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魔王なんてお断り! 最強メイドは姫様の下に帰りたい  作者: 道草家守


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13 コツはいかに背景に溶け込むか

 


 あたしが魔王城でメイドになって、というか、シリウス付きのメイドになって一月がたっていた。


 初日にはなんて余計なことを言ってくれたんだ、と殺意のまなざしを向けてしまったが、まごう事なきあたしの仕事である。

 任されたからには、きちんとやり遂げるのがプロのメイドというやつだ。


 たとえ気にくわなくったって、しっかりしといたほうがいいと思うんだ、うん。

 というわけで、あたしはシリウスの私室に出勤するのが日常に組み込まれた。


 自分の身支度を終えたら、シリウスの食事とお茶の道具をワゴンに乗っけて部屋に行く。


 シリウスの部屋は、謁見の間の裏に伸びる通路の先にあった。

 この城は謁見の間を中心に、使用人スペースと私室が分かれているから、この背後の広大なスペースをシリウスが独占していることになる。

 まあこの城の主だし、当然だけど。


 シリウスの朝は遅いから、適宜ご飯を食べ終わったら、あたしは使い終わった食器を食堂に返しに行って、必要なお茶を入れる。

 魔結晶の精製は、シリウスが要領をつかんだのか、最近は朝夜に分けて数時間ですみ、お茶が欲しいと言われれば淹れて、ご飯の時間になったら取りに行く。


 それで日が落ちたらあたしは下がる、というのが日常になっていた。


 自堕落、という以外は全く手がかからない主なので、あたしもさしたる失敗をやらずに平穏に過ぎていっていたのだけど。




「なあアウローラ、君はそれでいいのか!」


 書籍から顔を上げたシリアスに意を決した感じで声をかけられ、あたしははて、と首をかしげた。


「あんたのぐうたら生活習慣より悪いものはないと思うのだけど」

「い、いや俺は頑張らないことにしてるだけだし……じゃなくて!」


 シリウスがぐさっときたような顔をしていたけれど、気を取り直したように本を閉じて言いつのった。


 おう、本を閉じるとは本気なのだろうか。


「君、一日中俺につきっきりじゃないか! 俺付きのメイドって言ったって仕事以外は好きなことしていていいんだぞ」


 シリウスは真剣のようだけど、あたしは本気で意味がわからず、再度首をかしげた。


「使用人はいついかなる時も主の要望に応えるためにそばに控えるものでしょう? すべてが仕事の時間じゃないの?」

「いや、それでも何もせずにただ立ち尽くしているだけなんてしんどすぎないか。俺が延々と本読むか昼寝するかゲームするかしかしてないって知ってるだろう!?」

「日がな一日ごろごろして娯楽小説に耽溺している主だとしてもあたしは誠心誠意ビジネスライクに対応してると思うのだけど」

「うぐはっ」


 勝手にダメージを受けているシリウスには、まったくこれっぽちも同情しない。


 実際、こいつが部屋から動くのは、ご飯食べるときとトイレに行くときと本を取りに行くときと、長いすを移動するときだけなのだ。

 時々謁見の間で、使い魔らしいガーゴイルの兄弟と遊ぶことがあったり、夜にはなんかごそごそ出歩いているようだけれど、蝶よ花よと育てられた貴族のお嬢さんでもまだ社交に出る分だけマシかもしれない。


 まあ、魔王城から出られないって言うのもあるのだろうけど、すさまじい引きこもりっぷりだった。


 え、夜に出歩いているのをなぜ知っているかって?

 主の行動を把握するのもメイドのつとめだからと、暗殺するための状況を設定するのに必要だからですけど何か?


