25 拳は姫様と、彼らのため
姫様を、さらう? どこから……て大司教区から!?
あたしとシュヴァルさんの注目に、のほほん魔王はいつもの自然体のまま続けた。
「うん。これはだめだ。見過ごせない。けど君から聞く姫様はてこでも動かないような意思の固い人なんだろう。ならさくっと攫うのがいちばんさ!」
「そ、うだけど。どこに攫いに行くかわかって言ってるの」
確かに姫様は、これと決めたら貫く。
もちろんよりよい解決方法があれば、受け入れる柔軟性もあるけれど。
今回、姫様は自分がとれる最善手を打った。
確実でなおかつ被害が最小限になる方法だから譲らないだろう。
だから多少強引な方法じゃないと無理だけど、今姫様がいるとするなら。
「おそらく、すでに日にちが経過していますから、大司教区の大聖堂に入っているでしょう」
シュヴァルさんの言うとおりだった。
城下町の広がる大司教区にはもちろん、魔族が紛れないように魔除けの処理がされている。
さらに、大聖堂には強力な対魔結界が張り巡らされている上、お膝元なわけだから聖騎士も戦闘司祭もうじゃうじゃいるのだ。
ぶっちゃけ、ラウディス教総本山にいる聖騎士に比べればたいしたことはないけど、それでも数で来られれば手こずるだろう。
姫様を救出するどころじゃないのは明白だ。
なのにあたしの顔を見たシリウスが心外そうな顔をした。
「いや、魔王城に一人で乗り込んできた君よりは無謀じゃないと思うけど」
「あんたの城がザル過ぎるのよ」
「……ひ、否定はしないけど、どうせなら、自分の手で直接助けたくないのかい?」
「したいけど」
「シリウス」
しょぼんとしたシリウスへ、シュヴァルさんが声をかけた。
「それは、人間に肩入れする、と言うことですか」
その声音はほんの少し低くて、怒っていると言うよりも、覚悟を問うようなもののように思えた。
あたしはなんか口を出してはいけないような気がして、二人の成り行きを見守る。
「いいや違うよ。俺は今も昔も俺が落ちついて暮らせる環境が欲しいだけだ」
シリウスはシュヴァルに向き直ると、ほんの少しだけ困ったような表情で続けた。
「だけど、強制的に魔堕ちさせられている同胞がいると知って、ぐうたら本読んでいられるほど、俺は肝が太くないんだよ」
「ふむ。ならば同胞たちを救ったらそれで良いのでは」
「何言ってんだよシュヴァル、らしくないなー。聖女であるティアンナさんを救って恩を売っておいたら、もしかしたら後々人間の国と表だって交流できるようになるかもしれないじゃないか。干渉するんだったら、がっぽりと利益を出そう。ちょっと仲良くなれたらこっちの街にも人間の本屋を誘致できるかもしれないしね! 魔族のみんなにも本の良さを知ってもらいたいんだ!」
ああ、それも込みだと思っていた。
力強く拳を握って語るシリウスに、あきれたあたしだったけど、悪い気はしなかった。
こいつ、ぐうたらなくせに意外と考えているんだよなあ。
「ついでに、これはアウローラの望みでもあるんだ。魔王紋を持っているんだから彼女の意見も尊重しなきゃだ」
「それは、魔王の判断と言うことで良いんですね」
うんうんともっともらしく言うシリウスは、シュヴァルさんの念押しに、ほんの少し息を詰めたけど、うなずいた。
「ああ、ちょっと怖いけど。魔王としての俺の判断だよ」
その顔の情けなさは驚きを通り越して感心するくらいだけど、シリウスは全く揺らがなかった。
大事な決断だろうに、正直さは変わらない。
とうとうシュヴァルさんは苦笑を漏らした。
なんとなく、だけれど、シュヴァルさんはシリウスに覚悟を問いかけたんじゃないかなって思った。
それで合格したんだろう。
ちょっと意地悪いけど、シリウスはたぶん全く気づいていない。
と思ったらシュヴァルさんがあたしの方を向いた。
「あなたは、姫君を救いたいのですね」
当然だ。あたしは姫様の下に帰りたいんだから。
シュヴァルさんはそういう線引きをしようとしているのだろう。
うん、姫様もそういうことをあたしにした。
姫様はたぶんあたしを守るため。
シュヴァルさんは魔族を守るため。
それに従うのもありだろう。
けど、今はちょっとだけ変えたい気持ちがある。
「それと、ルールーたちが安心できるように、元凶をぶっ飛ばす位はできたら良いと思ってるわ」
あたしはただのメイドだ。
国同士のなんとかとか利益とかはわからない。
それでも、顔をみて、言葉を交わした人が傷つけられたら殴り返したいとは思うのだ。
まあ、時と場合は選ぶけど。……えらぶよ?
