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魔王なんてお断り! 最強メイドは姫様の下に帰りたい  作者: 道草家守


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11 リベンジは華麗な絶技でいどみます





 あたしはしかめっ面で腕を組む羊角のレブラントさんが見守る中、茶器を前にしていた。


 場所は魔王城内にいくつかある給湯室の一つだ。

 普段使いされていなさそうだとか、レブラントさんがものすごく壁際に寄っているのとかは気にしない。


 だってこんな風にもう一度チャンスをもらえるとは思わなかったのだ。


 昨日、シリウスのところから解放されたあたしは、やっぱりもう一度仕事をやらせてもらえないか、と直訴しにいこうとした。


 まあ結局、作業が夜遅くまでかかり、夕飯をくいっぱぐれないようにするだけで手いっぱいで、その日のうちにレブラントさんに会えなかったのだが。


 翌朝、戦場におもむくような気分で突撃しに行ったら、逆にここへつれてこられたのだ。


 目の前には、ありとあらゆるお茶に関して必要なものが用意されている。

各種お茶っ葉に、様々な形状のティーポットはもちろんポットが冷めないようにするための被せ物であるティーコゼーをはじめとする道具。

もちろんティーカップやソーサーもあった。


「あなたがどのようなお茶を淹れるかわからなかったので、魔王城近辺で手に入るものを用意しました。ここにある物でしたらいくら被害があっても問題ありませんので、存分に」


 すごく言葉の端々にあたしへのけん制というか含む物がある言い方だけれど、全く気にならなかった。

シリウスが言っていたことは本当だった。

だって試験の場を設けてくれたのだから。



 さあ、やるぞ、あたし。

 気負いすぎるのは、だめらしい。



 シリウスの話だと、あたしにもちょっとだけ瘴気を貯蔵する力があって、それを無意識に体内魔力として使っているからいつもより惨事になったんじゃないかってことだった。


 半日かけて魔結晶に変換したから少しの間は大丈夫だろうって。


 確かに、試しに自分の部屋をぞうきんで拭き掃除してみたらえぐれなかったから、通常に戻っていると考えていい。


 ならいつも通りやれば、きっとうまくできるはずだ。


 ちらっとレブラントさんを見てみれば、あたしの行動を全力で注視しているのがわかる。


 そこまで注目されるとやりづらいけど、落ち着け。

 たとえば姫様がいると思えばいい。


 姫様に淹れて差し上げるんだったらいつだって全力だ。


 お茶をおいしく淹れるには、段取りが大事だ。

 一分の隙もなく攻め手を緩ませてはいけない。


 ひとつ気合を入れたあたしは、まず給湯室に設置されている給水器から薬缶に水を入れて、魔結晶が使われた加熱器に乗っける。


 いくつかあるティーポットからの中から全体的にころんと丸いものと、口が細長いポットの二つ選んだ。


 ティーカップもポットと似たものを選び薬缶の中の水が沸騰したら、ティーポットとカップを温める。


 そこでレブラントさんの目の色が変わった。


 ふむ、レブラントさんも知っていたな。

あたしが手に取った茶葉は紅茶だったから、高い温度で抽出する必要がある。なるべく高い温度を保つために、ポットは温めとかないといけないんだ。


 もう一個、薬缶があれば良かったんだけど、加熱器は一個口だけだったからゆっくり行こう。

水は助かることに、舌に柔らかい水だった。


 舌にざらざらするような水だととても渋くて飲めたものじゃなくなる。


 薬缶が再び沸騰するのを見計らってポットのお湯を捨てて、細い口のティーポットの方に素早くティースプーンで茶葉をさっといれ、すかさず沸騰仕立てのお湯を入れる。


 そしてティーコゼーを被せた。


 砂時計をひっくり返して待つ。

この茶葉の大きさなら三分でちょうどいい。


 さあ、ここからが勝負だ。

 準備はすべて済ませた。

 砂があと少しで落ちきる。



 行動開始。



 あたしはティーコゼーを取り払うと、ティーポットをぐんと振り回す。


「はあ!?」


 レブラントさんが目を剝いて顔をかばいかけるけど、あたしは一滴だってお茶を落としたりしない。


 そして砂が落ちきったとたん、振り回したティーポットをもう一つのティーポットへと傾けた!


