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デプレッション&ワンダーラスト ~心に宿る病と旅への憧憬 ~  作者: 石森ライス
大樹の村と一人の少女
16/23

鎧熊

「今のって!?」


「薬草を特殊なやり方ですり潰して瓶の中に入れたものだ。空気に触れると瞬間的に燃え上がった爆風を

生み出す。持ってきておいて正解だったな」


「それ先に言ってよ!ガラスの欠片で切り傷だらけなんだけど!」


走りながら唱えたエメの抗議にピナは手をあげて制した


「あいつらに足止め食らって囲まれるよりはマシだ。逃げられたら後で塗り薬塗ってやるよ」


「二人とも無駄口叩いてないで逃げることに全力注げ。逃げ場なくなったら本当に終わりだぞ」

コボルトを倒すために離れていたアルモドがようやく合流してきた。走り込んで斜め前方にいたワーウル

フを切り倒した。


「あと少しで森を抜けられるぞ、急げ!」


エメが辺りを見回すと先ほどまで薄暗かった森の様子が少しずつ明るくなっているように思えた。


しかし周りに気を取られているとカシュウ背中にぶつかってしまった。


前を見るとカシュウをはじめ3人が立ち止まっていた。


「どうしたの皆?」


そう言いながら、エメが前を見ると状況が一瞬で理解できた。


「嘘だろ、なんでこの辺にあんなデカイのがいるんだよ」


前方に突如として現れたのは、巨大な鉄塊だった。


シルエットは熊に近い。


四つ足で静かに立ち、ずんぐりとした胴体があり、突き出した鼻と耳のような物も見て取れた。


大きさが野生の熊の3倍ほどあるのを除けば熊ではあった。


しかし野生の熊と決定的に違うのは、“それ”は体のあらゆるところに鎧を身につけていることだった。


この姿にエメは覚えがあったが、今まで村の外に出たことのないエメにとって魔物と遭遇する経験などはなく、事態にますます混乱するばかりだった。


熊はこちらには近寄らず静かに前方に立ちふさがっていた。


こちらから近づけば間違いなく襲われる。


そういう直感が働いて4人は動くに動けなくなった。


そうするうちに後から追いかけてきた魔物達にも囲まれてしまった。


追いついた魔物から4人を襲う。襲ってくるのが2、3匹のはじめのうちは対応が間に合った。


アルモドとピナが応戦し、エメとカシュウは辺りを自衛しつつアルモド達に次の魔物達がどの方向から近づいてくるのか知らせていた。


しかし体力も徐々に消耗し劣勢に追い込まれていく受け太刀を失敗して体勢を崩してしまったアルモドにすかさず2匹のグレムリンが噛み付こうと距離を詰める。


噛まれる瞬間、間に割って入ったのはカシュウだった。


左腕にグレムリンの鋭い牙が深々と刺さる。


右太腿はもう1匹の爪によって切り裂かれた。


「カシュウ!」


それを間近で見ていたアルモドはすぐにグレムリンの胴体を両断し、カシュウに駆け寄って抱き起こそうとするが触れる前にピナの怒号が飛んだ。


「触るなアルモド! 魔物に傷つけられた者を触ったらお前も“感染”するんだぞ! 混乱するな!」


そう言われた我にかえるアルモド。


手を止めて再び剣で魔物達を切り結ぶ。


しかしやはり状況は変わらない。


襲ってくる魔物の数も増えていき、ピナが倒れ、エメを庇ったアルモドも倒れた。


一人立ち尽くすエメに興味を持ったのか、それまで成り行きを見守っていた鎧グマが猛然と駆けてくる。


右足から繰り出される最初の一撃はなんとか避けることが出来た。


つい二撃、三撃目と初めての魔物との戦いにしては体が動いていたエメだったが、もはやそれまでだった。


三撃目を咄嗟に地面のぎりぎりまで伏せてやり過ごしたがそのせいで体勢を元に戻す頃には次の一撃がもう避けられないほど間近に迫っていた。


そうして思い出す。


この魔物だけは見たことがある。


そうそれは母との死別の時。


時折見る夢の最後の部分、黄色目をした魔物に母が切り裂かれるところ。




母を殺したのは目の前にいる鎧熊だった




かろうじて熊の腕の一振りを避ける。


採集の時に役に立つかもと思って持ってきていたナイフでなんとか熊の外皮に突き刺そうとするが、金属音がなったと思ったらナイフはひしゃげてしまった。


どうにかしてこの熊を追い返さないと。


そうしなければ倒れている3人の命が危ない。


熊に傷を与えられるものなにか。そう考えた時にとっさに思い巡らしたのは剣だった。


さっき出した炎の剣。あれをもう一度出せれば撃退できる。


集中しろ。


