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魔王なんてお断り! 最強メイドは姫様の下に帰りたい  作者: 道草家守


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20 幕間 姫君は願いに囚われる




 ティアンナ・ウェーヴェル・“アイツベル”。

 王族にのみ許されたこの名前と、ティアンナはずっとつきあってきた。


 物心ついた頃には、すでにその名前が意味することも、背負う物も知っていたから、特に重いと感じることもない。


 そして、12のころに浄化の力に目覚めたあとは、密かに聖女という肩書きが加わった。

 新たにしがらみが生まれたものの、浄化の力を持ったそのことに後悔はない。


 だって、あの子を救うことができたのだから。


 ただ、年を重ねるごとに、多くの秘密が増えていき、そのたびに重みを感じるようになる。

 四肢に見えない糸が絡みついているような動きづらさを。


 それが、上に立つものの宿命だ、と父王は言った。

 その重みのおかげで、多くの民の安寧が守られているのだ、と。


 ティアンナにはよくわかった。

 何もかもを救えない、と知った日。けれど手に握った物を守ることを誓った日に思い知った。

 

 あれは、浄化の力が目覚めて間もないころ。

 慰問、と言う形で瘴気の濃い土地の浄化へ行くことになったティアンナは、そのさなか、大量の瘴気に侵された魔獣に包囲された。

 先が見通せぬほどの魔獣の群れに、瘴気にうまく身動きが取れないまま、倒れていく兵士たちを前に、ティアンナはただ震えることしかできなかった。

 けれど、ティアンナの横から飛び出して行ったのは、黒髪と黄金の少女、アウラだった。


 何十人もの兵士たちでも押しとどめるのがやっとだった魔物の群れを、たった一人で蹂躙していく。

 その冷徹な姿はとてもじゃないけど、ティアンナと同年代だとは思えなかった。


 無数に横たわる魔獣の遺骸の中心で、血まみれで立ち尽くす彼女は、ぞっとするほど表情がなくて、紫の瞳が悲しいまでに澄み渡っていて、けれど。

 そこに見えた苦痛にはっとした。


 父王は、しるべを見つけろと言った。

 ティアンナのしるべは間違いなくアウラだ。


 ティアンナが王族としてあるのは、様々な助けがあってのことだけれど、確実に黒の少女、アウラの存在が大きく占めている。

 彼女が平安に暮らせる国を作り上げるために、彼女が彼女として生きられるように。

 願って、願って、重い泥のような中をもがくようにくぐり抜けてここまできた。


 少しずつアウラが感情を取り戻していっていったことで、ティアンナは十分だった。

 時々息抜きをして、自分だけでは足りないけれど、王族として、聖女として役割を果たせていたと思う。


 けれど、その重みにとらわれる日が来てしまった。




「ティアンナ姫殿下、拝謁を許可していただきありがとうございます」



 ティアンナは今に引き戻される。

 嫌に朗らかで、にやけた男の声だ。


 離宮に押しかけるように現れたのは、どこか疲れた風貌の男だった。

 ラウディス教特有の司祭服に身を包み、護符としても機能するストラを下げている。


 知らない顔ではない。彼は以前にアイツベル王城にきたことがある。確か名前は。


「ナルク司祭」


 ティアンナが呼べば、ナルク司祭は意外そうに肩眉を上げた。


「おや、殿下に顔を覚えられていたとは、光栄の至りです」

「前置きはそこまでにしていただけますか。用件は手短に」


 確かこの男は、いくらでも美辞麗句を並べて、前置きがやたらと長くなるのだ。

 案の定、口を開きかけていたナルク司祭は、少し残念そうに閉ざした後、こほんと咳払いをする。


「ええ、そうですね。お互いに、嫌な話は手早くすませましょう」

「どういう意味です」


 ティアンナが目をすがめても、全く堪えた風はなかった。

 ナルク司祭は目顔で背後にいた聖騎士と戦闘司祭を下がらせた。

 ティアンナは表情を変えないながらも、手にわずかに滲む汗を意識した。


「西の部屋を用意してください」

「姫様……」


 おびえたように呼んでくる侍女は、ティアンナの腹心とはいえ一般人だ。


 アウラだったら、かまわず飛びかかるだろうな、と懐かしくなる。

 出会って以降、こんなに長く離れたことはなかったために未だに慣れない。


「大丈夫です。お願い」


 安心させるように笑顔を作れば、侍女が不承不承ながら頭を下げて、準備にゆくのを見送った。

 ここにあの壮年の魔族がいなくて良かった。

 聖騎士と戦闘司祭は、魔族とみれば何よりも優先して襲いかかるだろう。


 普段ならば、このような不意の客は取り合わない。