 勢いよく落ちていく紅茶の香りが室内に広がる。


 あっという間に移し終えて、茶こしを取り払った後、あたしはレブラントさんの前に置いたティーカップをにらみつけた。


 目標設定!


「いざっ!」


 ひとつ気合いを入れたあたしは、華奢なティーポットを構えてぐるっと一回転し、勢いを利用して注ぎ入れる!


 ティーポットはいい高さで傾き、狙い違わずティーカップと注ぎ口を琥珀色の線でつなぐ。


 そして八分目になったところで、あたしは素早く注ぎ口をひるがえした。 


 もちろん一滴もこぼしてはいない。


 よしっと拳を握っていれば、壁際に寄っているレブラントさんが息を吹き返したように叫んだ。


「あなたはいったい何をやっているんです!?」

「もちろん、お茶を淹れました」

「私の知っているお茶はティーポットを振り回したりしません!」


 レブラントさんの抗議にあたしはちょっと困ってしまった。


「昔アイツベルにきた東方の商人さんから教わった茶芸という技なんです。お茶をおいしくいれて、なおかつお客様に楽しんでもらうための技術なんですよ」


 門外不出の秘技だって言っていたのに、おっちゃんは姫様を楽しませるためだ、って言ったら、惜しみなく教えてくれたんだ。


 あのおっちゃんには感謝してもしきれない。

一週間みっちりと積んだ修業は村での訓練並みだったけど、それだけの技を身につけさせてくれた。


「じゃなくて、ぜひ飲んでみてください! 今が一番飲み頃に淹れたのでっ」


 紅茶の満たされたカップをソーサーごと差し出せば、レブラントさんは半信半疑ながらもカップを取る。


 ほんっとうに、おそるおそるといった感じで傾けたレブラントさんが目を見開いた。


「おや、おいしい」


 その言葉を聞いた瞬間あたしは、拳を突き上げたくなるのをこらえた。


「お茶の温度に気をつかっていたのはわかりましたが、飲み頃にまで冷ますことまでやってのけていたのですね。茶葉の渋みを最小限に抑え、香りとほのかな甘みが十分に引き出されています。これならどこに出しても満足してもらえるでしょう」


 レブラントさんの手放しの賞賛にやったー!! と飛び上がりたいのをこらえて震えた。


 でしょ、でしょ! 女官長さんにも仕事として任されていたんだっ。

お客様の前でやるとおおって驚いてもらえるし!

 紅茶を味わっていたレブラントさんは、満足したようにカップを置いたのだが、憂い顔で続けた。


「ただ、もっと普通に淹れることはできませんかね」


 その言葉に、あたしはそっと目をそらした。


「普通に淹れるとむしろポットかカップのどっちかを割るので……」


 本当は剣みたいに注ぎ口の長いポットを使うのだけれど、今はないから簡略版だ。

 剣の扱いと似た感じだから、あたしでもポットを壊さずお茶を入れられるのである。


 カップは華奢なやつが多いから、ね、持ち上げるのは危ないんだ。


「……なるほど」


 レブラントさんの深い納得は、不本意というか素直に受け入れたくはないけど本当ではあるので何もいわない。


「まあ、淹れ方はどうあれ、見えなければ問題ないものですから。来客時にはあなたに振る舞っていただきましょう」

「えっ」


 あっさりと告げられたことに面食らっていれば、レブラントさんは眉をひそめた。


「不満でも? 紅茶のほかにも淹れられますか」

「は、はい、緑茶とコーヒーも大丈夫ですっ」

「よろしい。この城はなにせ魔族の城ですからね。食事に関しては気を使いますが、嗜好品に関しては知識の乏しい者が大半なのです。うかつに任せると魔の飲み物が出てきます」


