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16 おいでませ魔族村




「おっでかっけおっでかっけるーたったー!」


 あたしはまだ夜も明けきらないうちに、ルールーと共に出発した。

 ルールーはフェリも誘ったのだが、仕事があるからいけないと残念そうだった。


「まっさかアウラがルールーと同じくらい走れると思わなかったよー」

「まあ、鍛錬、してるし」


 からっからと笑うルールーにはあたしは曖昧に返した。

 そんなルールーは全身毛皮で覆われた、四つ足の狼の姿をしていた。

 普通の狼よりも一回りは大きく、髪の色と同じ赤毛もふさふさしている。

 琥珀色の瞳は快活なルールーのままだ。


 なんでも獣の姿と人の姿と両方持っているらしい。

 ゆったりとしたワンピースみたいなものを着ているなーと思ってたら、いきなり脱ぎ始めてびっくりしたけど。


 はじめルールーはあたしに背中に乗るように言ってきたんだけど、鍛錬代わりに併走することにしたのだ。


 もうちょっと疲れるかと思ったんだけど、魔王紋が右腕に刻まれてから体内で使える魔力が増えた気がしてまだまだ余裕がある。


 そうしてたどり着いたルールーの村は、瘴魔(しょうま)の森の端っこの方に埋もれるようにあった。

 規模としてはあまり大きくはなくて、だいたい50人か、100人くらいの小さな村だろう。


 人の体に狼頭をした魔族が行き交っていた。


 本当に、魔族の村なのか。

 あたしが目を丸くして見回すのと同じくらい、すれ違う人もあたしに注目していた。

 そりゃあ、見る限り人狼族だけなのに、人間のあたしが居れば目立ちもするだろう。けど、その視線にはただただ珍しいものを見たような驚きしかない。


 森の茂みで人間に戻っていたルールーは、たどり着いた一軒家の扉を無造作に開けた。


「おやルールー、いきなり帰ってくるなんてどうしたの」

「たっだいまー! かーちゃんっ」


 出迎えてくれたのは、狼頭の人だった。

 ルールーの言葉を信じるなら、彼女のお母さんなのだろう。

 よく見れば、ルールーの獣耳によく似た毛並みをしている気がする。

 きゃらっきゃらと笑うルールーを抱きしめたお母さんは、あたしに目を向けた。


 つぶらな瞳に戸惑っていれば、あたしが見ているうちに毛がなくなり、柔らかい表情をした人間の顔になったのだ。


「ルールーそのかわいい子は誰!? あんたの友達!?」

「いえ、その」

「そうだよー! アウラって言うのっ。お休みだから連れてきた!」


 正確にはルールーはお休みにするってハンナさんに宣言して、勝手に出てきたんだけど。

 そんな簡単で良いのかよ、っと思ったけれども、出てきてしまったものはしょうがない。


 まあ、良かった。

 今日のあたしはエプロンを外した使用人服なのだが、おかしくは思われてないらしい。


 アイツベルから抜け出してきたときに着ていた服はアレだし、人様の家に訪問するにはあんまりふさわしくはないだろう。


「まあまあ、ルールーったらお友達まで作って、魔王城ではどうなの?」

「んーっとね、洗濯のおしごと大変だけど楽しいし、お昼寝スポットはたくさんあるし、ご飯おいしいよ!」


 そこからあれよという間に部屋に引き込まれて、昼食をごちそうになりながら、ルールーとお母さんの話を聞く側に回った。

 ご飯は素朴で、でも心を込めて作られたんだろうというのがよくわかるものだ。

 ……普通の人間の5倍はあるのを除いてはだけど。


 ルールーのお母さんはルールー並によくしゃべってのんびりとした人だった。

 良く笑って、よくしゃべって、心底楽しげなのがよくわかる。


 きっとルールーが帰ってきたのが心から嬉しかったんだろうな。

 あたしがここに来たのはルールーに誘われたからで、そうすればルールーの用が終わるまでべつにご飯を食べていれば良いのだから問題ない。


 ちょっと、疎外感を覚えなくはないけれど。


「よかったわあ。ルールーが人型になれるようになって。ここじゃあどうしても魔力が足らなかったからねぇ。魔王様には感謝してもしきれないわ」

「ねールールーもかあちゃんとおしゃべりできるようになって良かったよー」


 あっさりと話されたことに、あたしは驚いた。


「え、ルールーしゃべれなかったの」


 割り込んでしまったのは申し訳なかったけど、ルールーとお母さんは全く気にせず応じてくれた。


「そうなのよー。人狼は人と狼の姿をもつのだけど、変身するだけの魔力を持てずに生まれる子がいるのよ」

「それがルールー!」

「ルールーはねえ、狼の姿しか持たなかったの。魔王様がいらしてからそういう子はずいぶん減っていたのだけどね。けれど、今代の魔王様が魔力の足りない魔族たちを受け入れてくださる触れを出してくださったのよ」


