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22 お礼を言われるのにも一苦労

 



 結局、今朝の魔結晶は最高記録の40個になった。


 それらを専用の箱に片付けた後、あたしは本の世界の住人になったシリウスへコーヒーのポットを置いて退出する。


 そんでもって約束通り、お昼はルールーとの約束通りお兄さんとご飯のためにあたしは待ち合わせ場所に向かった。


 けれど中庭に出たとたん、背後から襲いかかる気配を覚える。


 反射的に半身によけて、その体を投げとばした。


「今回は大変ありがとうございましたあぁぁぁべほあ!!!???」

「兄ちゃーん!?」


 ルールーの驚きの声で、ようやく襲いかかってきたものをまともに見た。


「い、一体何があったんだ……?」


 地面にべしゃっとなっていたのはルールーと同じ赤毛の獣耳が生えた青年だった。

 面立ちも似たところがあるから、間違いなくルールーのお兄さんであるリーリーだ。


 うっかり後ろから来られたもんだから投げ飛ばしちゃったじゃないか。

 話には聞いていたとはいえ、さすが人狼もう普通に動けるらしい。


「はじめまして、アウローラです。お元気そうでなによりです」

「初めまして兄貴! 心配してもらえてめっちゃくちゃうれしいです!」


 ルールーと同じ、ドングリのようなぱっちりとしたまなざしをきらきら輝かせるリーリーに、あたしはかぶりかけていた猫が崩れた。


「……は?」

「おぼろげながらもあなた様の勇姿はおれを救い出そうとする献身、何よりその小柄な体で俺を容赦なく投げ飛ばす力強さに惚れました! ぜひおれを舎弟にしてください!!」

「にーちゃん、アウラは女の子だから兄貴じゃないよー」


 ルールー、気にするのはそこか!?


 あたしが呆然としていれば、リーリーは大事なことを見逃していたと言わんばかりにうなずいた。


「そうだったなこんな美人に兄貴は失礼だ! 姉御! 是非おそばにふおぁちゃあ!?」


 つい気色悪くて足下に転がっていた小石を高速で蹴り上げたのだが、今度はよけられた。

 空を飛来する小石は枝の幹に突き刺さる。


 運動神経は良いんだな。


「ごめんなさい。つい足が滑りました」

「そうかーびっくりしたあ!」


 リーリーはあたしの白々しい言い分をまるっと信じ込んで屈託なく笑った。

 毒気を抜かれてしまい、彼らが木陰の下に腰を下ろすのにつられて、あたしも敷かれていた布の上に座る。


「あたしを兄貴にってどういう意味なの」

「すんません! 姉御だったですね!」

「そこから離れてちょうだい!!」


 ああもう!なんか調子狂う!

 すると、早速ランチボックスを開けていたルールーがのんびりと答えてくれた。


「あのねー人狼はねー自分よりも強くてかっこいい人を見つけるとね『お願いそばにいさせてー!』って気分が強くなってね、家族と同じくらい大事な人って気持ちを込めてそう呼ぶの」

「アウラさんはおれの姉御ってことっすね!」

「ルールーの村ではね、みんなアウラのこと大好きーってなってるみたいなの」


 なにそのはた迷惑な風習。


 リーリーはルールーのお兄さんだけあって、人なつっこそうな表情をしているが、どう見てもあたしよりも5歳は年上だ。


 まあ、魔族の外見年齢ほど役に立たないものはないけれど。


「あたし、一応人間だけど」

「そんなの関係ないんだ、おれはあなたの容赦のなさに惹かれたんだから!」


 非常に良い笑顔でのたまわれたあたしは顔を引きつらせながら、まるで飼い犬のように赤毛の尻尾を振るリーリーが身を乗り出してくる。


 なんか、主張は激しいけど、この感じはボス決めだと思えば良いのだろうか。


 とあたしが悩んでいるうちに、ルールーはすでにランチボックスを一個お腹に収め終えていた。


 というか、リーリーですらランチボックス開けてるぞ!?


