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魔王なんてお断り! 最強メイドは姫様の下に帰りたい  作者: 道草家守


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18 上司に迷惑をかけまして




『魔獣は倒せ、魔族は滅せよ』



 村の人間ならばそれが使命だと、何度も何度も言い聞かせられた。


 そうなのか、とあたしは村長様や大人たちに言われたことを一生懸命こなしていった。


 うまくできるたびに褒められてうれしかった。


 だから、村の外れでこっそりと仲良くなった、あの魔族が瘴気に冒されたときも、ちゃんと倒したのだ。


 野原を転がり回って遊んだけれど。

一緒に夕日が落ちるのを眺めたけれど。

 いつかまたね、と約束したけれど。


 あの子は魔族だったから。


 その後も、あたしは命じられたまま、討伐に赴いた。


 時々一緒になる軍の人たちが遠巻きにするのも気にしなかった。


 だって、弱い人々を守るのがあたしの使命なんだから。

 そのためのあたしなんだから。


 けれど、倒すたびに、あの子の記憶がよみがえる。

 先輩達は、いつかは忘れていくと教えてくれたのに、褪せていかない。

疲れてもいないのに息苦しい。


 それでも魔獣は倒すべきだから。

魔族は排除しなきゃいけないから。

その一心で立ち上がって。拳を握って。



『なぜあなたはつらそうなの』



 そんなとき、あたしは姫様に出会った。

 あたしがたまたま年が近くて、もう国の中でも勝てる者は少なかったから。

 護衛として付いたのだ。


 いろんな理由を教えられたけれど、今までとやることは変わらなかったから全部忘れた。


 いつものように魔獣を倒して帰ってきたら、姫様にそう聞かれたから、今までのことを話した。


 そしたら、どこか痛いみたいに碧色の瞳をゆがめて、汚れまみれのあたしを抱きしめた。


 まるで自分がつらいみたいに。

 戸惑った。

褒められるか、遠巻きにされるかのどちらかだけだったから。


『あなたは、悲しかったのですね、アウラ』


あたしの肩を濡らす姫様の雫は、温かかった。


 ……ああ、そっか。姫様。

 これが悲しい、ということだったんですね。


 あの子を自分の手で殺してしまったことを、後悔しても良いんですね。


『ごめんなさい、アウラ。あなたに背負わせてしまって、ごめんなさい』


 姫様の謝る理由と、悼むような、切ないまなざしの意味はわからなかったけれど。


 いいんです、姫様。

眼前の敵を倒すことしかできないあたしでも、あなたの憂いを払えるのなら、アウラは幸せです。


 初めてこぼした涙をぬぐってくださった。

 それだけで十分なのです。






 *







 目が覚めると、そこには布の天井があった。

 首を巡らせれば、本棚の壁がある。


 この部屋には見覚えがある。シリウスの寝室だ。


 あたしが横たわっているのはベッドらしい。

 何度か、シリウスをたたき起こすために入ったことがあるのだ。


「アウローラ! 起きたんだね!」


 青銀の瞳でのぞき込んできたのは、案の定のほほん魔王のシリウスだった。


 さらさらと銀の髪は意外なほど美しかったけど、単に、切るのが面倒だから伸ばしているだけと知ってからはまったくありがたみを覚えなくなった。


 室内には明るくランプがともされていて、窓を見てみれば、外は真っ暗闇だった。


 体の芯が泥のように重い。

四肢にうまく力が行き渡っていない気がする。

 これは長く眠り込んだときの感覚だ。

よく怪我をしたときには回復を早めるために、一日でも二日でもじっと動かず眠っていた。


 ということは、もしかしたら丸一日くらいはたっているかもしれない。


 ここに運び込まれたってことは、シリウスはすべて知っているはずだ。


「あれからどうなったの」


 そこまで考えたあたしが聞けば、シリウスはなぜか眉間にぎゅっと皺を寄せた。


 当然の質問だと思ったんだけど、けれど低い声で教えてくれた。


「……魔堕ちしかけていた人狼の青年は、君の活躍で元に戻ることができた。ただ君は右腕の大怪我と変換仕切れなかった瘴気のせいで意識を失ったんだ。君が傷を負ってから1日たってる」


