カサネ【2】
噂は風よりも早く駆け巡る。限界だと思ったのだろう。このあたりで一番の年寄であるワコウが女たちを集めた。結びの儀の日でもないのに人がこんなに密集するのは珍しい。目が離せない子どもたちも連れてきた女も多く、カサネは守るように腹を抱く。きゃあきゃあとはしゃぐ子供たちの声が、響いてくる。
「――もう、聞いておろう。異形の子どもが生まれた、ということについて」
騒がしい中にもワコウの声はよく響く。
誰も返事をする者はいなかった。みな、食い入るようにワコウを見つめる。腹が膨らんでいる女もいる。生まれたばかりに見える龍や女を抱く女もいる。まだ結びの儀を終えていないような、髪の長い女もいる。
「結論から言うと、異形の子が生まれることはあり得る。長い歴史の中で――昔からそのぐらいの割合で産まれておったのか、減っているのか増えているのかはわからぬ。じゃが、儂の知る限り…ふたり、は、生まれておる。竜のような女と、女のような竜じゃ」
ひ、と誰かが息をのむ声がした。だれも何も会話をしていないのに、ざわ、と空気が動く音がする。
「そのうち一人のことは、まだ儂も幼かった故何がどうなったかは知らぬ。が、もう一人は死んだとされておる」
「…死んだ…というのは、その――」
言いにくそうに一人の女が口を開いた。彼女の腹は、まん丸に膨らんでいる。
「生き延びることが、出来ぬのでの」
ワコウはそう呟くように、けれどはっきりとした声で言った。でも、という声が二、三か所から浮き上がる。
「――星を狩れない男が。竜の手入れを出来ぬ女が、何の役に立つ?」
「死ぬ…」
カサネの横でミノリが呟くのが聞こえた。
「死んだというのは、どういうことですか? 死んでしまったということですか? それとも――」
「川に沈めたとか、山に捨てたとかとも聞いたがの。あとは…この、首の部分を握ると人も、竜も死ぬそうじゃ。そうして、死なせたという話も聞いた」
みな一様に首に手をやり、それから痛々しそうな顔になる。カサネも同様に首に手を触れる。ここを握ると、死ぬ? そんな簡単に? ちら、と近くで寝そべる幼子を見る。大人の――特に竜の首は確かに太いが、生まれたばかりの赤子の首はひどく細い。握ることはたやすく思える。けれど。背中に何か冷たいものを感じた気がして、カサネは自らの体を抱きしめる。交差した腕の下で、ぽこりと子どもが動く。
「けれど」
と、ワコウは言う。
「どんな子が産まれるかは、もとより月の神しか知る由のないものじゃ。女か竜か。不器量か器量よしか。爪が鋭利かそうでないか。そんなことは産んで育ててみなくてはわからぬ。短命な子供もいれば、儂のように長生きをする者もいる。――そうであろう?」
彼女は、とカサネは思う。その、死んだという子どもが短命だというのだろうか。
あの、とカサネは思わず声を上げた。何を言うか、自分でもよくわからぬまま唇が動いて音を吐き出す。
「その子を――その、途中で死んじゃったらしようがないですけど…その…育てることって、できない、んですか」
ワコウは静かにカサネに目を向ける。
「…育てる。何のために?」
「なんの――」
カサネは口をつぐむ。
「知っておろう。月の神は、女と竜の数をそろえる。どちらにせよ、無理だとは思わぬか。万一その子が、月の神のもとにあったとしても、なかったとしても」




