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1 はじまりは暗殺

ポンコツメイド、はじめました。(冷やし中華始めました的に)

 

 そんなにきらきらしてないな。

 謁見の間に、すばやく視線を滑らせたあたしは拍子抜けした。


 けどここが魔王城なのは間違いない。

 案内してくれている偉い人は、三十代くらいのちょっと神経質そうな男性だったけど、ねじくれた羊みたいな角が生えてるし。


 あたしと一緒にメイドの求人を受けた子たちも、メイド服のスカートの間から狼のしっぽが出ていたり、髪から木の枝のように葉を茂らせていたりするから間違いなく魔族だ。

 詰めが甘くても人型をとっている個体が多いのは意外だったけど。


 魔王城の謁見の間は、壮麗ではあったけれど、アイツベル王国の技術を集めて作られた絢爛豪華な装飾や、踏むのが怖いような上等な絨毯が敷き詰められてもいなかった。


 質実剛健。そんな言葉が似合うかも。

 けど、華美な装飾は必要ないのかも知れない。


 この空間の主がすべてを飲み込んでしまうから。


「魔王陛下、こちらに並びますのが、このたび魔王城に入るメイドたちにございます」

「大義であった」


 羊角を持った魔族の言葉に応じた低い声が、広い空間に響いた。 


 声だけで、ここまで肌が震える魔力を帯びているのなら、魔王と言われてもうなずける。

 男の声だけど、姫様の次の次くらいには聞き心地もいい。

 だけど、そうだ、姫様のためだ。


 あたしはまとめ損ねた黒の髪を耳にかけ直しながら、ちょっとだけ視線をあげた。


 玉座まで、数十メートル。あたしなら3歩。


「許す、(おもて)をあげよ」


 魔王陛下と呼ばれたこの城の主の言葉に、隣にならぶ魔族の女の子たちが、頭を垂れたまま震えていた。


 当然だ。だって王族の方々が、使用人程度と顔を合わせようとすること自体あり得ないことなんだから。

  うちの姫様でもない限り。


 いや、そもそも魔王城が使用人の求人広告を出していてびっくりしたけど。

 さらに言えば魔界領に村があったのも意外だったけど、パイはおいしかったし、人型で生活していることが珍しくないとわかったおかげで人間のあたしも入り込むことができた。


 あ、でも、この場合は違うのかも知れない。

 びりびりと肌を突き刺すような魔力の圧は、普通の人間だったらその場で倒れてもおかしくないレベルだ。


 あ、犬しっぽの子が倒れた。

 頭は打ってないみたいけど、大丈夫だろうか。


「御前に立てたのであれば、見所はあるでしょう。なるべく陛下から遠い職場へ配置します。さあ、ほかの二人も、顔をお上げなさい。陛下はとがめません」


 羊角の男に再度促されて、あたしはすっと顔を上げ魔王を見た。


 壮麗な玉座に座っているのは、まさしく魔王だった。

 引き締まった男の体に、まがまがしくも絢爛な装束を身にまとっているが、露出している頭部は、白銀の鱗に覆われた竜の頭をしていた。

 頭頂部にはまっすぐに伸びた角が二本のび、長い口には鋭い牙が並んでいかめしく、縦長の瞳孔をしたは虫類の目は青銀。

 座っている腰のあたりからは、同じく白銀の鱗に覆われた太い尾が伸びている。


 何よりすさまじいのは、この距離からでも分かる圧倒的な魔力だ。

 押しつけがましいわけじゃない。

 けれど、逆らう気をなくさせるようなそれは魔性と言っても過言じゃないだろう。

 思い切って顔を上げたらしい葉っぱ髪の子も倒れた。

 正面からこんなに魔力を浴びれば、そうもなる。

 見れば羊角の男性の額にも、脂汗が流れていた。


 あたしも覚悟がなければ、彼からあふれる底知れない魔力に圧倒されていただろう。

