適材適所と言う奴だろう。助けを求められたけど笑顔で手を振ってやったものだ。
そうして一日を過ごしたあと、私たちはアイツベル王城へ状況説明をしに行くことになった。
『何言ってるの。あなただって立役者の一人なのだから、同席しなきゃだめでしょう?』
と、姫様に言われて、なぜか使用人である私まで同席した謁見だったのだが。
あたしを見て渋い顔をしたところまでは想像通りだったけど、いつも泰然自若としている国王陛下が、あごが外れんばかりに驚いている顔を見られたのはすごく貴重だったかもしれない。
あたしが魔王になったと言ったところから目を点にして、大聖堂をぶっ壊して数百年物の瘴気を根絶して、大聖堂跡地に作られた被災者キャンプでは魔族と人間が同じ釜の飯を食べて笑い合っているあたりになると、もはやコメントもできない感じだ。
まあ陛下もさるもので、やっちゃった物は仕方ないとなんとか持ち直すと、今後も仲良くしようぜ的なことになっていた。
今後は、双方の歴史に伝わる聖女と魔王の知識をすりあわせて検証し、おたがいにとってよい方法を模索していくことになるらしい。
まあ、人類側としては魔族が瘴気に侵された魔獣を狩ってくれるなら万々歳だし、聖女である姫様が魔界の瘴気を浄化してくれたら魔族も助かる。
助け合って利用し合える部分はあるんじゃないかって方向で話をまとめつつ、陛下と姫様が完璧にほほえみながら全力で計算をしているのがあたしには手に取るようにわかったものだ。
ただ。
「いやーやっぱり人間の王様っておっかないね!」
と震えながらも余裕がありそうなシリウスが意外だった。
わかっていないのかな、と一瞬思うくらい自然体だったけど、譲れない部分はきっちり主張していたし。
まあシリウスにも時間制限があるので、詳しい内容については後日、交渉役を立てて話し合いましょうってことになり、解散。
あたしはそのまま、ナターシャ女官長に連れ去られてこってり絞られた。きゅう。
休職届は少なくとも半月前に出しとかなきゃダメなんだって。初めて知ったよ……。
けど姫様を助け出してくれたことをほめてもくれたし、無事でよかったとほっとした顔をされた。
びっくりしたけど、胸がぽわっとあったかかった。
そんなこともありつつ、休憩がてら案内された応接室の一つで、ようやく姫様と腰を据えて話せるようになったシリウスが、ファンとして姫様に話しかけているのが今の状況だ。
あたしはそこまで娯楽小説に情熱が持てないから、話の輪の外でのんびりしているけれど、ちょっとだけシリウスがうらやましい。
だって、姫様がこんなに生き生きしているのを久しぶりに見たんだもん。
締め切り前に目の下にくまを作りながらもぎらぎらしている時ぐらいだ……あ、それは違う?
「こんなに、誰かと物語について語ったのは初めてですわ」
「俺もこんなにあこがれの先生と話せるなんて」
照れたように笑い合う姫様とついでにシリウスを、あたしはほほえましく眺めた。
瘴気を呼び寄せないにしても、魔力が強いシリウスは普通の人にとってはものすごくしんどい。
だから、魔王を一目見ようとした使用人たちは軒並みぶっ倒れていて、いま室内にはあたしと、気合で残ったナターシャ女官長と護衛の騎士だけが残っている。
ナターシャ女官長、やっぱり只者じゃない。
そのおかげで、姫様は肩の力を抜いて趣味の話ができるのだ。
シリウスもたまには役に立つ。
「新作を書き上げましたら、真っ先にお送りいたしますね」
「テン・シー先生の新作!? それだったら何がなんでも買いますよ! ファンとして! ファンとして!!」
「では、いつか、シリウス様の蔵書を拝見しに伺いたいですわ。わたくしが入手できなかった本もありそうですもの」
「俺ので良ければいくらでも貸し出しますって!」
拳を握って身を乗り出すシリウスに、姫様が口元を隠してほほえむ。
はー姫様が楽しそうなのがほんとうれしい。
けど、なんかもやもやするなーと思いつつ立っていれば、独特の気配がした。
あたしがそっと、扉の前へ行けば、万事承知している女官長も一緒に待機する。
ノックのあと、扉が開かれれば、きちんとした軍服風の衣服に身を包んだシュヴァルさんがいた。
ちょいとあたしと女官長に頭を下げるシュヴァルさんに、うなずいた女官長が室内へと声をかける。
「姫様、シリウス様、シュヴァル様が到着されました」
「お通しして。それからアウラとナターシャ以外は下がるように」
ほんのりと喜色をうかべて、姫様は女官長にそう言いつけたのだが、護衛役が難色を示した。
「殿下、護衛もつけず魔族と同席されるのは……」
「わたくしにはアウラがいます。それに陛下が魔王シリウスを賓客として迎えると言ったのですよ。その命を守れないと」
ふふん。ここにいる護衛全部よりあたしの方が強いからね。
護衛の騎士は姫様の言葉にも渋っていたが、そこにシリウスののんきな声が響いた。
「大丈夫だよ。だって先生に傷をつけようものなら、俺がアウラにぼこぼこにされるもん」
いや姫様に手を出そうとした時点で滅殺するけど。
あたしはわかるメイドだから、姫様に発言を許可されない限り口にはしない。
その代わりに軽く殺気を当てれば、シリウスがびくっと震えたので満足した。




