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21 仕事始めは丁寧に




 夜も明けない頃、目が覚めたあたしは、まず右腕を確認した。

 ぐーぱーぐーぱーと動かしてみれば、ちょっと反応が鈍いけど、許容範囲だろう。


 魔力をしっかり循環させていけば、今日一日で調子を戻せる。


「うん、よし」


 安静を厳命されてから、一週間。ようやく今日が仕事の再開日だ。

 もう大丈夫だって言ってるのに、全然許可してくれないんだからなあ。


 朝の鍛錬を終えた後、シャワーを浴びて身繕いを整える。


 ストッキングに足を通して、ガーターベルトで留める。

 クロゼットからとりだした黒のワンピースに袖を通して、髪をきれいに結い上げた。

 キャップをかぶって、真っ白いエプロンのひもを結べば完璧だ。


 食堂に行って、のんびり野菜ジュースをのむフェリの隣に座る。

 今日の朝ご飯は、ベーコンエッグにした。

 ベーコンはかりっとしていて、半熟の黄身がとろりとからむのは至福でいくつも食べられそうだ。


 ベークドポテトや焼きトマトも最高だし、ひゃっほーだ!


 あたしがベーコンエッグを三つぺろりと食べていれば、ルールーがやって来た。

 目が半分しか開いていなくて、寝癖がぴょんぴょん跳ねている。


 いつも快活なルールーだけど、朝は弱いみたいだ。


 眠そうな目をくしくしとこすりながらも、ルールーはあたしを不思議そうに見た。


「あれぇアウラ、うきうきしてる?」

「そう?」

「そうね。楽しそうです」


 フェリにも言われてあたしは戸惑いつつも自分を確認してみる。

 休み明けの仕事始めだから、やる気がみなぎっている部分はあるかもしれない。


「うん、アウラが元気になってルールーうれしい!」


 にへらーと笑うルールーにあたしもつられて頬が緩む。

 まあでも朝から山盛りの骨付き肉をかじるルールーの食欲と胃袋はすさまじい。


「ルールーお兄さんはどう?」

「だいじょうぶっ、昨日起きたんだけどね、いつもと同じぐらいご飯食べてた!」


 ルールーのお兄さんであるリーリーは、瘴気は抜けたものの、体へのダメージが残ったらしく、昏睡状態だったのだ。

 だからあたしと同じように魔王城に運び込まれて療養していた。


 彼女にいつものハイテンションが戻っているのは、リーリーが起きたからだろう。


「あのね、兄ちゃん、アウラにお礼言いたいって! だからお昼はご飯一緒に食べよ!」

「気にしないでいいのに」

「ルールーも食べたい!」

「いつも一緒じゃなかったかしら」


 空腹が満たされたせいか活力が戻ってきているようだ。

 まあ、断ることでもないか。


「わかった」

「やったー!!」


 ひゃっほうっとテンション高いルールーにフェリとあたしは苦笑した。


 ここが王宮だったら、こんなに悠長に朝ご飯を食べることなんてないんだけど、ここは魔王城だ。


 朝ご飯をもらったあたしは、シリウスの私室へと出向く。

 さて準備をと思っていたら、長いすで顔に本を載せて寝そべるシリウスがいた。

 あれ、起きているのは珍しい。


 睡眠は必要ないと言うものの、娯楽の一つとして、昼間近くまで眠っているのが常なのだ。

 いつもならベッドまで行くのだが、手間が省けた。


「あー……アウローラか」

「おはようシリウス、今日のお茶は何が良い?」


 おっくうそうに本をどかしたシリウスの反応は鈍いけれど、返事はくれた。


「じゃあ、コーヒーを頼む」

「ミルクは」

「いらないー」


 ぱたりと閉じた本は、古いものだった。いつもなら娯楽小説ばかりなのに珍しい。

 残念ながら古い言葉で書かれていて、タイトルですら読めなかったけど。


 ちょっと前に新しい本が増えていたのに、古い本を読むなんて不思議だ。

 まあ、読む順番をとやかく言う気はない。


 シリウスが片付けた机にトレイをおけば、彼は表情を輝かせた。


「いよっしゃ! 今日はオムレツサンドかあっ」

「食べるのほんと好きね」


 嬉々として手をつける姿はいつもの通りだ。

 横目で見つつ、あたしはいつもの通り、給湯室でコーヒーを淹れる。


 コーヒー豆は南方のものだ。きっとおいしい。

 薫り高いコーヒーの香りがあたりに広がっていく。


 いつもの技で飲み頃にして出せば、シリウスはおいしそうにカップを傾けた。


「やっぱりアウローラのはおいしいなあ。何が違うんだ?」

「豆が良いのよ。というかどうしてこんなに鮮度が良いのかわからないんだけど」

「スティアの研究が役に立ったなあ。転移して買い付けてもらっているからな」

「何そのでたらめ」


 そういえばシリウスも短い距離だったけど空間転移をしていた。

 人間は基本、魔道具を介して魔法を使う。


 人間には体内にある魔力を外部に出力することが難しいかららしいが、あたしにはよくわからない。