 妙に重いため息をついたレブラントさんはただ、と続けた。


「ただ来客は少ないので月に一度、あるかないかでしょうが」


 レブラントさんの淡々とした言葉にあたしはがっくりと肩を落とした。


 まあそうだよなあ、飲む人がいないのに、淹れられる人が必要なわけがない。

 それでも認めてもらったことが少しだけ嬉しかった。


「では必要な時に呼びますので……」


 レブラントさんが言いかけたとき、ふっと部屋の雰囲気が変わった。


 シャランと鍵束がこすれる音をさせて唐突に現れたのは、シルキーのハンナさんだった。


 扉閉まっていたけどどこからはいってきたんだろう。

 あたしも寸前まで気づかなかった。

ハンナさんやりおる。


 あたしが戦慄しているのも気づかないように、レブラントさんがいぶかしげに問いかける。


「ハンナ、いったい」


 ハンナさんは案の定、無言のままだったけど、とがめるようにぐっと眉間に皺を寄せて、レブラントさんをにらみつけていた。


 その視線の強さに、レブラントさんはたじたじになる。


「私は別に、故意にやっているわけでは……なんと、陛下が!? いえ、ですがこのような娘を……あの方に近づける者が少ないのは確かですが……」 


 レブラントさんはハンナさんの言葉がわかるかのように、顔を赤くしたり青くしていたけれど、あたしには何のことかさっぱりだ。


 けれど、二人にはそれで通じたらしく、レブラントさんは苦渋に満ちた表情であたしを見た。


「……仕方ありません。本当に、誠に、不本意ですが」


 苦虫を百匹くらいかみつぶしているみたいな顔で言った。


「あなたを、陛下の部屋付きメイドにします。本当に、不本意ですが」


 不本意って二度繰り返された、って。


「は!?」

「ええ、陛下はその身に宿されている膨大な魔力のために、生半可な魔族は近づけません。私やハンナですらおそばに侍り続けることはできないのです。それでもこの城の主として、いちばんの快適さを用意したいと願っておりました、ええしなければならないのです!」


 レブラントさんの熱弁にあたしは顔をひきつらせた。


 その顔には「私がお世話できるのなら、全力でさせていただくのに!」と書かれているようだ。


 あたしの姫様愛にすら負けないほどの熱量に思わず飲み込まれかけるが、その提案はあたしにも看過できない。


「いやでもあたしをシリ……陛下につけるんですか!?」

「私だってあなたのようなぽっと出の未熟な者をつけるのは嫌ですとも! ですがそれでも! あの方のおそばには付く者が必要なんです」


 確かに王様にはそば付きがいることが当たり前だけど、それがあたしといわれればものすごく抵抗があった。


「これはハンナの提案でもあります」

「ハンナさん、が?」


 ハンナさんには迷惑をかけてばかりだったと思うんだけど?

 あたしがハンナさんを見れば、彼女はこく、とうなずいた。


「へ、陛下の許可は取られているのですか」

「……あなたのお茶がおいしいとおっしゃったのは陛下、なのだそうです」


 レブラントさんの苦々しげな苦々しげな表情に、あたしはそれが本当のことだと悟った。


 それにしても”だそうです”と言うくらいだからハンナさんに聞いたんだろうけど、どうやって聞いたんだろうか。


「たしかに、陛下は多くのものを望まれませんが、書物と嗜好品だけは欠かさず望まれます。給仕ができて、さらにブローチをつけていない状態で陛下と相対できるあなたは適任です。私情を挟まなければ。陛下おひとりで食事をさせるよりはましです」


 レブラントさんがぶっちゃけすぎていて、どう反応していいかわからない。


 なぜか、昨日あたしが帰る間際のシリウスが浮かべた、捨てられた犬みたいな表情が浮かんだ。

ご飯が待っていたので容赦なく置いて行ったけど。


 ふいに気配を感じて見れば、静かで穏やかな瞳をしたハンナさんがいて、そっと差し出してきたのは、使用人たちがしているブローチだ。


 意匠は変わらないけど、魔結晶の色は透明である。


「そのブローチが、この魔王城の使用人である証です。通常のものですと魔力を供給し、瘴気から身を守る術式を刻み込んでいますが、あなたには必要ないでしょう」


 レブラントさんの声が、頭の上をすべる。


 その色は、どこかあの魔王を思い起こして反射的に顔が引きつるけれども。


 受け取らないわけにはいかないだろう。

 それがあいつの世話だとしても、ようやく任された仕事な訳だし。


「あなたの技能向上のためでしたら協力を惜しみませんので。励みなさい」

「は、はい」

「励むのですよ?」

「はいっ」


 レブラントさんの念押しに背筋をしゃっきり伸ばしたものの。

 それつまり、最低限できるようになるまで全力でしごくとかそういう意味しかないよね。


 おのれシリウスううう!


 あたしはあの銀色髪の野郎に恨みを込めつつも、あたしは手に落としてもらえたブローチをそっとなでたのだった。




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