 やっぱり一日たっていたか。

だっておなかすいているし。

 まあルールーのお兄さんが無事ならそれでいい。


 ふんっと、腹筋だけで起き上がれば、シリウスに慌てられた。


「君、右腕に大怪我負ってたんだよ!? そんな動いちゃだめだって」

「もう傷はふさがってるから大丈夫。あたしは丈夫だし」


 右腕は包帯でぐるぐる巻きにされていた。

指を動かしてみればまだぴりっとするけど、これならあと数日くらいで問題なく動かせるようになるだろう。


 ただ、血は足りていないようだから、いつもよりご飯を多めに食べよう、うん。


「それは丈夫ってレベルじゃないぞ……?」

「あたしの故郷ではこれが普通よ」


 これよりもっとひどい傷でも、かまわず数日行軍したこともある。

グリフォン討伐の時はひどかったなあ。わざわざさらわれなきゃいけなかったから。


 そうじゃなきゃ、魔法を使う魔族なんて相手にできないし。


 ぼうっと思い出していれば、シリウスの青銀の瞳が半眼になっていた。


「君の出身ってそんなに特殊なのか」

「さあ? 普通の村よ。ただ、国中いろんなところに散らばって、陛下や姫様のために働いてる。そのせいか『英雄の村』なんてこっぱずかしい名前で呼ばれてるみたいだけど」


 それを知ったときは、一体どんな羞恥プレイだと思ったものだ。


 立ち上がろうとすれば、はらりとあたしから魔結晶が落ちてきた。

 見回してみれば、目に付くだけでも大量に転がっている。


 ぬくもりがあると思ったら、左手は未だにシリウスにつながれていて、またころりと魔結晶が落ちた。


 これは、もしかしなくても、シリウスによってあたしが受けた瘴気を変換、または引き受けてもらっていたのだろう。


「ごめんなさい。迷惑をかけたわ」


 これは予想外だった。

瘴気を引きよせてしまっていないと良いんだけど。


 一人で瘴気を変換できても、あれだけの瘴気を受ければ昏倒するのか。

 ついでに一人でやろうとすると、負担が大きすぎて苦痛になる。


 一つ学んだし、あたしだって自分がいたらなかったことはちゃんと認めるのである。


 だから素直に謝れば、シリウスの眉間にまたぎゅっと皺が寄った。


「君は何に謝ってるんだ」

「何って、あんたに迷惑をかけたことだけど。今度はもっとうまくやるわ」

「そうじゃなくて! どうして君は一人で危険に突っ込んでいったんだ!」


 シリウスが声を荒げるのに、あたしはようやく彼が怒っているらしいと気がついた。

 でもなにに怒っているか全くわからない。


「どうしてって、お兄さんが死んだら、ルールーが悲しむもの。それで、あの中では唯一あたしが救えるかもしれない手段を持っていた。だからあたしが止めた」

「それなら彼らに協力を求めて、やれば良かっただろう」

「無理よ。説得できるだけの確証はなかったし、彼ら自身がかなう相手でもなかった。それなら玄人のあたし一人でやった方が確実だったわ。事実被害は最小限だったでしょう?」


