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デプレッション&ワンダーラスト ~心に宿る病と旅への憧憬 ~  作者: 石森ライス
大樹の村と一人の少女
1/23

母との記憶

改稿しました。2019/04/30

改行の仕方を変えてあります


テーブルに置かれた蝋燭の明かりに照らされ、2つの人影が炎に合わせて揺れていた。家の外から遠雷のように響いてくるのは男達の怒声と、断末魔と、魔物の咆哮だった。怒声は大きくないが絶えず聞こえてくるのに対し、咆哮は時折しか聞こえない分家の中まではっきりと聞こえてきて、じっと耳を傾けている2人には嫌に印象に残った。一方の影は咆哮が聞こえる度に、縮み上がり身体を縮こませ、次の咆哮が聞こえるまでに少しずつ元の大きさに戻るまでを繰り返していた。




 人影には大小があった。そのうち小さい方、エメは椅子に座ると足が地面につかないくらい小さい。嵐の到来を期待するように、不安とほんの少しの楽しさをないまぜにして、ぶらぶらと揺らしていた。村の外に出たことがない少女にとっては、魔物が自分たちにどんな恐ろしさをもたらすかを実感することはできなかった。


冷え込みの厳しい冬の夜で、エメは湯気が立ち上るスープの入ったボウルを掌で包み込み、かじかんだ指を温めている。外から低い唸り声が聞こえてきた。決して大きくはないのにその寂しげな響きがいつまでもエメの耳に残っていた。


「お母さん、マモノって悲しいのかなぁ」


少女は内緒話をするようにヒソヒソ声で話しかけた。


「どうしたのいきなり?」


母であるスリールには聞こえなかったらしい。どこからそんな考えが浮かんできたのか困ったように娘に問いかけた。


「マモノって誰かが悲しくてなっちゃう姿なんだよね? そしたらマモノもずっと悲しいままなのかなって。誰かだった時の悲しい気持ちを引きずって、別の誰かに八つ当たりしちゃうのかな」


母の困惑に気づかず、そのまま聞いてくる。けれども4歳の子供なのに、その問いかけは他人のことを理解しようとしていてませていた。


「それはこの世界に生まれた人間なら誰でも考えることなのよ。けどね、魔物に感情なんてないの。人が魔物になったらそれで終わり。魔物と元となった誰かとは別なのよ。例えばお母さんが“病”かかって魔物になって死んじゃったとするよね?」


「そんなのやだよ」


急に不安そうになるエメ。


「たとえば、よ。そんなこと絶対ないから安心して」


「……うん」


うつむいたエメの瞳には、テーブルの上に乗せられた母の指先が映った。


「もしも私が魔物になったらあなたやお父さんを襲うようになるでしょう。近くに住んでる人、あなたとよく遊んでいるアルモドやカシュウ、ピナ、そしてそのお父さんお母さんたちみんなまとめてね。私はそんなことしないけど、私がなった魔物はする。なぜならお母さんと魔物は全然違うから。お母さんが魔物になったら戦士であるお父さんは魔物を殺しても文句を言われないし、またそうするべきなのよ」


「でも……」


「エメにはまだ完全には理解できないかもしれないわね。でも少しずつ分かればいいのよ。あなたが綺麗なお姉さんに成長するまで少しずつ今夜私が言ったことを飲み込んでいけばいいのだわ」


そう言って、母は身を乗り出してエメの髪をすくように撫でた。撫でられる感触が気持ちいのか少女は先程まで寄せていた眉根はほぐれ、おとなしくされるがままになっていた。


「うん……」


納得ができなかったエメだったが。話題はどんどんそこから離れていった。


「お母さん、ほんとうに今夜、村の中にマモノは入ってこないの?」


幼いエメはクコの実のスープをすすりながら、テーブルの向かいに座っている母に問いかけた。母は、前に垂れた銀髪を横に掻き分けながらテーブルに頬杖をついて少女に微笑みかける。娘の眼からすれば母のその微笑はすべてを包み込んでくれるような包容力がある。かじかんで震える指先も食器からじんわりと伝わってくる暖かさで落ち着きを取り戻した。


「大丈夫よ。今晩はお父さんが村の門を守っているんだから」


「そうよね、お父さんがマモノたちに負けちゃうはずがないもの」


「そうよ。お父さんは村の中で一番強いんだから。とってもとっても強いから、村の中にいる私たちは勿論、お父さんと一緒に戦ってくれている村の自警団ヴィジランテの方たちだってまとめて守っちゃうんだから」


母の力強い物言いと身振りで父の無事を納得しかける小さなエメだったが、ずずずと飲んでいたクコのスープが熱くて驚いた拍子にまたすぐに不安が心の中へ押し寄せる。


「でもでも、お母さん。どんなにお父さんが強くたって相手はマモノだよ? マモノっていうのは体にとっても怖い“病”が隠れてて、マモノを触ったりしただけでもその“病”をもらっちゃうんだって。長い間苦しんで、最後には“反転生”しちゃうんだって」


