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3 そしてアウラはメイドになった



 あたしも、魔王になっている?



 なに言っているんだと思ったあたしだが、拘束を外されて腕を見たとたん、顔がひきつった。


「なんだこれ!?」


 あたしの右手には、まったく見慣れない入れ墨が淡く光を放っていたのだ。


 植物のツタのような生き物のような意匠が、指先から手の甲、果ては服に覆われている手首の奥まで続いているのだ。

 袖をまくってみれば、文様は二の腕のほうまで続いていた。


「魔王である証だよ。俺のはこれな」


 絶句していれば、魔王シリウスが自身の左袖をまくって見せてくる。

 たしかにその腕には、あたしの右腕にあるものと似たような入れ墨が淡く光をこぼしていた。


「魔力で活性化すると出てくるけど、普段は見えないから安心してくれ。若いお嬢さんにはそれでも気になるだろうけど。ところで、君、本当に体は大丈夫? 気持ち悪かったり、めまいがしたり痛みがあったりしないか?」


 シリウスになぜか気遣われた。おろおろと見るからに心配そうで困惑する。

 別に自分の肌に何がついていようと全く気にはしないけど、さっきまでなかったものがあるのは不気味だ。

そもそも病人やけが人扱いなんて馬鹿にしているとしか思えないんだけど。


「それよりも、なんで魔王の証なんてのがあたしに移ってるんですか。あたしは人間ですよ」

「あーえっと。俺も何でこんなことになったかよくわかんないだけれども」


 いちおう、なんとか言葉を改めて問いかければ、シリウスはちらっと、隣のシュヴァルを伺った。

 シュヴァルは仕方ないとでも言うように息をついて私に向かい合ってくれた。


 へたれ魔王、甘やかされすぎじゃない?


「魔王は、そちらの文様、魔王紋が宿ることによって魔王になるんですよ。魔王紋は魔王が何らかの要因で消滅すると、その時点で最も魔王にふさわしい者へ自動的に移ります。シリウスは百年あまり前に前代魔王より魔王紋を受け継ぎました」


 アイツベルみたいに、世襲制ではないってことか。

 姫様は女児だから、いくら優秀でも王様にはなれないらしいけど。もったいないなー。


「そして、継承方法は魔王に譲渡させること、または消滅させることです」

「消滅って、つまりは殺すってことか」

「ええ。しかし魔王紋は、魔王が消滅した時点で、最も適格な者に移りますから、確実ではありません。魔族たちは魔力の多い者に服従しますし、魔王紋を持つ者にあらがい難い魅力を覚えますので、下克上も頻繁には起きないのですが……」


 そこで言葉を濁した、シュヴァルさんは、あたしのむき出しの右腕に視線をやった。


「どうやら、今回、あなたの暗殺によって、シリウスが瀕死と判断され、半分だけ魔王紋が移ったようなのです」

「うん、死んだと思った。生きてたけど」


 まったくのんきな魔王の言葉に、あたしは表情をこわばらせた。

 つまり、あたしがシリウスが死にかけた時にあたしが一番魔王に適格だったってこと?


「魔王なんか冗談じゃありません! あたしは人間ですよ!?」

「そう、それがびっくりしたんだよねえ。いままで誰にやっても無駄だったのに、俺の敗北宣言のせいか、それとも君の何かが魔王にふさわしいと判断されたのか。ともあれ俺、いままで魔王として持っていた力が半分になってるっぽいんだよなあ、おかげで困った困った」


 うんうんと、全く困った風じゃない魔王が、不意に表情を引き締めた。

 竜頭の時と似た、まじめな表情にあたしは思わず身構える。


 よくよく考えてみれば、これって魔王としては一大事じゃないか?


 魔王としての威厳が人間に移ってしまったのだ。

 側近が一人居るだけで秘匿されているようなのも、あたしを闇に葬るための準備なのかも知れない。


 一生閉じ込めて飼い殺しにするか、むしろ殺さないと言うのがあたしを油断させるための罠ってこともありうる。


「そう、だからね――」


 密かにつばを飲み込みつつ、どんなことにも反応できるように緊張をみなぎらせる。

 膝に肘をついて手を組んだシリウスは、厳かに言った。



「君に魔王を譲ろうと思う」

「をいまてこら」



 なけなしの敬語を地面にたたきつけたのに、シリウスは真顔のままずずいとあたしに迫ってきた。


「君だって見ただろ、俺自分で言うのも何だけど全然戦うの向いてないし、威厳なんてこれっぽっちもないし。魔族って力があれば正義ってやつだからさ。魔王紋があったからかろうじて魔王やってたけど、半分になったら無理だと思うんだよね。だから君に任せる!」

「自分で言うな、というかあんたの民でしょ!」

「だって魔王城の人たちみんなできる人だからさ、全然放っておいても生きていけるし! 時々あれなのを処理するだけの簡単な仕事だから後は頼んだっ。俺はおとなしく本読むために引きこもるっ!!」


