竈の主
改稿しました2019/04/30
投稿作業がとても楽になったサクラマクロに感謝です。
窓から差し込んでいる木漏れ日を浴びてエメは目を覚ました。木漏れ日は彼女を包み込んでくれるように柔らかで、直前まで見ていた悪夢を想起させるものなど何もなかった。自室を見回しても使い古したクローゼットや大きな窓があるばかりだった。
体を起こして窓の外に目をやると、まだ朝早くだというのに、もう遊び始めている子供達の楽しそうな姿が見えた。近所に住んでいるタクやシラハ達がごっこ遊びをしている。タクが手を地面にくっつけ、他の2人に対して可愛らしく威嚇をしている。きっと獣型の魔物を真似しているのだろう。対してシラハはそこらで拾ったであろう木の棒を構え魔物を討伐する聖贖者、もう一人のカナンはシラハの影に隠れ怯える、ふりをする村人の役割を果たしていた。3人とも木漏れ日の中で大仰に口と体を動かしていた。
私も昔はあんなごっこ遊びやったなぁ、とエメは微笑みながらそれを見遣っていると、それに気づいた3人が2階にいる彼女に向けて手を振っている。エメも窓越しに手を振り返した。きっと子供たちはめいっぱい遊んだ後、服を汚したことを怒られながら両親と朝食を共にするのだろう。10年近く変わらない平和な光景。母が恐ろしい魔物によって死に追いやられたことが嘘のようだった。
「夢、だったらいいんだけどなぁ」
そうエメは一人ごちる。ベッドから起きだして、手早く着替えを済ませた。赤いラインの意匠が入ったお気に入り。春の暖かな日差しに合わせた活動的な服装がエメは好きだった。
手すりに掴まりながら、静かに階段を降りていく。家の中からは衣擦れ以外の音がしなかった。今を抜け台所に入るとエメは無言で朝食の支度を始めた。幼い頃料理の匂いにつられ、エメのつまみ食いを諌める母の姿はない。笑いながら料理を教えてくれた母も、火打石で火が起こせず頭を抱えてうなっている父も今となっては遠い思い出だった。台所は窓から差す朝日を受けて机と漂う埃が寂しそうに煌めくばかりだった。
いけない、とエメは我に返る。悪夢に引きづられて気持ちが沈んでしまっていた。両手で頬を軽く叩き、「よし」と呟いた。母が毎日作っていた食事も今は自分が責任を持って作らなければならないのだ。いつまでも暗い気持ちをひきづってはいけない。母も言っていた、「陰鬱な気持ちが病を呼び込む」と。だったら毎日を笑って過ごしていかないと。
竈の灰を掻き出してから、近くの街で仕入れてもらったキャベツ、おすそ分けしてもらったゼンマイ、イタドリ、フェクトの実などを適当な大きさに切って鍋に放る。
「これに豚の燻製を入れて煮込めばスープは問題ないよね。」
香りづけに少量のアオノメの葉とハーブ、味付けに塩コショウを加えた。
「あとは、火を入れるだけ。入れるだけ……」
そう一人ごちたエメは先ほどの暗い顔と打って変わって緊張した面持ちになる。鍋の下にしゃがみ込み、そこにある竈の奥をのぞき込む。薪を入れた後、本来なら火打石で竈に火をつけるのだが、エメの手には火打石などなかった。代わりにてのひらを胸の前に突き出して目を閉じた。繰り返し言われた言葉が自然と口から漏れてきた。
「大丈夫、師匠に言われたとおりに、頭の中で炎を思い浮かべればいいのよ」
そうして少しの間エメの体は微動だにしなかった。そしてゆっくりと目を開けるとエメの周りの空気の流れが変わった。エメに合わせて乱雑に動いていた細かな塵が、ゆっくりとエメに向かっている。普段は見えないはずの細かな粒子は窓から入ってくる日差しを受けて輝いている。そしてエメ近くまで来るとエメの周りを渦状に漂い始めた。塵はやがて竃に向かって突き出しているエメの手に収束し始めた。その間も彼女は静かに薪のあたりを見つめている。
しばらくするとエメの掌の先に火花が散った。火花はぽつんぽつんと薪に小さな黒斑点をつけるだけだったが、次の瞬間火花は火の玉になった。火の玉はそのまま落ちることもなく、空中に静止してゆらゆらと妖しく揺らめいていた。火幽のようにエメの掌と距離を保っている。彼女が手首を返し、手を払う仕草をすると静止していた火の玉もその動きに合わせるように竃へ放り込まれた。
「ふぅ……」
ここまでやってようやくエメは方から力を抜いた。熱気に当てられ流れ出した汗を腕で拭う。これがエメの日課としていること。魔法士の師匠に言いつけられていること。魔法の鍛錬だった。
竃に入れてあった薪にあたった箇所から少しずつ火の手を上げ煌々と燃え盛っていた。
補足事項
魔法①:この世界では気軽に習得できるものではありません。術者は起こしたい現象を想像し、それを体内の魔力で形作ります。そのためにはまず物質の構造や現象の発生要因を知らないといけません。早い話がHU〇TER×HU〇ERの具現化念の修行のようなことをやらないと魔法を扱うことはできません。