娘が自分が教えていないことを言い出して、母はすこしばかり表情を変えた


「驚いたわ。よく知っていたわね」


するとエメは口を大きく開け、足をばたつかせながら、両手は大きくバンザイをした。顔いっぱいの笑顔で母に知っていることを自慢した。その姿はまるで主人の褒めて欲しがる犬を連想させて可愛らしかった。


「すごいでしょ! アルモドのお父さんがね、教えてくれたの!」


「なるほど、でもよくそんな難しい言葉を覚えてたわね。偉いわ」


そうして、話題は仲良くしている友達、アルモドやカシュウ、ピナたちと遊んだことへと変わっていき日常のたわいのない話が続いた。ピナが魔物役、カシュウとエメが村人、そしてアルモドが“聖贖者“として襲われた村人を助けるというごっこ遊びの話だった。「本当は私が聖贖者役をしたかったのに、くじ引きでアルモドがその役になってしまった」と不満そうに幼い頃のエメは言う。そのコロコロ変わる娘の表情を見ながら母が時々相槌を入れる。外からは異質な音が絶え間なく聞こえてくるのに、2人の間には永遠に続くような穏やかな時間が流れていた。


ふいに村中を響かせるような低い唸り声が聞こえた。次いで何か大きいものが破壊されたような音が聞こえてくる。エメは聞いたとたん体を強張らせ、すぐ近くまで魔物が近づいているんじゃないかと疑って辺りを見回している。泣きだす寸前で、すでに目尻に涙が溜まっていた。


「お母さん……」


「大丈夫よエメ。お母さんね、ちょっと外を見てくるからエメはここで待っていなさい」


席を立つ母スリールにエメが椅子から飛び降りて駆け寄っていく。


「お母さん、わたしね、おっきくなったら聖贖者になりたい!」


「いきなりどうしたの? 」


「だってこんな時に聖贖者がいてくれたらお母さんも安心するでしょ? 私、お母さんを安心させたい!」


スリールはエメのほうに振り返り、髪をなでた。


「ありがとうエメ。私を励まそうとしてくれたのね」


その姿に何かを感じたのか、膝をついてエメを抱きしめながら語った


「もしお母さんがいなくなってもこれだけは覚えていてね。さっきの“病”の話ね、“病”は辛い記憶や後ろ向きな感情を食い物にするわ。だからもし“病”があなたを苦しめるようなら生まれてきて良かったと思えた場面を思い描きなさい。昔の影を見るのではなく、今の自分を支えてくれる周りの友達を想いなさい。そしてこれからあり得る楽しい未来を思い描きなさい。」


急に難しい話をされたエメは不審に思い、怪訝な顔をした。不気味な胸騒ぎがする。


「ほんとうに大丈夫なの?」


「大丈夫よ。お父さんを信じられるなら、お母さんだって信じられるでしょ?」


「うん……でも気を付けてね。ほんとうに気を付けてね」


「大丈夫よ。あなたのお母さんはあなたのお父さんと同じぐらい強いんだから」


エメに家の中にいることを誓わせ、玄関へ駆け出した。今にして思えば母は父の身に何かがあって門が破壊されたのではと考えていたのかもしれない。少しでも早く村の門までたどり着ければ父を助けられるかもしれない。その推測は概ね合っていたが、誤算が一つだけあった。


スリールは家の扉を勢いよく開けた。


 スリールの目の前に巨大な黄色い目が、扉の前に立つ母を睨み付けていた。松明の明かりもない闇夜なのに、ぼんやりと光るそれは1つが人の頭ほどもある大きさだった。固まる母を尻目にふいに瞳はふいに扉の外へと消えていく。違う、瞳の主である巨大な魔物が立ったのだ。部屋からはスリールの後ろ姿と魔物の表皮がわずかに見えた。毛皮というよりも甲冑のような金属光沢を放ち、部屋の蝋燭の明かりを照らし返していた。


一瞬だったのか、それとももっと長い間固まっていたのかわからない。その膠着状態を断ち切るように、鼓膜が破れるような野太い鳴き声が聞こえた。次の瞬間、家は魔物の一振りで粉々に砕け散る。扉も壁も一緒くたに。扉の木片もエメが座っていたテーブルにまで届くが、幼いエメは怯えてちぢこまっていたためにテーブルの陰に隠れて当たらなかった。




その後のことをエメは覚えていなかった。当時の様子を知る大人によると、エメが発見された時既に魔物の姿はおらず、半壊した家と、なきじゃくる女の子、そして瀕死の母スリールだった。スリールは懸命な治療を施されたが“聖贖者”の到着が間に合わず魔物になった。





この欄には本文で描写しきれない

補足や、裏設定などを書いていこうかと思います。


この回は主人公エメが見ている夢の描写です。

なぜこんな書き出しになっているのかは話が進むにつれて書いていこうかなと思っています


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