 どやあと言わんばかりの魔王に、あたしは心底侮蔑のまなざしを向けた。


 だって、あたしの知っている王様は、姫様は自分のことは後回しにしてあたしたちを守ろうと働いてくれた。

 そんな姫様を支えたい、少しでもお役に立ちたいってあたしは思ったのだ。


 魔界はちょっと事情が違うのかも知れないが、こんな王様なんて無責任すぎる。

 絶対こいつ、引きこもるためにあたしに魔王業を押しつける気だ。


 そもそも何で人間のあたしが魔王になって魔族の面倒を見なきゃいけないのだ。


 ぶち切れたあたしは、勢いよくふかふかソファから立ちあがった。


「冗談じゃないっ。あたしは姫様の下に帰る!」

「ちょっと待って、ちょっと待って! 君この城から出たらやばいから!」


 こんな茶番つきあってられるか、と部屋から出ようとしたあたしは、打って変わって大慌ての魔王に止められかける。


 けど、予想していたあたしは旋回して、足を振り回した。


 けん制のためだから全く当てる気はなかったが、魔王はとたん顔を真っ赤にして飛びすさった。


「うわあっごめん! 見てない、見てないから!!」


 一体何だと思ったけど、たぶんスカートがひるがえった拍子に足が見えたせいか。


 そういえば、謁見の間でも妙な隙があったけど、あれってガーターベルトが見えたからだった?


 あたしが冷めたまなざしを向ければ、シリウスがびくっと体を震わせて硬直する。

 あんまりにも情けない姿に鼻をならせば、シュヴァルにまで止められた。


「お嬢さん、シリウスの言葉は本当ですよ、この城から出ない方がよい」

「どういう意味」

「魔王は瘴気を集める性質があります。シリウスの作成した魔王城が防護壁となって今は調整されていますが、外に出れば無差別に瘴気を引き寄せ、周囲を魔窟化、瘴気に侵された凶暴な魔獣を誕生させることでしょう。今は大丈夫だとしても、人間であるあなたもどうなるか分かりません」

「なっ」


 人間は負の因子がよどんでいる濃い瘴気に長期間さらされると、精神が負に傾くだけでなく体の調子も崩し、最悪死に至るのだ。


 瘴気を引き寄せちゃうんならもちろん人里なんかには行けないし、なにより姫様の下へ帰れないじゃないか!


「じゃあ魔王紋なんか返上する! あたしが瀕死の重傷を負えば良いんだろ!? お前に負けるなんて業腹だけれども、ひと思いにやってくれ!」

「いやそれもできないって言うか、君自分を大事にしようよ!?」

「姫様より大事なものなんてないし、てめえそれでも魔王かよ!?」


 あたしが射殺さんばかりに睨みつければシリウスはおびえたように後ずさる。

 そんな一方的な威圧に割って入ったのはシュヴァルだった。


「シリウスはあなたが昏睡中に魔王紋を取り戻そうとしましたよ。一応は人間であるあなたに、どんな影響があるか分かりませんからね。ですが魔王紋はすでにあなたへとなじんでしまっていて不可能だったんです」

「なん、だって……!?」


 つまり、あたしはこの魔王城から出たとしても、姫様はおろか、アイツベルにすら戻れないってことじゃないか。


「……あきらめるもんか」


 ぎゅっと紺のスカートを握ってうつむいていたあたしは、二人が顔を見合わせたことに気づかなかった。


「ところで、これからのあなたの処遇ですが」


 シュヴァルの言葉に、あたしは顔をこわばらせた。

 そうだ、あたしはここから出られないとはいえ、あたしがやったことと言えば……


「あなたが謁見の間でシリウスと交戦したことは、城中に知れ渡っています。このままですとあなたにそれなりの処置を施さなければいけません」


 顔に出さないようにしても、あたしの顔からさあっと血の気が引いた。


 国王暗殺は、たとえ未遂でもアイツベルではその場で打ち首でもまだ足りない。

一族の幼子に至るまで皆殺しが順当だ。

魔族ではどんな法になっているかはわからないけど、あたしがもし姫様が殺されかけたらそいつの腕ねじ切っても足りない。

あたしがそう思うんだから、魔族がそうであってもおかしくないのだ。


「うっわそうじゃないか! ど、ど、どうしよ!?」


 ……ただ、なんで被害者なはずのシリウスが、あたし以上にうろたえているのかがわかなかったが。

なんでだよ、そこは厳罰を求めるとかそういうことじゃないの?

 シリウスがおろおろしている横で、シュヴァルは何を考えているのかわからない顔で、あたしを見下ろしていた。


「ただ、私たちとしても、魔王紋が二つに分かれたこの事態は異例なのです。できれば正常な状態に戻したいと考えていますが、調査を進めるにしても時間がかかります」


 私たちっていう割に、シリウスはめちゃくちゃ「え、そうなの?」と言わんばかりのきょとん顔しているけど。


「ですからこのまま魔王城でメイドとして働いてください」

「え?」

「忘れていませんか。契約書にサインしたことで、この魔王城のメイドとして雇用契約が締結されているんですよ」


 確かに謁見する前に契約書を出されたから、どうせ魔王を暗殺するんだから破棄されるし問題ないだろうとさくさく署名した。

けど、そもそも報復を恐れているのに、魔族に混じって働けなんて一体全体何考えてんだこの魔族。


 あたしは不信感たっぷりの顔をしているだろうに、シュヴァルは全く堪えた風はなく続けた。


「あなたも知っているでしょうが、魔族の中では、弱肉強食……まではいきませんが、戦闘能力や魔力の豊富なものほど一目置かれる傾向があります。この魔王城でも少なからず、そういった「強い人材」を求めていましてね。あなたをメイドとして雇用すれば、逆説的にシリウスとの交戦も雇用試験としてごまかせるんです」


 いや、ちょっと待て、涼しい顔をしていうけど、暗殺がメイドの雇用試験の一環ってそんなの無理やり過ぎないか!?