 けれど爪を手に食い込ませて耐えた。


 この場に居るのは、姫様のため。

 姫様を救うためなら、あたしは、何だってできる。

 そう――……

 どこを見ているか分からない魔王の竜頭の顔が、あたしに定められた気がした。

 青銀の瞳が、軽く見開かれる。



「あれ、君、人間?」



 行動開始。

 あたしは一気に加速した。


 体内魔力を活性、四肢にみなぎらせる。

 お仕着せられた暗色のワンピースと、白のエプロンが翻った。


「どうしたので、す……っ!?」


 止めようと出てきた羊角の魔族の腕をとり、抜き去りがてら投げ飛ばす。

 魔族はなすすべもなく壁際まで吹き飛ばされた。



 1歩。



 背後からうなり声を上げて迫ってくるのは、壁際に設置されていた獣の彫像だろう。

 魔力を帯びていたからきっとくると思ってた。


 あたしは髪に挿していた棒状の髪飾りを2本抜き、振り向きざまなげうつ。

 小さいながら魔結晶の仕込まれたかんざしは、床に突き立ったとたん術式を展開し、獣たちの影を縫い付けた。


 勢いのまま正面に戻ればブーツの靴底がきゅっと鳴る。


 私物の持ち込みを許可してくれたんだから、もしかしたら良い職場だったかも知れない。

 でもだめだ。



 2歩。



 あたしの沼底のように黒い髪が散ったが、魔王は目前だ。

 竜頭の魔王は、状況が飲み込めずうろたえているように見えた。


 いや、そんなはずない。

 あのびたびたしているしっぽも、いらだちのせいだろう。


 なぜなら魔王だ。

 アイツベルと姫様を苦しめる、最強最悪と唾棄される魔獣どもの親玉。


 姫様を救うためなら、あたしは何だってできる。やってみせる。



 そう、魔王を殺すことだって!



 3歩、あたしは床にひびを入れながら跳躍した。



「いや、ちょっきみぃ!?」


 やっぱり敵もさるもので、玉座から立ちあがった魔王の前には、一瞬で魔法障壁が展開されていた。


 道具がなければ魔法が使えない人間とは違い、魔族はその身一つで魔法を使う。

 それにどれだけの兵士が散っていったか。

 膨大な魔力がつかわれたそれは、たとえ熟練の戦士でも突破できないだろう。


 だがあたしは迷わず、握りしめた拳を振りかぶった。


 姫様への愛は、こんなものでは阻めない!

 あいにく素手だったから、全力で殴りつけたとたん、硝子の板をぶち抜いたように拳は裂けて血が飛び散る。


 けれど、魔法障壁は粉々に砕けた。


「うえええええ!?」


 魔王がずらりと並ぶ牙をむき出しにして驚きの叫びを上げた。


 ……ちょっと間抜けすぎやしないか?


 いやいやもしかしたら気のせいかも知れない。油断を誘う策なのかも。


 だからあたしは、空中で一回転し、スカートを一気にたくし上げた。

 ストッキングをつり下げるガーターベルトまで丸見えになるけど、太ももにくくりつけていた鞘から、とっておきの短剣を抜きはなつ。


 魔王がたかが短剣なんかでやられるわけがない。

 鱗だし、固そうだし。普通の短剣じゃ刃こぼれするだろう。


 だが、これは宝物庫から持ち出した宝剣だ。

 複雑な術式と魔結晶を組み込みこんだこれは、魔力を流せば、この世に切れないものはない。


 なら魔王にも通るはず!


「恨みはありませんが全部姫様のため! お命ちょうだいいたします!」

「だからちょっっ!!」


 あたしが持ち得るすべての魔力を注ぎ込んだ刃は、煌々と光を放つ。

 意識が飛びかけるが、胸の中に姫様を思うことでつなぎ止めた。


 待っていてください、姫様。

 アウラはアウローラは、あなた様を解放して見せます!


