表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/32

17 助けるために必要なのは

 

 ルールーのお母さんに名残を惜しまれながらも、そろそろ帰ろうか、という雰囲気になった時。


 くびすじの産毛がちりちりと逆立った。

 かすかだが、逃してはいけない不穏な気配。


 間髪入れずに、ルールーとお母さんもぴくりと獣の耳を動かした。


「あら、何かあったのかしら、騒がしいわね」

「ルールーちょっと見てくる!」


 しっぽを揺らめかせて身軽に立ち上がったルールーに、あたしも迷わずついて行った。

 なんか、ざわざわする。


「どっちの方向かわかるの」

「ルールー耳と鼻はいいんだよ!」


 にかっと笑ったルールーだったけど、とたんに耳をへたらせた。


「あれ、これ血のにおい?」


 ああやっぱりか、と思ったとたん、あたしは加速していた。

 においじゃないけど、あたしにだってわかる。

 色濃い瘴気と闘争の気配が感じられる。


 これは、魔獣が現れた時のものだ。



 村の入り口まで走って行けば、明確に怒号が響き、血のにおいがあたしの鼻腔を貫く。


 そこでは、おそらく元は人狼だろう複数の狼に取り囲まれる、一際大きな狼がいた。


 その口には血が滴る人間がくわえられていて、無造作に首を振って投げ出す。


 離れたあたしたちにまで漂ってくるのは、甘ったるいような、腐臭に似た瘴気だった。


 あたしにはなじみ深い、瘴気によって暴走した魔獣……いや魔族だった。


 魔獣は瘴気に冒されると、その能力の制限が外れるのか元よりも何十倍も強くなる。


 取り囲む人狼たちから焦りを帯びた声がした。


「どうしたんだ、気をしっかり持て!」

「リーリー! 正気に戻れ!!」




 リーリー、それはさっき、聞いた。




「にー、ちゃん?」




 はっと振り返れば、ルールーが呆然と立ち尽くしていた。


 目の前にある光景がよくわからないというように瞬き、けれどその瞳からは快活な光が失われていた。


 ああやっぱりわかるんだ、知っているんだ。


 魔堕ちした魔族の恐ろしさも、二度と戻らないと言われていることも。


「ルールー! 下がりな……グゥアッ!!!」


 狼の一体がルールーへと叫んだが、大きな前肢になぎ払われた。

 家の外壁に叩き付けられた狼は、そのまま動かなくなる。


「とーちゃん!!」


 お父さんだったのか。

 ルールーの悲鳴を合図にしたように、狼と狼頭で武器を持った人狼たちは、魔堕ちした人狼へ一斉に襲いかかる。


「リーリーはもうだめだ! 楽にさせるぞ!!」

「どうしてっ、こんなになってっ……」


 巨狼は無数の人狼たちに囲まれてもなお、その勢いを少しも損なわず……人狼たちをなぎ払う。


 激しい乱戦になるなかで、人狼たちの話が漏れ聞こえた。


 そう、一度瘴気に飲まれれば、元には戻らない。


 なぜなら普通の生き物には、瘴気を祓うすべがないからだ。


 だから、人界ではわずかなりとも瘴気を祓える教会の司祭がもてはやされて、聖女様が現れることを望まれる。


 でも、それは魔族も、一緒なんじゃないか。

 けれど、魔族には誰もいない。


「にーちゃんっ」

「ルールーっだめだよ!」


 そう叫んで走りだそうとするルールーを、あたしは抱えて止めた。

 あばれまわる馬鹿力を無理やりおさえる。


「にーちゃんの瘴気をルールーが受け止めれば、にーちゃん助かるかもしれないっ」

「馬鹿! そんな不確かなことさせられるわけないでしょっ。そしたらあんたまで魔堕ちするよ!?」

「にーちゃんにもう会えないのはやーなの!」


 ルールーの涙がにじんだまなざしが、あたしの胸に突き刺さった。

 魔堕ちした魔獣は倒すべき物だ。

 けれど、ルールーにとっては兄なのだ。


 心の奥底にしまっていたものが、あふれてくる。



 あたしは殺したのに。

 大事だった友達を、魔族だから殺したのに。



 ならば、繰り返しちゃいけない。

 ルールーは守らなきゃいけない。

 だって彼女はアイツベルの民を、あたしが守るべきと言われた存在と変わらないのだ。

 ルールーを捕まえていた腕をほどく。


「ルールー、ここで待ってて」

「アウラ……?」


 抵抗するのをやめて、不思議そうに見上げるルールーから離れた。


 戦場へと踏み出し、スイッチを変える。

 慣れた行為だ。