「そんなの無理に決まって」

「あーなるほどーそれならいけるかも! さすがだシュヴァル!」

「納得するの!?」


 腑に落ちたようにうなずくシリウスにあ然とすれば、彼は青銀の瞳を苦笑に細めた。


「うん、魔族の力がすべて!っていうの、俺はあんまり好きじゃないし、城のみんなもそれが全部! とまでは思っていないけど。魔族の本能として、強いことはそれだけで従う理由になるんだ」

「いやそれでも、人間のあたしが混ざって働くなんて」

「たぶん、君がメイドとして入っても魔族とか人間とか関係なしに、城のみんなは受け入れると思うよ。そ、それに俺も君みたいな人がいてくれると助かる」


そわそわと落ち着かなさそうに視線をさまよわせるシリウスに、あたしは正気を疑った。


 頭大丈夫なのだろうか、と本気で思ったけれど、悲しいことにシリウスの表情は本気にしか思えなかった。


 この魔王の思考回路が理解できなくて気味悪く思っていれば、シュヴァルが涼しい顔で言った。


「もちろん、あなたが賓客あつかいを望むのでしたら、客間を用意するのもやぶさかではありませんが。そうすると、謁見の間の修繕費をあなたに請求しなければなりません」

「修繕、費?」


 一瞬、なんのことかわからなかったけど、理解が及ぶにつれてさあっと血の気が引いていく。


追い打ちをかけるかのように、シュヴァルは続けた。


「シリウスの使い魔であるガーゴイルたちと、あなたが投げ飛ばした執事長のレブラントの治療費はもちろん、破壊された壁と、あなたが踏み抜いた床。そして衝撃波によって壁に施された装飾の修繕費、概算ですが全部合わせて……これくらいでしょうか」


 ぴん、と立てられた指の数に、あたしはめまいがした。

 たぶん想像しているよりも桁が違う。

あんまり装飾がなかったとはいえ、あの規模の部屋の修繕費なんて、あたしがいくらはたらいても返せる訳がない。ついでに言えば無一文である。


「ですが、あなたが魔王城のメイドになれば、試験上必要なことだった、と処理することができます。まあ、それだけの働きをしていただくことにはなりますが、魔王城の雇用契約では故意の破壊活動でない限り、使用人の器物破損は罪に問わないことにしていますので」


 ごくり、とあたしの喉が勝手に鳴る。


「それを、いやだと、いったら……」

「そうするとすすべての損失額をあなたに補てんしていただくことになりますね。あなたに支払い能力がない場合は、あなたの身元引受人に損害賠償を求めにいくことになるかと」


 穏やかな表情で退路を断つシュヴァルに、あたしは真っ青になって黙り込むしかなかった。

 村からは離れたから、あたしの身元引受人と言えば、姫様になる。


難しいことは苦手だけど、魔族に勝手に喧嘩を売ったとわかったら、それがしかも休職願いを出したとはいえ姫様の部下だったとしたら。

ものすごくやばいんじゃないか? 


いまさらながら八方ふさがり感にだらだらと冷汗が止まらない。


 あたしは姫様以外の人に仕えるなんて死んでも嫌だ。

 でも姫様に今以上にご迷惑をかけるくらいなら自分で自分の首をへし折る!


 ほんとに何でこの人が魔王じゃないんだろうと、にらんでも、シュヴァルの表情は涼しげだった。


「シリウスの前に立って平然としていられる、あなたのような人は貴重なんですよ」


 その言葉はただの皮肉にしか聞こえなかった。


「君のほうが魔王に向いているって証拠だと思うんだけどなあ」


 ぎっとにらむことでシリウスをだまらせて、あたしは一生懸命考えるけど、魔王城にとどまってメイドをやる以外の選択肢はいくらたっても出てこない。


 ああ姫様、申し訳ありません。これしか思いつかないのです。


「し、しばらくお世話になります」


 色々もろもろ思うことはあるが、雇用主にぎこちなく頭を下げれば、なぜか嬉し気なシリウスがあたしをのぞき込んできた。


「君の名前は?」

「……アウローラ」


 敗北じゃない。戦略的休戦と言うやつだ。



 絶対姫様の下に帰ってやる。



 ひそかに決意していることも知りもせず、魔王は銀色の瞳を細めてふんにゃりと笑った。


「そうか、今日からよろしくな、アウラ」

「気安く呼ぶな」


 ただ、つい漏れた本音に、シリウスはわかりやすく落ち込んでいた。



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