シュヴァルさんはちょっと意外そうな顔でハシバミ色の目を見開いたあと、優雅に頭を下げた。
「出過ぎたことを言いました」
頭を下げる寸前、口元が楽しげに笑んだのは気のせいだろうか。
「じゃあシュヴァル。良い案はないかな」
けれど、意気揚々と丸投げするシリウスに半眼になったことで霧散した。
「あんたって……」
「適材適所ってやつだ。魔力供給は任せろっ!」
きりっ表情を引き締めるシリウスにあきれたあたしだったけど、シュヴァルさんはあっさりと言った。
「ええ、儀式を行うにしてもこれほどの規模になると、人間であればかなりの準備が必要でしょう。今もまだ姫が無事な可能性は高いです」
「だけど、姫様と分かれてから結構な日数が経ってるんでしょう? そんなに悠長にはしてられないわ」
そうだ、あたしが全力で走ったとしても、ここから王都まで約3日。そこから大司教区までもう2日はかかる。
それだけ経ってしまえば、姫様が無事な確率はものすごく低い。
「アウローラ、待て。距離は問題ないから」
今からでも走るべきか、と考えかけたあたしの思考を読んだのか、シリウスが真顔で制した。
「本当?」
「ああ。だって空間転移でほぼひとっ飛びだし。シュヴァル、その近くに目印、作ってあるだろ」
「ええ、基地のひとつにあなたが作った魔結晶が置いてあります」
シリウスたちの確認に、あたしはその手があったかと納得と同時に目を丸くした。
だって、空間転移は距離が増えるごとに難しいものになるんだから。
あっさりとやるというシリウスに絶句していればシリウスはどんどん話を進めていく。
「けど大司教区の聖堂って広いだろう? どうやって姫様を探せば良いかは……」
「姫君の居場所でしたら、聖堂内に入れば目星が付きますので、あとはあなた次第ですよ」
「うーむ。やっぱり俺が外に出なきゃだめかあ。瘴気も心配だし、日帰りだな。うん」
これだけの大事を日帰りですませようとするやつに唖然としたけれど、これならいける。
空間転移のでたらめさとか、飲み込むのだ。
ただ、微妙に気が進まない風だけど納得した様子のシリウスがちょっと悩むように続けた。
「じゃああとは、どうやって大司教区内に忍び込むかだな、うん。あそこって対魔族用の結界が張り巡らされていて、正規の出入り口以外からは入れないんだろう?」
「何でそんなこと知ってるの」
「小説に書いてあった。修道女と魔族の道ならぬ恋的な話だったんだけど、あれは泣けた……。じゃなくて、魔力が強ければ強いほどはじかれるって聞いたぞ」
対魔結界に関しては結構有名な話とはいえ、小説何でもありだな。
「距離と姫様の居場所が解決できるんなら、結界はあたしがなんとかできるわ」
「まじで!?」
「大聖堂に侵入する方法は何度もシミュレートしたもの」
そのときは魔力が足りなくて失敗したけど、解決策も見つけた。いける。
「うわ、ほんと君らしいな」
「姫様はあたしが確保する。退路は期待して良いかしら」
「それは任せてくれ。ただ、戦力としては期待しないでくれよ!」
堂々と宣言するシリウスにあたしは、思わず笑ってしまった。
こいつを見ていると、なんだか焦るほうがばからしくなる。
驚くシリウスに顔にあたしは、せいぜいあくどく笑って見せた。
「この拳にかけて、せいぜい魔王らしく姫様を攫ってみせるわ」