 とはいえ、魔道具の形にしとくと頭を使わずに魔法が使えるから、いつもつけているかんざしには『拘束』の魔法を仕込まれている。


 つまり、魔道具に仕込めれば魔法は使えるんだけど、魔法術式の演算ができればどんな魔法でも使えるのだ。

 でもそれはあくまで理論上はだけど。


 とくに空間転移なんてのは、気の遠くなるような膨大な演算が必要な代物だ。

 町一つ分移動しようと思ったら移動場所に部屋一つ分の魔法陣を設置して、一回につき平民が三ヶ月は暮らせる量の魔結晶を消費するのだ。

 だから魔王城内とはいえ、魔道具なしでそんなでたらめ魔法をほいほい使うシリウスがおかしい。

 さすが魔王、って言うべきことかもしれないけど。


 ただ、


「うー、ちょっと散らかしすぎたなー」


 コーヒーを傾けつつ、シリウスが指を振るえば、本が魔力を帯びて浮かび上がり、独りでに本棚へ収まっていった。


「……ん? なんだ」

「なんてものぐさに魔法を使ってるのよ」

「えーだって便利じゃないか。動かないですむしい。ごちそうさまでした」


 アイツベルでは頭を絞り尽くして魔導を追い求めているのに。この野郎はほいほいやりやがって。 

 あたしだって魔道具がなければ全力を出せないのに。


 ぶちぶち文句を言いつつ、なんとも食器を給湯器の水につけてきたあたしは、敷布をしいたシリウスの隣に座る。


「じゃ、よろしく」


 シリウスが差し出してきた手を、あたしは無造作に握りこむ。

 小指だけ握るのもめんどくさくなって、ちゃんと手を握るようになった。

 お互いの魔王紋が発光して、ころん、と魔結晶が敷布に転がる。

 ここにきてから見慣れた透明な石だった。



 ……ん?



 あたしがその結晶まじまじと見ていれば、ひょい、と本を差し出された。


「よーし、今日の本はこれだぞー」

「……ねえ、なんで読ませようとするの?」


 受け取ったはいいものの、あたしは釈然としない気持ちで聞けば、嬉々として手元の本に目を落とそうとしていたシリウスは言った。


「だってぼーっとしているだけじゃつまらないだろう?」


 確かに最近は短くなったとはいえ、魔結晶の精製には朝晩で一時間ずつはかかる。

 だからかシリウスは、魔結晶の精製中に本を差し出してくるようになったのだ。


 まあ確かに、手をつかんでいなきゃいけない関係上、鍛錬もできないし手持ちぶさただから良いんだけど。

 ただ、シリウスが勧めてくるのが、魔族と人間を題材にした娯楽小説ばっかりだ。


 もともと好き好んで本を読むたちじゃないから、ピンとこない。


 それも正直に言うのにシリウスは心底残念そうにしながらも、一回につき10冊くらい没にしつつ、あたしは3日に1冊くらい読み通せる本をみつけることを繰り返していた。


 それでも蔵書がつきないのだから、ここにある本の量はすさまじい。

 今日の本を何気なくぱらぱらとめくっていれば、横目ですこし不安そうに上目遣いになるのが見えた。


「……その、いやならやめるけど」

「べつに、かまわないわ」


 どうせ暇つぶしだし、なかなか姫様に教えてもらってもよくわからなかったものをもう一度考え直す時間と思えばよかった。


「ついでに、ちょっと面白さがわかるようになったから」

「なんだって!?」


 ころんと、結晶が転がる。

 つないでいる手に力が入る以上にシリウスに身を乗り出されてあたしは引いた。

 あつくるしい。


「どこっどこがよかったかい!?」

「大型魔獣や、強力な魔族に対する防御法や迎撃方法が考察できるわ。的外れなところもあるけど作家の想像力は馬鹿にできないわね。おかげで何回でも頭でシミュレーションが……ってどうしたの」

「うん、君が、そういう子だって知ってたよ……」


 一体何をそう残念そうなんだ。

 肩を落とすシリウスにあたしは首をかしげたけど、またころん、と魔結晶が転がった。


 あ、まただ。


「ねえ、シリウス。最近の精製の頻度、上がってない?」


 あたしがきた初期には魔結晶は一日だいたい2、30個くらいだ。

 シリウスがはじめに言っていた通りの分量ですんでいたのだけれど、この数日は一度につき20個になっている。

 シリウスかすかに息を詰めた後、また転がった魔結晶を見つめ気のない風に言った。


「あーまあそうかな。最近はちょっと多いかもしれないけど時々増減はするから、気にするな」

「でも、魔結晶が多いってことは、瘴気が多いってことじゃないの」

「だ、大丈夫だって。たぶんあと少しでなんとかなるから」


 たぶんなんとかなるからって、ずいぶん曖昧だけど。

 シリウスの様子が妙な気がしたけれど、まあ良いか。変なのはいつもなことだし。


「あと少しって、どれくらいよ」

「ええと、それは……」


 ふと目線を下にむければ、シリウスの本が逆さまだった。

 動揺しすぎだろ、と、とたん目を泳がせるシリウスに、あたしはあきれて鼻を鳴らしたのだった。




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