 あたしが与えられている部屋が相部屋だったら難しかっただろうけど、あたしの部屋はシリウスの私室にほど近いところにある一人部屋だ。


 そう、初日にあたしが軟禁された部屋をそのまま使ってるのである。

 ほんと魔王城の危機管理どうなっているのだろうと思うけど、便利なのでそのままだった。


 じゃなくて、どうやらシリウスはあたしが丸一日、壁際に控えているのがお気に召さないらしい。


「壁際に控えているのは、姫様にお仕えするときと全く変わらないから問題ないわ。こうしてる間にも体内魔力を調整して鍛錬をしている位は許してちょうだい」

「魔力の流れが時々変わると思ったらそんなことしてたのかい!?」


 メイドになってからは丸一日鍛錬の時間を取ることが難しいから、体をなまらせないために編み出したたしなみだ。


 にしてもわずかずつ魔力を動かすものだから、王宮の魔道士にすら気づかれなかったのに。

 さすが魔王と言うべきか。もうちょっとこっそりやろう。


「空いている時間は掃除の練習したっていいんだぞ。さすがにあの爆発じゃあ本のある部屋は困るけど」


 おや、お茶を入れがてら給湯室で掃除をしていたのもばれていたのか。


「あ、なんなら広間だって使っていいぞ。ガーくんとゴイルちゃんの相手は俺だけじゃ厳しいからな」

「謁見の間でボール遊びができるのはあんたくらいなものだし、あたしが真面目に使ったら、また壊すわよ」

「いったい何する気だい!?」


 なにって、鍛錬だけど。

 まあ、あたしがかんざしで縫いとめたガーゴイルの兄弟は、あたしが前を通るたびに、尻尾を股の間に入れるから遊んでやったとしても哀れだと思う。

 あたしも謁見の間を壊す度胸はない。


「あたしが視界にいるのが気に入らない? それなら屋根裏か床下に潜んでるけど」

「何で俺がわがままだなあって顔で見られなきゃいけないんだ!? 君の待遇改善の話をしようとしてるのに!?」

「だってあんたがよくわからないことを言うんだもの」


 別に現状に不満がなければ何も言わなくていいのに。そしたら勝手にしてるし。

 シリウスは心底途方に暮れたように頭に手を当てていたが、それでも引く気はないらしい。


「君に任せたのは、お茶を淹れることと、魔結晶の精製につきあってもらうことだ。それ以外は好きなことをしていていいんだよ。つまり四六時中俺のそばにいなくていいんだ」

「好きなことなんてできるわけないじゃない。仕事中なのよ?」


 姫様の下にいるときは、特別な用を言いつけられなければそばにいるだけだった。

 それ以外のことと言われてもとても困る。


「何それ人間怖い。仕事が終わっても仕事場にいなきゃいけないなんて」

「それが仕事ってものでしょう? あたしは姫様を支える歯車の一つだもの。それが果たせれば十分だわ」

「ともかく、俺は、許しません! というか魔王城の勤務態勢は自分で言うのも何だけどゆるゆるだぞ、ほかのみんなを見てみなよ! 仕事してないから! 最たる者はこの俺です」

「それ、胸張って言うことじゃないでしょ」

「いやでもほんとのことだし」


 あたしがあきれて白い目を向けても、シリウスはあっけらかんと言ったものだ。

 どうして魔王城なんてものが成り立っているのか本気でわからなくなってきた。っとちょっと待てよ。


「そもそも給与体系どうなってるのよ」


 契約書やレブラントさんが言っていたはずの契約内容も全く記憶になかったから、給料関係について知らなかった。


「給料は現物支給だぞ。主に魔結晶だな。仕事量に応じてレブラントとハンナが供給量を決めてるはずだ」

「何それあげすぎじゃない!?」

「そりゃあ仕事をしたやつとしない子は区別は必要だからなー。そもそも魔族に協調性はもとめるべきじゃないぞ。だからうちは完全出来高制だ」


 意味を取り違えて給与は破格だけど、意外としっかりしていた。

 あたしが驚きに目を丸くしていれば、ひとりでうなずいていたシリウスが改まった感じで言いつのってきた。


「俺の声が聴こえる位置にいなきゃいけないって言うんなら、渡した本の続きでも読めばいいだろ。読めないというか、嫌いってわけじゃないみたいだし」


 シリウスか精製中の暇つぶしだと言って、押し付けてくる自分のおすすめ本のことだろう。


「そりゃあまあ、姫様の読書におつきあいすることもあるから。向こうでも娯楽小説もそれなりに読んでたし、抵抗はないけど」


 姫様は「民草の流行や思想を研究するためだ」といって一般に出回っている娯楽小説もかなり買い集めてらっしゃった。


 まあ、それだけじゃないことも知っていたのだけど、あたしもなんどか買い出しに町へ行ったものだ。この部屋にある本にもいくつか見覚えのあるタイトルがあった。


「なんだってっ!?」


 けどとたんシリウスが身を乗り出してくるのに、あたしはどん引きした。

 だって目をぎらつかせて迫られたら誰だってそうなるでしょ。


「といっても……」

「どれが好きだい!? カーネリアン先生の『白王記』だろうか、それともガイオン・ユマ先生の『黎明の鳥』もなかなかのものだったけど、新進気鋭のテン・シー先生の『暁の勇者と塔の魔女』は最高だったけど!」


 食い気味に言葉を重ねてくるシリウスの全力早口にはもはや呆然だ。

 しかもあげられたタイトルは全部、魔族と人の関わりをテーマにした物だった。


 アイツベルでは今、身分違いの恋に迫るくらい、異なる種族……まあつまり魔族との交流の話が人気ではある。

 ラウディス教会には目をつけられているけど、そのスリルを含めてわくわくするらしい。


 だから、魔族との交流譚を書く作家はみんな素性は不明で出版しているほどだ。

 ついでに言うと、前半二つは姫様に勧められて読んだんだけど。


「読みはしたけど、よくわからなかったわ」


 素直な感想を漏らせば、シリウスはぴたりと、言葉を止めた。

 虚を突かれたと言わんばかりで、あたしは首をかしげる。


「だって、魔族と人間って全く違うものじゃない。それでどうしてわざわざ仲良くするの。分かれて暮らしていた方が良いでしょ。人間はあんたたちを怖がっている人が大半よ。小説の上では仲良くできても、現実は無理よ」


 あたしは魔獣を狩るべしと教えられた。

 アイツベル国内で暴威を振るう奴らは倒すべきでだと心から思う。

 この魔王城にきて、そういうやつばかりではないと知ったとはいえ、それでも価値観は全然違うだろう。

 離れていれば、余計な争いも悲劇も生まずにすむだろうに。

 一応は人間であるあたしですら、遠巻きにされるんだから。


「あーうん、そうか……君は、そう考えるんだな」


 脳裏にちらつく情景を振り払って告げれば、シリウスはちょっと困ったように眉尻を下げた。

 その様子があんまりにもしゅんとしていたから、あたしが悪いみたいな気分になる。

 だけど、シリウスは咳払いをして無理やり話を戻した。


「その。ともかく! 君にはお茶の給仕と魔結晶の精製のほかは自由時間を言い渡す! 遊んでおいでっ!」

「いや、レブラントさんにおこられ」

「言い渡すったら言い渡すぞ! 君はもっと楽しむべきだ!」


 抗議しようとしてもシリウスは聞く耳を持たず、あたしはシリウスの部屋を追い出されたのだった。


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