28 再会はハイテンションで
床をぶち抜いた影響で、砂埃にまみれたが全く問題ない。
だいたいひと月ぶりにお会いできた姫様にあたしのテンションはMAXだ。
「ぐぼぉ!!」
足下の柔らかいものを蹴飛ばして、あたしは姫様に駆け寄った。
なんか変な音がした気がするけど関係ない!
「どうして、ここに」
「はい、誘拐しに参りました!」
「誘拐!?」
あたしが抱き起こせば、姫様は呆然とされていた。
姫様は簡素な修道服を着ていらして、緩やかに波打つ黄金の髪は乱れ、碧色の瞳を潤るんでいる。
大きく空いた背中には、聖女の証である、優美な文様がかすかに光を持っていた。
なんかぎこちないと思えば、足を拘束されていてかっと頭に血が上る。
勢いに任せて拳を振り下ろせば、魔道具はあっけなく壊れた。
「姫様お怪我はありませんね、ご安心ください姫様今から殴り飛ばして参りますので!」
「アウローラ待て、たぶん君がふんづけたやつがそれだから」
さあ、元凶はどこだー! ととって返そうとしたらそんな声が聞こえて振り返る。
なんか妙にぎらぎらとしたおっさんが目を回していて、シリウスがほこりまみれでげっそりとしていた。
「全く君は乱暴だなあ! 床をぶち抜くことはないじゃないか」
「それもこれもあんたが姫様のところに直接飛べなかったからじゃない」
「飛べはしたんだよ! ただ指輪が姫さんのところになかっただけで!」
成人した野郎のくせに唇をとがらせるシリウスにさらに言い返そうとしたけど、ふと気が付いた。
こんな薄着な姫様をこいつに見せるわけにはいかない!
「シリウスっあんたの上着よこしなさいっ!」
「え、なにまって、あっあー!?」
「アウラっ!?」
珍妙な声を上げるシリウスから上着をひっぺがしたあたしは、それを姫様に着せかけてあげる。
姫様はようやく自分の姿を思い出したのか、気恥ずかし気に頬を染めてお礼を言ってくださった。
さめざめと泣く真似をしているシリウスは無視だ無視!
「あ、ありがとう」
「どういたしまして!」
「アウラ、そちらの方はどなたでしょうか」
「はい! 姫様その……」
居住まいを正された姫様は凜とされていてとってもきれいだ。
けど、そうだよなー全く知らない人間つれてれば気にされるのは当然だ。
「その角、もしや魔族の方……いいえ、魔王陛下でございましょうか」
「姫様わかるのですか!?」
「ええ、わたくしの聖女としての感覚がそう訴えてきます」
今のシリウスはのほほん人間顔で威厳のいの字もないのにさすが姫様だ!
あたしが感心していれば、姫様は立ち上がると、すっとワンピースをつまんで見事な会釈をされた。
「お初にお目にかかります、魔族の王よ。このようなお見苦しい姿で失礼いたします。わたくしはアイツベル王国第一王女、ティアンナ・ウェーヴェル・アイツベルと申します」
「あいや、そのどうもはじめまして、シリウスです魔王やってます」
姫様が礼儀に則ってるのに失礼じゃないか!
ざっくばらんに名乗ったシリウスにあたしはあきれたまなざしを向けたのだが、当の本人は全く気づいてない。
そわそわもぞもぞ緊張しているらしい。
まあ無理もない。だって姫様は超絶美少女だし!
「シリウス様がここにいらっしゃると言うことは、シュヴァル様からお手紙を受け取ったと言うことでよろしいでしょうか」
「ああ、そうだけど」
「それは申し訳ありませんでした。ですが追っ手がかかる前にこの場からお引き取りください」
「えっ」
りんとした姫様の、断固とした主張にシリウスが戸惑う。
「わたくしはこの身をかけて、あの汚泥を浄化せねばなりません。シリウス様自らいらしていただいたことには感謝いたしますが、ここを動くことはできないのです」
ああわかっていた、姫様はこういう人だった。
前で握られた手は、白くなるほど握られている。
姫様だって恐ろしいのに、すべてを背負おうとしている。
そうやって魔獣をむやみに狩りたくない、と言ったあたしを背負ってくれた。
だからあたしは姫様にすべてを捧げようとしたけれど。それが当然だと思っていたけれど。
ちょっと違うんじゃないか、と言うことをあたしは魔族から学んだ。
「嫌です姫様」
あたしがそう主張すると、驚いたように姫様がこちらを向いた。
姫様が公の顔で話しているときに割り込むことなんて、一度もなかったからだろう。
当然だ。あたしは姫様の使用人、私的な時間では友達のように話すことが許されていたとはいえ、今のこれは首どころの騒ぎじゃない。
「どういうことですか」
「姫様は生きるべきです」
「アウラ、これはわたくしにしかできないこと。わたくしがやらなければならないことです。さがりなさい」
姫様の顔が意図的に険しくなる。入ってくるなと言われている。
でも、だめだ。今じゃなきゃいけない。
だから、あたしは、姫様の震える拳を自分の手で包んで、言いつのった。
「あたしは姫様が幸せじゃなきゃ嫌です!」
「アウラ……ききわけてちょうだい」
「嫌ったら嫌です! あたし泣きますよっ。姫様が痛い思いをするのも嫌だし、寂しそうにするのも嫌なんです! 姫様の笑顔が好きだから」