「はああああああ!!!!」


 あたしは魔王のその首へと刃を走らせた。

 岩に突き立てているような重い手応え。

 だけど、すぐさま手首を翻し、胸の中心へ体重を乗せて突き立てる。


 魔獣でも魔族でも、生物として弱いところは一緒だ。

 人型であれば、首と心臓。

 たとえ竜であろうと変わらない。今までそうだったし。


 そして姫様に祝福してもらった刃は、ありとあらゆる瘴気を浄化する。

 いわば、魔獣にとっては毒が塗り込められているようなものだ。

 魔獣の親玉である魔王だって同じもののはずだ。


 魔王の胸へと飛び込んだあたしは、刃を心臓に突き立てた。


 ぐっと手応え。


 まるでガラスが砕け散るような音と共に、膨大な魔力が拡散した。

 刃が押し返されそうになるけど、あたしは歯を食いしばってえぐるように押し込む。


 竜頭魔王の青銀の瞳に、あたしのゆがんだ顔が映っている。


 魔王が、聖女でも、勇者でも、英雄ですらない小娘にやられるなんて、物語の筋としては三流も良いところだ。


 けれどいいんだ。

 あたしは、物語にしないためにここに居るんだから。


「一緒に闇へ消えてちょうだい!」


 唐突に、嵐のような魔力の拡散が止んだ。

 同時に二つ、急所をやられた魔王は、勢いに押されるように玉座へと座り込む。


 魔力を使い果たしたあたしももつれこむように覆い被さる。

 魔王から、あれほど膨大だった魔力が感じられなかった。

 心なしか一回りからだが小さくなった気がする。


 やった。やってやったぞ!


 あたしは安堵と虚脱感に、短剣の柄から手を離そうとした。



 が、その前に骨張った大きな手に握りこまれて驚いた。



 動いたこともそうだけど、その手は鱗が一つもない人間の肌色をしていたからだ。

 ついで何かが収縮していくような音がして、はらりと白銀の髪があたしの顔にかかった。


 もちろん黒髪であるあたしのものじゃない。

 はっと見上げれば、竜頭が人間のものに変わっていた。

 白銀の髪と青銀の瞳はぎょっとするものの、よく言えば優しそう、素直言えばお人好し丸出しな顔立ちは、とても魔王とは思えない。


 けど、こいつが魔王のはずだ。

 だって今もあたしに斬られた首と、短剣が突き刺さったままの胸から、赤い血液と共にきらきらとした魔力をこぼしているんだから。


 魔王の血も赤いのか。


 あたしが絶句している中で、魔王は今までの威厳を台無しにするように、へらりと笑った。


「ええと、これは、やーらーれーたーって言うべきかな」



 失敗した。



 あたしは動揺しながらも反射的に逃げようとしたが、手がぐっと握られそれも叶わない。


 この短剣が効かないのであれば、今この場に打つ手はなかった。

 せめて自決しなければ、姫様にご迷惑をかけるわけにはいかない。


 あたしは即座に舌をかみ切ろうとしたの、だが。


「ねえ、ちょっと話をきぃ!?」


 戸惑う魔王の声をかき消すように、短剣が付き立った胸から銀色の帯がぶわりと広がった。


「っ!?」


 冴えた光を放つそれは、まがまがしくも荘厳で、魔力とも違う、膨大な力、そのもののように感じられた。

 思わずひるんで振り払おうとするあたしの手を絡め取っていく。

 絡め取られた部分から、何かがあたしという存在を浸食し、書き換えていくような感触に飲み込まれる。


 全く気持ち悪くないことがかえって不気味だ。

 体の自由がきかず、舌をかむことすらできない。


 くそ、まだ隠し球を用意していたのか、あれも全部油断させるための罠だったかこの魔王。


「いやいや判定ゆるすぎないか!? まって魔王紋(まおうもん)んん!! 取り消してくれー!!!」


 当の魔王が死ぬほど慌てていた。

 短剣突き立ったまんまなのに元気だ。


 くそう、これだから魔族は嫌いだ。

 とっとと首を落としてやれば良かった。



 こんなへらへらした野郎じゃなくて、最後に見るのは姫様が良かった。



 魔王が涙目で慌てる無様な姿を苦々しく思いつつ、あたしの意識はふっつりと途切れたのだった。



 

明日0時と7時にもう1話ずつ投稿した後は、区切りの良いところまで毎日19時に投稿します。

ブックマークなどをして、楽しみにして頂ければ幸いです。

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