「姉御の役に立つことがあれば、何なりと言ってくれ」


 あたしも慌てて自分のぶんを開けながらも、ちょっと考えてみる。

 そうだ、あれについて確かめてみないと。


「ねえ、リーリーはあのときのことどれくらい覚えてる?」

「名前をよんでもらえたー!!」


 ひゃっほうと、そこら辺を走っていきそうになる彼の服をつかんで強制的に座らせた。


 わかった。ほんとわかった。こいつは犬だ。そういうことにしよう。


 ぱたぱたと激しく揺れる尻尾に死んだ目になりながらもあたしがにらめば、リーリーはきらきらと目を輝かせながら答えてくれた。


「おれ瘴気にやられてたせいでほっとんどおぼえてないんだけどな! こうじゅわわわってしたあとぞわわって言うのがなくなったのは覚えてるぞ!」

「アウラはまおーさまから力をもらってたから、瘴気を吸い取れたって聞いたよー」


 よかった、シリウスから聞いたとおりの説明で認識されているのか。


 まあ、魔王側にとっても、あたしに半分魔王紋が移っているのは困るだろうからごまかしもするか。

 あたしがばらしたとしても、ただの嫌がらせにしかならない。


「じゃあ、人界で何をしていたの」

「うーんと、おれは主に配達だ。おれ、足速いし持久力あるんで、結構重宝されてるんだ。時々人間界にいる魔族からの配達も頼まれてやったりもする」


 確かに魔族の足は人間とは比べものにならないから、速達便としても十分活躍できるだろう。

 ただ、配達を頼まれるほど人がいるのか、と思うとちょっと驚く。


「それってばれたりしないの」

「特にそんなこと思ったことないなあ! おれがうっかり尻尾をしまい忘れたときも全然大丈夫だったし。配達受付のお姉さんがベルト巻き忘れてるよーっておしえてくれたし。よかった良かった」

「それ絶対大丈夫じゃなかったやつでしょ!?」

「えーでも、トーエさんその後もおやつくれたり、所長さんもよくがんばってるなーってお肉おごってくれるぞ」


 全部ご飯関連ってところがなんとも言えないけれど、からっからと笑うリーリーに黙り込むしかなかった。


 きっとその人たちは、リーリーが魔族だって気づいている。気づいていて見て見ぬふりをしている。

 何でだ、とあたしはわからなくなった。


 異質なものは倦厭されて、遠巻きにされる。

 だってあたしがそうだもの。

 まだあたしは人間だけど普通の人にとっては恐怖や不安の対象だ。

 姫様みたいな人は数少ない例外で、そう言うものだと実感してきたけれど。


「人界は大変なことも多いけど、楽しいよなー。シュヴァルさんだいじょうぶかなー」


 三つ目のランチボックスを開けるリーリーにぎょっとした。

 いや量の方じゃなくて。


「シュヴァルさん、人間界にいるの!?」

「だってへーかの荷物を届けるの、いつもおれの役割だもん。結構重いんだよなあ」


 シリウスが用があるってそういうことだったのか。

 あっけらかんとしたリーリーは腕を組んで続ける。


「今回もな、シュヴァルさんから荷物をもらったんだ。けどその道中何でか教会のやつに追われてなあ、変なもん投げられたと思ったらなんか瘴気を浴びててさあ、巻き込まないように離れてたんだよ。あれなんだったんだろ」


 それ絶対教会の奴らに何かされたやつー!!!!

 不思議そうに首をかしげるりーりーに叫びたい気持ちを寸前のところでこらえた。


 だってな、だってだよ。

 ……さらっと核心を付くことを聞いてるんじゃないかあたし。


 アイツベル大司教区の奴らを、アイツベルの国民はあんまり信頼していないらしい。


 それでも、まだ信仰が途絶えないのは、街の近くに現れる魔獣や魔族を確実に倒してくれるからだ。

 そのなぜか「確実に現れる魔獣」を意図的に作り出しているのだとしたら?


 教会を失墜させられる理由になるのだ。


 証拠をつかまなきゃいけないけれど、これで姫様や陛下の長年にわたる憂いを払って差し上げることができる!


「ねえっそのことについてくわしく……」

「兄ちゃんが魔堕ちしたときすっごく悲しかったよー。同じことできるかわからないんだきーつけてな」

「だが、大丈夫だぞ。街の人間たちが言ってたんだがな、聖女様が見つかったらしいんだ」


 勢い込んで問いかけようとした言葉は、口の中で溶けて消えた。


「なんでもアイツベル王国のお姫様で、近々教会に入るらしいんだってよ」






 *






 夕暮れ時。

 部屋に戻ったあたしは、久々に自分の荷物をあさった。


 背中に負える程度のものだ。

 すぐに目的のものは見つかる。


 アイツベルから持ち出した短剣はシュヴァルさんに取られてしまったが、そのほかのものは取られなかったのだ。


 あたし本来の装備。ずっと一緒だった相棒。

 ルールーのところへ持って行かなかったそれだ。


 装備すれば、ブランクがあるにもかかわらず、すんなりと手になじんだ。


 じくりと、どこかが痛んだ気がしたが、無視をする。


 あたしの目的は。なんだ。

「姫様を守ることだ」


 救えるのなら。

「何だってする」


 多くの顔がよぎるけれど。

 あたしは頭につけていたホワイトブリムをむしり取った。




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