14 同僚との交流は大事にしよう
追い出されてしまったからにはしょうがないので、あたしはレブラントさんに仕事がないかと尋ねに言った。
だって、あたしは仕事中だ。
メイドというものは、朝起きてから夜寝るまで何らかの仕事を任されているのが常識である。
だって、王宮ではそうだったし。
ということは手が空けばほかの仕事を求めに行くのは当然だろう。
一応そういうことだった、と上司であるレブラントさんに報告しとかないと、あたしが仕事を完遂できなかったのではと勘ぐられてしまう。
それは大変不本意だ。ただレブラントさんに信じてもらえるかは別だけど。
と、思ったら。
「そうですか、では自由時間にしたらよろしいでしょう」
「はい?」
レブラントさんからあっさりと告げられて、あたしはまぬけな返事をしてしまった。
「本当にいいんですか」
「良いも何も陛下に言われたのでしょう。ならば私から言うことはありません」
「や、でもほかの仕事を」
「あなたに任せられる仕事はありません」
その通りだったので、あたしは黙り込むしかない。
「あなたが仕事をし終えたのなら、その後の時間をどう使ってもらってもかまいませんから。たとえ、人間でも特別扱いすることはありませんよ」
「本当に? いいんですか」
「まあどうしても、というのであれば、城内をまわって探すことは許可いたします。なぜそこまで求めるかは理解できかねますが」
「はあ」
レブラントさんに許可をされてしまったので、あたしは城内を回ることになった。
そういえば、城内を歩くのは職業体験以来だ。
だってずっとシリウスに張り付いていたわけだけど、必要はなかったから。
なのだが、残念ながらだれにも受け入れられなかった。
『何言ってるんだ、仕事が終わったんなら好きなようにすればいいじゃないか』
と、みんな口をそろえて言うのだ。
嫌悪だったらあきらめもついただろうけど、彼らは邪険にするでもなく、ただ笑って何言ってんだこいつ、みたいな口ぶりでいなしてくる。
まるで働こうとするあたしのほうがおかしいみたいにだ。
唯一良いと受け入れてくれたのは、被服担当の女性だったのだが。
『いいわよぉ、あたしのあなたに合わせた衣装をたっぷり用意するから、着せ替えさせてくれるかしらあ。もちろん、隅々まで採寸させてちょうだいねえ』
彼女の笑顔を見た瞬間、ぞくぞくとした悪寒が背筋をはった。
蜘蛛の下半身をしたアラクネという種族らしいが、戦闘面ではたぶん制圧は可能だ。
でもなぜかあたしの危機本能がだめだと判断したのだ。
やばい。あれは勝ててもやばい。
被服室から戦略的撤退したあと、あたしは中庭に面した廊下を歩きながら悩みこんだ。
「にしても、本当に働いている人が少ないなあ。むしろ何をしているかわからないような魔族多すぎない?」
あんまり回らないところまで行ったせいか、この魔王城の労働状況がよく見えてきたのだ。
ここまで来るのに回った職場では様々な魔族がいた。
あたしが王宮にいたときにもあった、掃除、洗濯、炊事などの各種家事も分担されている。
ほかにも医務室や、庭師だったり、ワインセラーの管理、魔王城の補修や、農場や牧場の管理もしている。実際に何をしているかはよくわからないけど、外回りをしている魔族もしているらしい。
そういうあたしにもまだわかることをしているやつもいるけど、たとえば……。
「くるぅ?」
そんな鳴き声のようなものが響いて、あたしは振り返った。
そこにいたのは、見上げるような大きさのひよこだった。
黄色みがかった羽毛はふっくらとしていて、つぶらな瞳が愛らしいとも言えるだろうけど、とにかくでっかい。
そんな生き物だけど、首のあたりに魔王城の使用人の証であるブローチが下がっていた。
一応は魔族なんだろう。
「……また出たな」
あたしはそのひよこもどきを困惑気味に見つめた。
彼か彼女かもわからないけど、時折このひよこはあたしの前に現れるようになった。
言葉はしゃべれないようで、ただその黒目がちな瞳でじっとあたしを見下ろしてくる。
かならず通せんぼをするようにたたずんでいるから、あたしのことが気にくわないのかと思ったけど、手を出してくるそぶりもない。
ただただ時々近くに現れる。
意味がわからない。
こいつはこれが仕事だ、というのがわかったのは、数日前に偶然通りすがった獣耳のおじさんが、「クルゥさんお疲れ様です」って声をかけていたからだ。
さん付けだ。ひよこなのに。でっかいけど。
この魔王城にはちょくちょくそういう魔族がいる。
人間の形が大半とはいえ、廊下を歩けばスライムとすれ違うし、謁見の間をすみかにしているガーゴイルの兄弟もそうだし。
あれ、ガーゴイルたちは使い魔って言ってたっけ?
