壁越え
エメは壁を超える機会を伺っていた。
村の“大樹の壁”には北部と南部の2つに通行用の門が設けられていた。
生木を荷馬車が通れるような大きさにくり抜いて鉄をはめている。
門には番兵として自警団―魔物が村内に侵入できないように戦っていたり、村外から来た人物が怪しい行動をとっていないか見張っている組織―の団員が2人ずつ立っている。
何度も外に出してくれるよう頼み込んでみたものの全く相手にされず、強行突破しようとしても門の開閉をしないといけないのでそれに苦戦している間に番兵に捕まっていた。
エメは村の北部3階建ての屋根の上で自警団員が一番少なくなる時間を狙っていた。
今回は門を潜るのではなく、壁の上から抜けようとしている。
壁には歩哨がありそこからよじ登れば幹の天辺に行くことは可能である。
そして保証は村の上に張り巡らされている空中回廊にもつながっており、近くの家から階段を伝って駆け抜ければ空中を警備している自警団員を振り切ることは可能なように思われた。
樹と樹の間に張り巡らされている回廊は、細かくて頑丈な木材を隙間なく組み合わされて出来ており柔軟性がある。
そのため回廊の距離が長くても、大の大人が10人歩いてもたわむだけで折れることはない。
走っても何の支障もないことは既に確認してあった。
視界にいる団員がエメが走るであろう通路からできるだけ離れた時に、家の屋根から架けられている簡易
階段を一息で昇り、空中回廊を駆けていく。
「おい! エメだ! アイツ、また壁越える気だぞ!」
すぐさま自警団の一人にエメは見咎められた。
増援が集まってくる前に一気に抜けてしまいたい。
「またいつものか。おーいエメや、頑張れよぉ」
地上から老人が別段大声にすることもなく、エメに向かって声を投げた。
「あんた、応援してる場合か!?」
最初に声を張り上げた自警団員が下に突っ込みを入れる。
その間にもエメは距離を詰めた。
団員の大声を聞いたのか巡回していた他の団員もエメの姿に気づいている。
しかし目の前にいるのはまだ一人だけだった。
「今日こそは通らせてもらうからね!」
「だから村の掟で駄目だっていつもいってるだろ!」
「それならなんで駄目なのか理由くらい言ってよ!」
2,3言やり取りを交わすともう捕まえられる範囲だ。
エメは直前で一瞬静止した、その様子に驚いた団員は一直線に手を伸ばした。
手を前に出す動作に合わせるかのように前へ大きく跳躍して大人の背丈を超える。
「アッ……」
そのまま団員を置き去りにした。
しかし前方には別の団員が待ち構えている。
エメは左に曲がる空中回廊の方へ向かった。
「うそっ」
今度はその回廊には団員が3人列をなしている上に飛んでも越えられない
「おとなしくしな!」
「いやだ!」
エメは前の1人に突っ込んだ。
手が届く直前に空中回廊から飛び降りる
「ばか!そんなことしたら」
しかしエメは飛び降りて腕を回廊の端にひっかけた。
手に力を込め降りる力と前方へ向かう力を利用した。
回廊は大きくたわんだが、反動でエメの体は上方向へと投げ出される。
螺旋を描くようにエメの体は宙を舞って、3人の後ろの空中回廊へ着地した。
「ウソだろ……」
そのまま、壁の方へ駆けていくエメ。
あと少しで壁の歩哨にたどり着けたのだが、回廊にまた何人も団員が立ちふさがる。
迂回して他の回廊から向かうがそこから先へはどうしても行けなかった。
少ない人数でもエメの動きを先読みして常に行く手を塞いでいた。
「おとなしく捕まって怒られるんだな」
「できないわ。だって、今回は外へ行くのを諦めるにはいけないもの」
エメは回廊の三叉路にいた。
三方からそれぞれ大人たちが2,3人ずつにじり寄って包囲網を狭めている。
「だから一旦撤退!」
そう叫ぶとエメは三叉路のすぐそばに生えていた大樹に飛び移った。
樹には梯子がかけられていたが、一段一段足をかけて降りることはせず、飛び降りて落下の勢いが大きくなりすぎる前に再び梯子に捕まって降りてを繰り返し、みるみる下に着地した。
地上に降りると建物や木の陰に隠れながら、団員たちの追跡を免れようとした。
そして現場からある程度離れると樹の洞に体を入れてやり過ごした。