姫様の険しい顔にひびが入り、泣きそうにゆがむ。
「だから、あたしはあたしのわがままで姫様を攫いますっ」
「……だめなのよアウラ。わたくしがここを離れれば、アイツベルがっ。あなたまで」
嗚咽を漏らしながら金髪を揺らして首を振る姫様の手をなでた。
ガントレットの上からだから、慎重に。
「シュヴァルさんがどこまで話したかは知らないですけど、今はあたしも魔王なんです。魔王は瘴気のエキスパートだから、きっとなんとかなります。姫様が幸せになれるように、あたしが全部ぶっ飛ばします!」
あたしは難しいことはぜんぶ姫様に任せてしまったけれど、このままじゃいけないことだけはわかるのだ。
はっと上向く潤んだ碧色の瞳をまっすぐ見て、言いつのる。
「だから姫様、ほんとの気持ち、教えてください」
「アウラ……」
いつもりんとしていて妖精のように美しい姫様の顔が、涙にゆがんで、かすれる。
「たすけて」
「はいっ姫様っ!」
小さく紡がれた声に、あたしは間髪入れずに応えた。
姫様了承の上で攫うことができるようになったあたしはうきうきだ。
「ま、魔王だと……」
けれど、だみ声が聞こえて水を差された。
見れば気絶していたはずの、なんか金ぴかのおじさんがぶるぶると震えてこちらを見ている。
「聖女を攫おうとする賊だ! 者ども征伐せよ!」
何かの合図を送ったのだろう、扉から雪崩を打つように飛び込んできた聖騎士と戦闘司祭たちが現れる。
「シリウス! そっちは任せた!」
「え、ああうん」
賊はそっちだろと思いつつ、あたしは聖騎士たちの前へと踊り出る。
今日のあたしは絶好調だ。『煉華の篭手』も良い調子である。
と言うか久々の姫様との逢瀬を邪魔する奴はぁ……
「鉄 拳 制 裁 !!!」
「「「「ごふぁ!?」」」」
さすがに大司教区に常駐している聖騎士と戦闘司祭たちだ、それなりにできるけれど、今のあたしの敵じゃない。
「魔獣を百体殴り飛ばしてからおいで!」
ぱんぱんと手の誇りをはたいて振り返れば、姫様以外の金ぴかおっさんとシリウスが目を丸くして唖然としていた。
「わ、わしの精鋭が瞬殺だと……」
「失礼な、殺してないわ」
なんかへたり込んでいるおっさんは無視して、シリウスに聞いた。
「シリウス、それどうにかなりそう?」
「あ、ああ、ここまで濃縮されてる瘴気は初めて見たけど。姫さんが身投げしなくても多分なんとかなると思う」
「誠にございますか」
姫様の碧色の瞳が明るくなるのに、シリウスは声を失ってこくこく頷く。
こいつの対人スキル低すぎじゃないかと思うけれども。
「じゅ、準備するからちょっと待っ」
「ありえん、ありえんあり得ん! それを無くすことなど、いままで積み重ねてきた先陣たちの努力を無駄にする気か!」
「無駄って何言ってるの、これもてあましてたのあんたたちじゃない」
「ともかく許さんっそれはわしのものだ!」
もう仲間はいないはずなのに、威勢の良い金ぴかおっさんが腰にあった杖を引き抜いてかざす。
高位の神官なのだろう、魔法の組み立ては素早かった。
こんなのにつきあっていられない、と当て身を食らわせようとしたあたしだったが、背筋がぞわっとする。
寸前で行動を変えて、泉の近くにいる姫様へ向かった。
「姫様っ」
「ひゃっ」
「うごっ」
立ち尽くす姫様を腕に抱え、ついでにシリウスの襟首をふんづかまえて退却だ。
なんかおかしい。なんかやばい。
姫様もシリウスも訳がわからなさそうだったけど、こんないてもたってもいられない時は無視しちゃだめなんだ。
あたしが逃げに転じたとたん、瘴気をたたえている泉が、どぷりと吹き出した。
粘度の高いよどんだ泥が、うねうねとした触手みたいになって頭上から襲いかかってくる。
瘴気の泥は、あたしたちにもよってきたが、聖属性の魔法をくみ上げていた金ぴかおっさんに殺到した。
「『ラウディスに由来せし聖なる光よ、我が怨敵をうち』ふぎょ!?」
全く気づいていなかった金ぴかおっさんが、瘴気の触手に絡め取られる。
瘴気の泥は組み上がりかかっていた聖属性の魔法に触れたとたん、じゅっと焼けるように縮んだけど、それ以上の質量で飲み込まれた。
「急になんなのあれ!?」
訳がわからない展開に唖然としていれば、すでに自分で走り始めているシリウスが叫ぶ。
「もともと飽和状態だったところに、張り巡らされていた防護魔法が破損したせいであふれてるんだと思うぞ!」
「あたしが壊したっていいたいの!?」
「それもあるけどきっかけはあの人間の魔法! くっそっ」
珍しくシリウスが悪態をついた先にいるのは、あたしが倒した聖騎士たちだった。
このままだと唯一の出入り口である扉にたどり着けない上に、彼らは泥に飲まれるだろう。
すでに泥は部屋いっぱいにあふれていて、しゅうしゅうと嫌な音をさせて壁の術式を飲み込んでいる。
触れたら絶対やばいのは明らかだ。
「アウラ、姫様目をつぶって。それから頭空っぽにしてくれ!」
シリウスの言葉にとっさに従ったとたん、地面の感覚がなくなったのだった。