 しかし今、アイツベル大司教区からの使者を突っぱねて、微妙な関係になるのは良くないだろう。


 何より、このタイミングで現れたのなら、ティアンナの推論の真偽を確かめる良い機会だ。

 長年の確執に終止符を打てる。


「ええ、まさかあなたが浄化の力を持っていらっしゃったとは。アイツベルの不信心ここに極まれり、というものですよ」


 二人きりになってすぐ、開口一番ナルク司祭の確信をつく言葉に、だがある程度予想していたティアンナは動じなかった。


「……ナルク司祭、最近の魔獣被害の増大は目に余ります」

「ええ僕たちも手が回らずに大変困っているのです。これもすべて聖女が現れず、教会が保護できないからでもあるのですが」


 ティアンナはナルク司祭を冷ややかに見つめた。


「わたくしの捜査によると、その中心は大司教区の大聖堂が中心になっているようですが。聖堂を中心に張られた強力な結界でごまかされていますが、そこからもれた瘴気で魔物が生じています」


 ティアンナもシュヴァルによって情報がもたらされるまで、全く気がつかなかった。

 魔族ならではの聡さだったのだろう。


 最も神聖で最も清らかであるはずの場所が、最も穢れていたとはにわかに信じがたかったが、ティアンナ自身が赴き、浄化をしたのだから間違いない。


「そこまで、気づかれていたのなら話は早い。取引いたしましょう」

「できるとお思いですか。この状況で」

「ええ、できます。あなたはうなずかずにはいられません。伝え聞く、慈悲の姫、その人ならば」


 慈悲なんてかけたことはなかった。

 ただティアンナはひたすら手の中に握ってきたものを守ろうとしただけだ。


 だが、言い分を聞くだけなら聞いて見せよう。

 時間稼ぎはこちらにとっても都合が良い。

 すでに王城へ人を走らせている。


 魔族は敵ではない。

 そうアイツベルの魔道士たちは優秀だ。すべての原因は瘴気であるとすでに調べが付いている。

 アウラが先走ったことが怪我の功名で、魔王と渡りをつけることもできた。


 すでにラウディス教会……いやアイツベル大司教区と縁を切ることすら視野に入れているのだ。

 すべての布石は打てている。


「僕も大変困っておりましてね、実は……」


 どこかにやついたナルク司祭の口が、なめらかに動く。

 話が進むにつれ、ティアンナは指先がどんどん冷たくなっていくのを感じていた。


「そんな、大司教区はなんと罪深いことを……許されることではありません!」


 自制を忘れて声を荒げれば、ナルク司祭はもっともらしくうなずいた。


「ええ、許されません。ですが大司教区にことを納める力はすでにないんです。オーベル大司教も役には立たない。いまの今までため込んできたつけを支払わされるのは最悪でしょう。でもやるしかないんです」

「……」

「もちろん、ただで、とは言いません」


 にやついた雰囲気をほんの少しだけ納めたナルク司祭は、手指を組み合わせて続けた。


「アイツベル王国を守護する『英雄の村』について、ラウディス教会は不問といたします」

「何の話でしょう」

「アイツベル王国を守護する、あまたの英雄たちの出身地。超人的な技能を持つ彼らに魔族の血が混じっていることも。こちらがつかんでいる一切の情報を破棄しましょう」

「違います、あの子たちはあの子たち自身の努力によって身につけたものです」


 それこそ、血反吐を吐いて涙を枯らすほどの努力を。


「だがおのれの意思ではなかった」


 ナルク司祭の言葉に、ティアンナは口を閉ざしてしまった。

 そう、彼女のまっすぐさは、何も知らないからこそだ。


 魔界領と隣接するからこそ、アイツベル王国は古くから瘴気に侵され襲いかかってくる魔獣や魔族に悩まされてきた。

 対抗するならば、同質の存在をぶつければ良い。

 そんな単純で、だからこそ罪深い発想で、「英雄の村」は生まれたのだ。


 幼少から徹底的に、愛国心と自己犠牲をたたきこまれ、玩具より先に武器を与えられた人間と魔族の混ざり物。


 それを国を守るためには必要だからとティアンナは目をつぶって受け入れた。


「僕個人としても大変興味深いのですが、致し方ありません。またいずれ機会はあるでしょう。これもすべて世界の存続のため。殿下、ご英断を」


 はじめて生気の感じられるナルク司祭を気にする余裕もなかった。

 ティアンナはテーブルに置かれた琥珀色の紅茶に目を落とす。


 あの子のお茶は、いつだって癒やされた。

 武器を握ることしか知らなかった子が、初めて身につけた技能。笑顔がとてもうれしくて。

 手放したくない。守りたい。


「わたくし、は……」


 ナルク司祭が頭を下げるのを見ながら、ティアンナは、ただアウローラのことだけが、気になった。


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