 ぐっと言葉を飲み込むシリウスに、あたしはようやくわかってくれたかとほっとした。


 あれから暴れていないのなら、けが人だけですんでいたはずだ。

魔獣の討伐は、たかが訓練された兵士じゃ、死人が出るのだから。


 だからあたしたちのようなものがいるのだ。


 さあて、明日も早いんだ。さくさくご飯を食べてさくさく寝よう。


 そしたら明日の仕事はきっちりできるだろう。


「君はどこにいるんだい」


 低い声でつぶやかれて、あたしははたりと瞬いた。

 意味がよくわからなかったからだ。


 シリウスを見れば、彼はどこかすねたような調子で、続けた。


「俺の民を守ってくれたことは感謝する。瘴気を吸収仕切れば、元に戻せるかもしれないことは理論上はわかっていた。実践することはできなかったから君の功績だ。けどもっと自分を大事にしなよ」

「ねえ、あたしがあんたの暗殺しようとしたの、忘れてない?」


 たったひと月前のことなのにもう忘れたのだろうか。


 本気で心配になったのだが、シリウスは意外にまじめな顔のままだった。


「それでも俺は心臓止まるかと思ったぞ」

「心臓あるの、あたしがぶっさしても死ななかったけど」

「……い、一応あるぞ! 肉体はある系の魔王だからな!ってそうじゃなくて!」


 やっぱり一応なのか、こんちくしょうと思ったけど、シリウスが途方に暮れたように自分の頭をかきむしった。


「君の姫様が、どうやって会話していたのかすごく気になるよ……」

「姫様が気になるのね!」

「うおうっ!?」


 そうなら早く言ってくれれば良いのにとあたしは嬉々として身を乗り出した。

 シリウスが若干引いている気がするけど問題ない!


「姫様は頭脳明晰で聡明なお方よ! あたしよりも一つ年上なだけなのに、すでに公務のいくつかを任されているわ。その合間に国民の暮らしが良くなるように、奔走されているの。すごいでしょ。それだけじゃなくて、目の前にいる一人が助けを求めていたら、ためらいもなく手を伸ばされるの!」


 あたしは、その手に救われたのだ。


「お、おう」

「しかも美しく多才でもあられるのよ。黄金の髪は飴細工のようにあまい煌めきを帯びているし、この世のどんな宝石でも、姫様の緑の瞳にはかなわないわ。演奏も歌唱も絵画も刺繍も巧みにされるわ。創作なんて、地元の出……」

「しゅ?」


 おっとこれは言わないで良いことだ。


シリウスが不思議そうに問い返してくるのを、あたしは咳払いをしてごまかす。


「ともかく! さらに聖女の使命を帯びた姫様は、アイツベルにはびこる魔獣被害を収めようと、身を粉にしてらっしゃるのよ。可憐で可愛くて優しくて聡明でお強い姫様は使用人のあたしにとてもよくしてくださるわ」

