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19 どうやら友達だったようです


 シリウスがさっくり作って持ってきたパン粥が、胃にしみるほどおいしくて悔しかった。


「何言ってんだ、ただパンちぎって牛乳と煮込むだけなんだから誰にでもできるだろ」


 とあっさりとのたまったシリウスにはスプーンを咥えながらも殺意すら覚えた。


 悪かったなあ鍋を粉砕する料理音痴で!


 悔し紛れにシリウスの分まで完食して、主のベッドを独占するという所行をやらかしたあたしは、翌朝自分の部屋に戻った。


 ただしシリウスには医務課で良いと言われるまでは、何が何でも休むようにと厳命されたので、まず向かうべきは医務室だ。


 そうしたら、そこには怒気をにじませたフェリがいた。

 一瞬殺気かと思うくらいの鋭いそれに、思わず身構えたほどだ。


 だって髪の毛がわさわさしてる。枝の髪が不穏にざわざわしてる。


「なんで! わざわざ傷を作る方法を選ぶんですか! アウラさんは人間だから簡単に傷つくのに!」

「いや、それが最適解だったから、なんでフェリが怒るの」

「怒るに決まってます! ルールーに背負われて帰ってきたアウラさんを治療したのはわたしなんですよっ」


 そりゃあ迷惑をかけた、と素直に謝ったら、ますます髪の葉っぱがざわってした。ひい。

 というかいつもたどたどしい言葉が滑らかになっているぞ! どうしちゃったんだフェリ!?


「わたしはアウラさんが心配だったんです。丸一日以上面会謝絶で、陛下につきっきりで処置をしていただいて、死んじゃうんじゃないかって怖かったんですから。ルールーなんてずっと泣き通しで」


 ルールーが? と思ったとたん、医務室の扉がものすごい音をさせて開いた。

 いや違う壊れた!?