 数百体の魔獣の群れを相手取ったこともある。魔族も言わずもがな。


 標的は眼前の巨狼。

 今日は敵じゃない。標的だ。


 行動開始。


 あたしは全身に魔力をみなぎらせて跳躍し、屋根に上がった。


 加速し、再び跳躍。

 眼下に気を取られている巨狼へ、回転を加えた右足を叩きこんだ。


 もろに食らった巨体が、地面を転がっていく。


 ある程度は手加減していたけど、想定より威力が強い。


 イメージで調整しながら着地すれば、唖然と見送る満身創痍の人狼たちがあたしを見た。


「君は、一体……!?」

「さがって、あたし一人でやる。……それ借りるわ」

「おい君っ」


 この村の住人なら保護対象だ。

 人狼の一人が持っていた木の棒をもらうと、再び加速した。


 あたしの武装を持ってこなかったのが悔やまれるけど、武器のない戦闘も体にたたき込まれている。


 それに、下手に使ったら殺してしまう(・・・・・・・)


 体勢を立て直した巨狼が、あたしに敵意の赤いまなざしを向ける。


 とたん、強靱な四肢で大地を蹴った。


 たった一足で迫る巨狼を、あたしは自分の魔力で強化した木の棒で迎え撃つ。


 案の定、魔力で強化しても巨狼の顎に一瞬でかみ砕かれた。


 けど、だいたいの威力はわかった。

 追撃してくる巨狼の前肢をバックステップで避けながら、右腕を強く意識した。


 戒めるように、あるいは絡みつくようにある魔王紋が熱を帯びる。



 ここにあるのは、何だった?

 魔王の証。そして瘴気を魔結晶にする力だ。



 それならあの魔族の瘴気を、あたしが引き受けられるんじゃないか。



 いつもの精製はシリウスの補助があったけど、感覚だけは覚えていた。

 ただ、これだけ至近距離でも、瘴気が惹かれてくる感触はあるけれど、精製できるほどは集まってこない。


「やっぱり右腕に通さなきゃ、だめってことね」


 それなら。


 巨狼の鋭い呼気と共に、牙を剝いて襲いかかってきた。


 狙いは首筋。さすがにそれは困る。

 けど、好機だ。


 あたしは低く腰を落とし、その顎を右腕で受け止めた。


 突進の勢いを、踏ん張ることで殺し、牙が食い込む痛みを遮断する。

 地面にブーツがめり込み、勢いで後ずさったが止められた。


 さすが人狼だ、腕を強化していなかったら食いちぎられただろう。


「アウラっ!?」


 ルールーの声が聞こえた気がした。


 空いた左腕で、下あごをつかみ取る。


 赤く濁った瞳が戸惑いに揺れる中に、あたしが無造作に笑う顔が映っていた。


「つかまえた」


 これだけ至近距離なら、問題ないだろう。


 とたん、右腕の入れ墨は鮮やかに浮かび上がり、巨狼から瘴気を奪い去り始めた。


 巨狼が嫌がるようにのたうち回り、右腕からぼたぼた血が落ちていくが、意地でも左腕は外さない。


 さらに代わりのように、内側から腐っていくような瘴気があたしに流れ込んできた。


 思わぬ副作用に動揺したけど、唇をかみしめることでこらえた。


 これが瘴気に冒される、ってことか。


 ああこれは気持ち悪いな、シリウスをちょっと見直してしまいそうじゃないか。


 上等だ。


「さあ、魔王紋、臣下を救いなさいよっ」


 一際強く魔王紋が輝き、魔結晶が舞い散った。


 砂粒のようなそれが、はらはらとあたしと巨狼の周囲を雪のように落ちていく。


 押し込まれる牙の力が緩み、眼前の巨狼が見る間に縮み始めた。


 やがて、瘴気が霧散し普通の狼に戻ったそいつが、力なく倒れ伏すのを、あたしは受け止めた。


 ぴくりとも動かないけど、弱々しく息はしている。


 どうやら、うまくいったらしい。

 あたしもその場に崩れ落ちる。


 右腕に魔王紋の輝きはすでになく、ただただ、牙によって深くうがたれた傷があるだけだ。


 やっば、止血しないと。

 だけど、体が泥のように重かった。


 おっかしいな、そんなに負担になるような戦闘じゃなかったはずなんだけど。


「アウラーっ!!」


 なぜか、ルールーが見たこともないくらい必死の形相で駆け寄ってくるのが、あたしの最後の記憶だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー cont_access.php?citi_cont_id=747194651&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