集中しろ。そう自分に言い聞かせ右手に剣の形をした炎を思い浮かべた。


手にはまだ炎剣はない。右手を熊の体に向けた。


「出ろぉ!!」


チリッ。火の粉が掌から出たかと思うと次の瞬間、巨大な火柱がエメの手から迸った。


炎は瞬く間に熊の全身を覆う。


木や草が焼けこげる匂いがした。熊も時が止まったように動かなくなった。


けれども、それだけだった。


火柱が消えると、煤を体に残しながらも熊は何事もなかったかのように動き始めた。


失敗した。


たしかに炎は出せたが、剣の小さな像にまで圧縮することは出来なかった。


焦りすぎたのだ。極限まで集中が必要な魔法なのに、初めて本当の戦闘をしたエメにはそれが出来るはずもなかった。


一足で熊は間合いを詰め腕を上段に振り上げた。


熊は殺す相手の目を捉えている。その黄色い目を見ると頭の底にある記憶が思い起こされた


「あの時の、お母さんを……」


かろうじて体を捻ったが、左肩はに爪が掠った。


それだけなのに衝撃で吹っ飛び木に叩きつけられる。あまりの痛みに意識が遠のいた。


視界も暗転したり、かろうじて熊の姿が見えたりチカチカしている。


熊はのそりとエメに近づきトドメを刺そうと、鋭い牙を最短距離でエメの首元に伸ばした。


死を覚悟して目を閉じた。


しかしいくら待ってもその感触はない。思い瞼を懸命に持ち上げ見えたのは白衣の後ろ姿だった


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


炎が見えた。


青年は花を探していた。


街の酒場で聞いたこの山周辺でしか採れないアクロシェの花だった。


花を取り終え、街に帰ろうとしているところ、たまたま木が生えておらず見晴らしのいいところから空に向かって巨大な火柱が斜めに立っていた。


噂に聞く、グラド王の反転生した姿、ドラゴンがこの近くにいるのかもしれない。


北の首都はドラゴンによって甚大な被害を受けたという。


そんな強大な魔物を放っておくわけには行かない。


そう思って白衣の青年は炎が見えた方向へ駆けて行った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


白装束の大男は背中に手をやって、おぶっていた巨大な布の塊を取り払った。


よく見ると肩から見えるのか所には柄になっており、布の塊に見えたものは刃渡りが人の背ほどもある大剣だった。


太腿ほどの幅のあるその大剣は、その重厚さから常人には持つことすらよういにはできないことが伺える。


それなのに、大男はそれに重さのないかのような身軽さで鎧熊に向かって構えた。


鎧熊もその剣の存在感に警戒したのか、姿勢を低く保っている。


時が止まったかのような静寂の後、獣と男は金属音を響かせながら真正面からぶつかり合った


鎧熊の表面に剣がぶつかり森中に響き渡るような金属音がする。


腕の鎧にも、大剣にも刃こぼれらしきものはついていない。


「硬いな」


横に薙いだ大剣を今度は体ごと一回転させて反対側の左腕の鎧に叩きつける。


遠心力に任せた一撃はさらに大きな音を鳴らす。


斬るよりもその質量に任せ衝撃で熊が後ずさるが負けじと、大男に顔を近づけ噛み付こうとした。


大男は剣を手放し体を地面すれすれまで沈めやり過ごした。


かと思うと両腕をバネの要領で思い切りつっぱりその勢いで鎧熊の顎を蹴り上げた。


前足が浮いている間に大剣を拾い顎をめがけて下から上へ打ち払った。


金属音がしたが今度は顎の鎧にヒビが入っていた。


「なるほど。体の裏側の強度はそれほどでもないのか」


鎧熊は唸り声を上げ再び低い体勢を取る。


男はこれに対して左手を突き出した。


すると熊の腹と地面の間で爆発のようなものが起きる。


炎が上がるわけではなく、空気を狭い所に閉じ込めて一気に解放したような、突風に似た何かだった。


熊に目立った損傷はないものの男の仕掛けた何かを恐れたのかすぐさま動き出した。


その動きに合わせて男が再び剣を顎めがけて打ち上げた。


今度はすぐさま二撃目を一撃目と同じ場所に加える。


熊の鎧が砕け赤い血が流れ出した。3撃目は剣を直角に突き立てた。


あれほど硬かった表面をやすやすと貫きそのまま腹まで引き裂いた。


鎧熊は体を両断されると弱い鳴き声をあげて地に伏した。


大男の白装束は返り血を浴びることもなく純白のままだった。



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