わしの頭と翼に獅子の胴体がついたグリフィンには理知的に話しかけられもした。
どうやらブローチをつけているかつけていないかで、仲間の魔族かそうでないか区別をつけているらしい。
「あの、クルゥさんはいったい何がしたいんですか」
「くるっくぅ?」
ついつい微妙に崩れた敬語で話しかければ、クルゥさんはかわいく首をかしげた。
あいにく言語ではなかったので全くわからない。
そのふかふかした羽毛に腕をうずめればきっと気持ちが良いだろうが、そんなことはしない。
なぜなら相手は魔族なのだから。
「あたしの邪魔、しないでくださいね」
「くるぅ……」
結局今日も理由はわからなかったから、それだけ言ってその場を去る。
なんか残念そうな声を出されたけどあたしは努めて無視をした。
あたしにはかまっていられるだけの余裕がない。
仕事がないのなら最近サボっていた鍛錬をやっときたいし。
魔王城内から出られないとはいえ、中庭やそこからつながる農場とかは魔王城内に入るらしくて多少は大丈夫そうだった。
はりめぐらされている城壁が区切りになってるらしい。
よし、もしかしたら力仕事くらいは……なさそうだ。
ま、いいや。
なぜなら、目の前に立ちふさがる大きな人間たちがいるからだ。
豚の鼻に褐色の肌をした豚っぽい鼻をしているのはオーク、牛っぽい角に筋骨隆々の体をしたミノタウロスだろう。
あたしの二倍はある身長に、横幅はさらにある彼らは、にやにやと笑いながらあたしを取り囲んだ。
「よう、お前が新入りだってな」
「人間なんだって? こんなちっこくて細けりゃすぐやられっちまうだろうに。なんでこんなとこまできたんやら」
あたしは表情を変えないようにするのに苦労した。
ようやくきたか。どんなところにも異物を排除しようとする輩はいる。
むしろ今まで来なかったことのほうが変だったんだ。
この体格と、重心のとりかたから見るに、それなりにできるようだな。
「ちょっとつきあってくれや」
望むところだ、と心の中で返して。
リーダーらしいミノタウロスのおっさんに、あたしは黙ってついて行ったのだった。
*
「あなたは! 毎回物を壊さないと気が済まないんですか!」
レブラントさんに怒られたあたしは肩をすくめた。
場所は魔王城の裏手にある中庭……という名の広場だ。
あたしは神妙にしながらも、いちおう訂正を試みる。
「今回はあたしだけじゃ」
「そうだとしても、どうしたら遊戯であの訓練場を穴だらけにできるんです!?」
「だって、そういうゲームだって言われたから」
あたしだって予想外だったのだ。
決まり悪さにもぞもぞしていれば、広場のほうから野太い声が上がった。
「おーいレブラント! そうアウラを責めてやるなー」
「そうだ、そうだ。わっしらが誘ったんだからのー」
今広場に空いた穴ぼこをせっせと直しているのは、あのオークとミノタウロスのおっさんたちだった。
レブラントさんに言葉を返したミノタウロスがミノさんで、合いの手をいれたオークの人がオーさんというらしい。
なんでも外回りをしている組の人だったらしく、今まであたしの存在は知っていても会う機会がなかったんだという。
どうせなら一緒に遊んで親睦を深めてみようじゃないか、ということでサッカーに誘われたのだ。
まあ広場につれてこられたとたん、ボールを渡されたときは唖然としたものだ。
どこかずれているけど、普通に気のいいおっさんたちで、物陰に連れ込んでリンチだと思い込んでいたあたしは決まり悪い。