「ほんと君って、姫様がすごい好きだね……」

「当たり前よ! こんなにすてきで完璧な姫様はティアンナ様だけよ!」


 だからこそ、あたしは姫様の助けになるんだったら何でもしたい。


 改めて決意したのだけど、シリウスの反応が鈍い。


 姫様の良さがまだわからないのか? とあたしはさらに語ろうとしたのだけど、その前にぽりぽりと頬を掻いたシリウスがつぶやいた。


「ま、まあ立派な人だと思うけど。ずいぶん、しんどそうだな」

「えっ」


 その不思議な感想に、虚を突かれたあたしは、間抜けな顔をしていたと思う。


 思ってみないことを言われたはず、なのに胸の奥がざわりと騒いだ気がした。


「どういう、意味よ」

「うん、君と変わらないってことは、まだ10代なんだろう? 責任を負うには、まだまだ若い。そもそも、誰かを背負うってこと自体しんどいものだよ。俺だって怖いもん」


 何を世迷い言を、と鼻で笑いかけたけど、シリウスが曲がりなりにも王だということを思い出した。


 ヘタレだけど。全く仕事をしていないように見えて、魔族たちが、自分の国民が快適に過ごせるように手を回している。


 けれど、


「それが、王族の責務なんだって姫様は口癖のように言うわ。彼らが平穏に暮らせるのならそれでいいって」


 あたしだって、弱い人を守るために今まで過ごしてきた。


 それであたしが生きて良い理由になる。


 けれど、あれ、あたしはなぜ、姫様を助けたいんだっけ。


「そっか……」


 もやもやとしながらも、言い返せば、シリウスの表情が変わった。


「君の、君たちの中の大事な物には、君自身が入っていないんだな」


 悼むような、悲しむようなまなざしは、あの時の姫様と重なって、あたしの胸のざわざわが大きくなった。


 何でこいつがこんな顔をするんだろう。


 こいつは姫様のことなんか全く知らないのに。推測で勝手に言っているだけなのに、否定ができなかった。


 あたしが黙り込めば、シリウスは左手をするりと外した。

 そういえば、握られたままだったのだ。

まあいいか。小指を握るのとそう変わらないだろう。


「とりあえず、君に移った瘴気は変換し終えているから、もう一眠りしなよ」

「目覚めたからには自分の部屋に帰るわよ。ついでにおなかすいたし」


 ただこの時間からでも、ご飯はもらえるのだろうか。

食事の時間は決まっているとはいえ食堂は常に誰かがいるようだから、余り物のパンでももらおう。


 ぐうぐう鳴る腹を左手でさすっていれば、シリウスにため息をつかれた。


「わかったから良いから寝てな。たぶん俺の近くにいた方が、魔王紋が安定するから。せめて今晩だけはここにいてくれ」

「それじゃあ、本末転倒じゃない」

「いいから。部下の健康を守るのも、主の仕事だろ」


 そんなことをうそぶくシリウスが、まるでなだめるように頭に手を伸ばしてくる。

 当然のごとくよけたけど、ふと瘴気に冒されるあの気持ち悪さを思い出した。


 おそらくあたしが抱えた物なんて、それほどではなかっただろう。

あれ以上の物を、シリウスは毎日抱えているのだとしたら。

「ねえ、あんたは大丈夫なの」

「寝る場所のことかい? 大丈夫だよ、俺はもともと眠らなくても大丈夫だし。久々に夜更かし読書をしようかと思っている!」

「自堕落な宣言なんて聞きたくなかったし違うわよ!」

「え、じゃあ何だよ」


 意味を取り違えて楽しそうに言ったシリウスが不思議そうにこちらを見る。

 けれど、あたしは言葉に詰まってしまった。


 いつもだるいと長いすに寝そべっていたけど、本当は、瘴気を身のうちに吸収し続けているせいだったんじゃないのか、なんて聞いてどうするのだ。


 けれど遠回しとはいえ聞いてしまった手前、言わないのもばつが悪い。


「魔王紋、半分になっても瘴気を吸収し続けて魔堕ちしないの。今のあたしじゃ倒せないし」

「さらっと物騒なこと言うなぁ!……ってえ」


 大げさなまでにおののいたシリウスだったけど、はたりと気がついたように青銀の瞳を瞬いた。


「もしかして、俺、心配されてる?」

「ルールーたちが普通に暮らせるまでは、元気でいてもらわなきゃいけないだけ」


 妙に落ち着かなくて突き放したのに、シリウスはへにゃりと顔を緩めたのだ。


「うはは、そっかあ。君は俺たちを心配してくれるのか。そっかそっかあ!」

「あんたほんとに大丈夫? いつにも増してうざいわよ」


 いきなり態度が変わったシリウスが気味悪くて引いたのだが、彼は全く意に介していなかった。


 ひとしきり笑ったあと、シリウスは目に笑みを残したまま言った。


「明日、友達に泣かれてこい。あ、まあ怒られることもなきにしもあらずだけど」

「はい?」

「ちょっとまってな。俺のとっておきを解禁してやろう! 甘い物は好きだろ?」

「まあ、出されるものなら食べるけど」


 やたら朗らかに出て行ったシリウスを、あたしは訳もわからないまま見送ったのだった。



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