「アーウーラぁぁあぁぁ!!!」


 顔面涙でぐずぐずのルールーが全力で飛びかかってきた。

 さすがに右腕が使えないから受け止められない。

 かわそうとしたらその前に、緑の蔓が飛んできて、たちまち赤毛をぐるぐる巻きにする。


「ルールー! アウラはけが人だから飛びついちゃいけません!」

「うう、だってえ。アウラが元気にしててぇ」


 蔓を飛ばしたのはフェリだった。

 今まで見たこともないほど強い調子でとがめるフェリは新鮮で呆然としていたのだが、背後に不穏な気配がふくれあがる。


 部屋の奥から現れたのは、額に一本、まっすぐな角が生えた女性だ。

 50代後半くらいに見えたけど、白衣を無造作に引っかけて、たばこまでくわえているすがたは、何というか、おばさんって言ってはいけない雰囲気がある。


 まあ彼女自身も、凛としていておばさん呼びは似合わない感じだけど。


「ここは病室だ。さわぐんならよそへ行け」

「ごめんなさい、ヴァイゼ師匠」


 フェリが素直に謝り、もぞもぞしながらルールーも獣耳をへたらせて反省の意を示す。

 ぼーっとしていたあたしは、ヴァイセに無造作に腕を取られる。


 この人がこの医務課の長だってことは職業体験の時に知っていたから、抵抗はしなかったけど。

 それでもあたしが反応できるぎりぎりの速度だった。


 腕の包帯はすでにフェリが外してくれていて、深くうがたれた傷が縫い合わされている。


「ったく。もうふさがってやがるな。痛みは」

「ない……いだっ!?」

「あるな。治癒術はやらねえ方がいいが、最低3日、腕は使うな。フェリ、抜糸するぞ」

「は、はい!」


 かるく右腕をはたかれて身もだえるあたしを、全く意に介さず、フェリに指示を出す。

 この藪医者、とののしりたかったけど、てきぱきと処置を施していく手際は大変良い。


 悔しいけど、良い腕だった。


「ほれ、朝と晩にこれを塗れ。一週間仕事は休め。あとはフェリに監視させる。さあ出てった出てった」


 そんな感じであたしたちは診察室から追い出された。

 ぱたん、と扉がしまって、なんだか気まずい空気が流れる。


 あたしは何を言ったら良いかわからなくて、立ち尽くしていれば、左の袖口をくん、と引かれた。

 簀巻きから解放されたルールーが、ひっくひっくとしゃくりながら握っていたのだ。


「元気になって、良かったよぉアウラぁ。ずっと心配で」

「ルールー……」


 あたしがいくらぴんとこなくてもわかる。ルールーの涙は純粋にあたしのために流されている。

 よくわからなくて、あたしに言えることを口にする。


「お兄さんが無事で良かったじゃない」

「でもアウラが怪我したぁ!!」


 何かを救うには、それ相応の代償が必要だ。

 あたしは死ななかったし、腕が二度と使えなくなる訳でもない。


 けれど、ルールーのだだっ子のような言葉は、紛れもない彼女の本心なのだろう。

 そのことに、なぜか胸がいっぱいになった。


 フェリに怒られた時と同じような感覚で。

 怪我をしただけで、こんなに心配されるなんて、変な気分だ。


 魔族は変だ、人間のあたしを案じるなんて。


 でも、人間でも、心配されたのは姫様くらいだったからそうでもないのかもしれない。


 フェリを見てみれば、もう険しさはなく案じるような表情であたしを見ていた。

 こういうとき、なんて言えば良いんだろう。


「あ……」


 口を開きかけたとき、ぐううぅっと、魔獣のような鳴き声がルールーからした。

 だけどルールーの声じゃない。

 あたしとフェリの視線を受けて、涙のたまった大きな瞳をきょとんとさせたルールーは、てれりと笑った。


「アウラが元気でほっとしたら、おなかすいた」

「くっ!」

「ぷっ!」


 ルールーのお腹は正直すぎて、あたしとフェリは思わず吹き出した。

 ああもう、あたしもお腹すいてきた。


「アウラ、朝ご飯食べに行こ! そしたらお昼寝スポット探しだ!」

「だめでしょ、ルールー。お洗濯今日はしっかりやる日って言ってた、じゃない」

「うー! ならごはんっいっぱいたべようっ。食堂に突撃だー!」


 残念そうに耳をぺったり伏せつつも、そう宣言して歩いて行くルールーの後ろをあたしはついて行く。

 ほう、と胸の中にむずむずとした、でも温かいものがあるのが、嫌じゃない。


 ルールーのお兄さんを助けたのはただ、必要だから動いた。それだけだったけど。

 あらためて、助けて良かったと思った。






 






 ルールーに迫る勢いであたしも朝ご飯をおかわりし、名残惜しそうなルールーを送っていった。

 フェリがいる以上、シリウスのところに行くことはできない。


 仕方がないと言い訳しつつ、フェリと一緒にふらふらと外回廊を歩いていたら、あの巨大ひよこなクルゥさんが現れた。


 妙な緊張感を覚えていれば、クルゥさんはつぶらな瞳でじっとあたしを見下ろした後、短い足で、ぽってぽってと歩いて中庭に出た。


 そして木陰になっている木の根元へ落ち着く。


「くるぅ」


 まるであたしを呼ぶように鳴くクルゥさんに、あたしは眉間に皺を寄せた。


「アウラ……」


 フェリが心配そうに見る中で、あたしは一歩中庭へ踏み出した。

 さくさくと草を踏んで、クルゥさんの前に立つ。

 ルールーとフェリから、この生き物の仕事を教えてもらってもなお、抵抗があったけど。


「……失礼します」


 あたしは一言断って、クルゥさんのお腹に体を埋めた。

 ぽふんっと柔らかくて暖かい感触に包まれる。


 ほんのり暖かくて、安心できて、全身から力が抜けていく。

 まもなく、ぽふんと隣にフェリも寝転がった。


「これが、クルゥさんの癒やしのお腹……はわすてき……」


 とろけた顔をしているフェリの言葉通り、クルゥさんは疲れたりしんどかったりする魔族の休息と心のケアを仕事にしているらしい。


 といっても魔法を使っているわけじゃなく、ただあったかくて柔らかい羽毛を貸して、寄り添うだけなのだけれど。

 でも、寄り添ってもらえるだけでこんなにこころが温かくなるんだ。

 ……けっこうわるくない仕事じゃないか。


「くるぅ」


 満足げなクルゥさんの鳴き声を聞きながら、あたしはフェリとお昼寝タイムを過ごしたのだった。






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