サッカーなんて見たことしかなかったけど、お詫びにつきあったら、意外と体力作りにちょうど良くて結果オーライだったし。
まああたし踏み込んだり、おっさんたちが殴りつけたりして、広場は穴ぼこだらけになったけど。
こういうサッカーもあったんだなあ。
レブラントさんは全くひるむ様子もなく、背中からまがまがしいオーラを発しながらおっさんたちにターゲットを変えた。
「あなたたちもあなたたちですよ! 各所から苦情が出てるんですから自重してください!」
「ルールーは喜んでくれたんじゃがのう」
「ただあの子はボールにじゃれついてうまいことできなかったな」
「フェリちゃんには断られてしもうたからの」
「わっしらもひさびさに本気を出せて楽しかったんじゃ」
「あなたらのサッカーはただのボールを使った格闘です!」
レブラントさんのツッコミに、あたしはえっと顔を上げてしまった。
サッカーってボールを持った相手を何をしてでも倒してうばって、ゴールに決める競技じゃない???
ミノさん達が関節技決めようとするのを、目つぶししたり、投げ技使ったりして阻止してたんだけど。
「それにあなた方、討伐後の報告はどうしたんです。まだあげていただいてないのですが」
「おーすまんなあ。今回はな人界の近くで、魔堕ちした獣が多かったぞ」
「妖精たちが森の恵みに影響が出る、って困ってたなあ」
「でかい鳥の魔獣がいたからな、持って帰ってきた」
「そこ、口頭ですませようとしない!」
「書類はめんどくさいんじゃがなあ」
ぽりぽりと自分の角をさするミノさんに、あたしは耳に意識を集中させた。
いやな記憶がよみがえりかけるのを、気のせいにする。
そう、前々からよくわからないモノがあったし。
「魔堕ちした獣ってどういうことです?」
レブラントさんに聞いたつもりだったのだが、ミノさんとオーさんがこっちにやって来た。
にゅっとあたしに影がかかる。
「おーアウラはしらんかったか?」
「まあそうだよなー俺っちたちもだいたいでしか区別しとらんし。人間にはわかんないなあ」
のんきに言い合うミノさんとオーさんはあたしの前で口々に言い合った。
というか、アウラ呼びは決定なのね、ミノさん。
「魔堕ちすると大変なんだよなあ。瘴気をな、大量に浴びちまうと頭がうまく働かなくなって、手当たり次第物を壊して食いたくなるんだとよ」
「一度なったら最後、俺たちじゃ楽にしてやるくらいしかできないからなあ」
「まあ、ちゃんと処理すれば、肉は食えるからな」
「ただ、ここ最近、多くてなあ。ほか同胞たちの村が安心できなくなっちまってんだよ」
うすうす、わかっていたけれど。
寂しそうに言い合うミノさんとオーさんが会話に、あたしはアイツベルに思いをはせる。
姫様は国内の浄化のために各地を回っているはずだ。
あたしも毎回のように同行していた。
姫様も信頼する騎士の人がいるし、あたし以外の村の誰かが付いているはずだから、たぶん、大丈夫だ。
ちゃんと休職届はだしたし、書き置きもした。
ただ、やっぱりここに長居はしていられない。
姫様はいつでも無理をされてしまうから。
せめてあたしは姫様の振るう牙でいなきゃ。
ここに長くいたら、あたしの存在意義を忘れてしまいそうだ。
「口頭ですませようとしないでくださいよ、お二方! そしてあなたも! 無茶な使用は控えてくださいね」
「レブラントは口うるさいなあ」
あきれるミノさんに、再びあたしの方へと向き直ったレブラントさんに、あたしは慌てて神妙な顔に戻ったのだった。
 