 母親の言葉に、ルールーはお肉を食べ終えた骨をびしっと振りかざして、自慢げに言った。


「だからルールーは魔王城で働くことになったのさー! はじめて手が使えるようになって楽しいぞー!」

「本当に良かったわ。だけど、ルールー骨でむやみに遊んじゃいませんって言ったわね?」

「ひゃい」


 初めてルールーが素直に言うことを聞くところを目の当たりにしたのだけど、あたしはそれどころじゃなかった。


 魔王城が、ただシリウスの世話のためにあるものじゃない、とはうすうす気づいていたけど。


「そっか、シリウス、王様してたんだ」

「どうしたのー? ご飯足りない?」

「いや、十分足りてるから」

「アウラって全然食べないよねえ」

「ルールーが多すぎるだけだからね!?」


 ついつい突っ込みをいれつつも、不思議そうに首をかしげるルールーに説明せずにすんだことにほっとした。

 正直、自分でもどうしてこんなにもやもやしているかわかんなかったからだ。


 村の中をこの家まで歩いてきただけでも、わかる。

 だってこの村は普通だ。アイツベルの城下町と、全然変わらない。


 狼の頭だったり、人間の顔に狼の耳が付いていたりするだけで、変わったところなんてほとんどなかった。

 魔王城にいる魔族たちだってそうだ。

 笑って悔しがって、仕事をして、遊んで、いい加減なところもあるけど、生きている。


 魔獣も魔族も倒すべき物なのに。あたしが、村で「守れ」と言われたものと何ら変わりなかった。

 じゃあ、あたしは、いったい。なにをしていたんだろう。


「そういえばとーちゃんとにーちゃんはー。かわゆいルールーを見て欲しいのにい」


 ルールーの声で、あたしは今に引き戻されて、顔を上げた。

 すでにお皿の中身は空になっていて、不満そうに唇を尖らせるルールーにお母さんが答える。


「とーちゃんはいつもの森のお仕事。にーちゃんはちょっと前から人間の国に出稼ぎに行ってるわ」

「魔族が人間界に行ってるんですか!?」

「ええ、この村ではよくあることなのよ。こっそり遠くの人間の村に行って、お金を稼いで、必要な物をそっと買って帰るの。リーリーは特別化けるのがうまかったから、人間になっていろんなところで稼ぎに行ってるの。もちろん人間にはばれないようにね」


 あたしが非難めいた口調になったにも関わらず、お母さんは気にした風もなく、ただ少し心配そうな雰囲気になった。


「ただねえ、もう出て行って4ヶ月になるのに帰ってこないの。アイツベルは見逃してくれる人間が多いから助かるって言ってたけど、どこかでおなかをすかせていないか心配だわ」

「見逃して、くれる……?」

「きょーかいってところが怖い顔してるけど、きょーかいが見えないところだと安心なんだよーってにーちゃんいってたね」


 ルールーが付け足してくれたけど、初耳の話にあたしはただただ唖然とするしかない。




『本当に、魔族と人間が共存する道はないのかしら』



 姫様はことあるごとにそう言っていたけど、そんなの無理だと思っていた。

 姫様は優しいから知らないんだって。どれだけ暴れる魔獣が恐ろしいものか、どれだけ魔族が理不尽な物か。


 けど、それも瘴気が全部原因で、普通の魔族は良くも悪くも人間と変わらなくて。

 知らないのは、あたしのほうだったのだろうか。


「じゃあまた今度かなー、とーちゃんにだけ見てもらってかーえろっ」

「あら、ルールー、お友達と一緒に泊まっていかないの」

「日が暮れる前にかえっておいでーってミセスハンナに言われてるんだ! ね、そーだよねアウラ」

「あ、うん。ごめんなさい」

「あら残念。じゃあ今度はあまい蜂蜜パイ、用意しとくわね」

「やったー! がぶがぶするぞー」


 ルールーがぴょんぴょん跳びはねるのをお母さんはうれしそうに眺めていた。

 あたしにお母さんというものはいなかったから実際には知らないけど、きっと幸せな親子ってこういうことなんだろうな、っていう。


 ルールー、いつも脳天気にはしゃいでるな、って思っていたけど、彼女にもいろんな事情があったんだな。


「ね、アウラもまた一緒に来ようねっ」

「……うん」


 ルールーが満面の笑顔で言うのに、あたしはこっくりとうなずいた。

 あたしは姫様の下に帰る身だ。


 約束なんてできないけど、この笑顔は曇らせたくないと思った。


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