闇は笑う
「あ、おいで。おはよう、るーくん。」
「なうー」
執事に起こされた私が廊下を歩いていると目の前に白い猫。
彼の名前はヘイル。私はるーくんと呼んでいる。
るーくんは賢いので、声をかけるとゆったりと寄ってきてくれる。
抱き上げて喉元を擽れば、青色の目を細めて心地よさそうに喉を鳴らす。
それと同時に首輪に付いた小さな鈴も鳴り、なんとも心地よい。
るーくんを抱いたまま、食堂へ入るとふわりと広がるいい匂い。
るーくんもごはんがあるのだろう、するりと手元から抜けて行ってしまった。
広い部屋、大きなテーブル、一人分の食事。
お父さんもお兄ちゃんも忙しい。忙しいのは知っている。
だから仕方ない。だけれど、やっぱり寂しい。
椅子に座ると隣には司が居てくれて、熱い紅茶を淹れてくれていた。
優しい香りだ。
「本日はカモミールに致しました。」
見上げると、いつも通りの優しげば笑み。
ぱりっと着こなした燕尾服に、黒い髪はオールバックにかっちりと固められている。
歳は確か、そんなに変わらない。
いつの間にかすごく大人びている。
「ありがとう、いただきます。」
以前、一緒に食べようよと誘った時、すごくお小言を言われたので大人しくひとりで食事を始める。
お小言っていうのは、身分がどうのとか。
そんなの気にしていないのに、そうはいかないらしい。
そもそも小さい頃は司も紬ちゃんも一緒に遊んだりしていたのに…いつからだろうか、2人と『友達』という関係ではなくなったのは。
体質上、友達の少ない私にとって2人はとても大事な友達だったのになぁ。
「……ん。」
サラダを口に運び、はたと気付く。
「…味、いつもと違う。」
「…流石は日向さま。今朝は、昨日まで見習いだったものが朝食を作ったと聞いております。お味はいかがでしょうか?」
私は野菜がたくさん使われたドレッシングが大好きで、出来るだけそれを希望している。
今日のドレッシングもそれで、野菜がたっぷり使われている。
だけどいつもよりもドレッシングに使われている野菜の大きさにばらつきがあって、食感が楽しい。
敢えてそうしていることがよく分かった。
「うん、美味しいよ。司、その人にそう伝えてくれる?」
「えぇ、もちろん。お伝え致します。」
いつもと違う人が作ったとわかった上で食べているとどの料理も違いを探しながら食べてしまう。
それが少し楽しくて、あっという間に食べ終えてしまった。
いつもの料理ももちろん美味しいけれど、今日の人のごはんもとっても美味しかった。
そっと手を合わせ、ごちそうさま、と呟く。
殆ど空になっていたカップに新たな紅茶が注がれる。
「それでは、本日の予定ですが。日中は書類の確認とサインをお願い致します。夜にはイギリスより、フォーサイス家のご子息さまがいらっしゃいますのでお食事をご一緒してください。」
「えー…エドガー来るのー…?」
時折、我が家には人が来る。
その中でも私が苦手とする人、それがエドガー・フォーサイス。
ねちっこくて遠回しで嫌味っぽくて…まぁ、私たちの『種族』らしいといえばらしいけれど。
「はい。…それで、お食事ですが……」
「いいよ、ローストビーフでも出してあげたら。」
「……しかし…」
「ここは私の、香坂家の屋敷だよ。香坂家のルールに従ってもらう。」
はっきりと言い切り、笑顔を返す。
司は少し不安そうだったけれど、すぐに笑い返してくれた。
さて、今日も頑張ろう。