カサネ【1】
カサネはゆっくりと、腹をなでる。
あまり出歩くなと、心配性の夫である亜麻には言われているが、それでもじっとなどしていられない。腹の中ではぽんぽんと何かが弾むような感覚がある。
ここ二、三日雨が続いていたため、久しぶりの晴天の日だった。足元の草にはわずかにしずくが付着していて、足首に優しくまとわりついてくる。
カサネは、雨が降る前の日――つまりは確か四日前のことを、思い出していた。
あの日は、明るい原っぱの中に、数人の女たちが歩いていた。そのうちの一人がこちらを見ながら手を振った。ミノリという名の女は、カサネよりも一回りほど大きな腹を片手でなでていて。
「カサネちゃんも、だんだんお腹が大きくなってきたね」
ふふ、と笑いながら彼女は言う。二人で連れ立ちながら、ゆっくりと乾いた緑の中を歩く。たわいのない話――うちの夫は世界一というとろけそうな話がほとんどを占める――の合間に、ふと、ミノリは言う。そういえば幼いころに、ナオ姉さまに聞いたんだけれどね、と前置きをして。ナオ姉さまというのは彼女の実の姉で、今は隣の集落に嫁いでいる人間のことだ。
「――お腹の子が男の子か女の子か、お腹の形を見るとわかるんですって」
「えっ?」
「お腹が尖がっていれば男の子で、まん丸だったら女の子なんですって。竜にはしっぽがあるでしょう?だからみたいよ」
へええ、とカサネは声を上げる。短く切った髪が、耳元を優しくなでる。
「ミノリちゃんは、女の子みたいだね?」
ミノリの腹に触れながら言うと、彼女は、そう見えるわよね、と言って笑った。
「カサネちゃんもきっともう少し膨らんで来たらわかるよ」
そう言って彼女は笑った。優しい、「おかあさん」の顔で。
そして――。
カサネは、ぎゅ、と目をつぶる。長い着物の裾がじんわりと濡れてわずかに重い。地面から、引っ張られているようだ。
あの時。軽やかに笑っていた二人は気づかなかった。それがどこからか生れ出ていたことに。――雨の中、その事実はあっという間に集落中に知れ渡った。
異形の子が生まれたということ。
生んだのは、ミノリの姉の、ナオネだということ。
生まれたのは、まるで人間の――女のような性器を持っていて、龍のような見た目の子どもだということ。
「元気がないな」
亜麻に言われて、カサネは首を横にぶんぶんと振る。竜の社会のほうでは、まだあの噂は流れていないのだろうか。もとより女たちと違って竜たちはあまり交流を好まない。協力して何かをすることもないし、言葉を交わすこともほとんどない。
ナオネの夫の名はなんと言っただろうか。彼は今も、空で星を狩っているのだろうか。
(…そうだよね、ほかにも子供はいるんだもん)
確かナオネにはほかに子が二人ほどいたはずだった。竜と人が、一人ずつ。
心配そうにこちらを見る亜麻を元気づけるようにカサネはニコニコと笑って見せながら星をなでる。優しい色のそれは、亜麻がカサネと腹の中にいる子の両方のため、必死にとってきたものなのだ。
「いつもありがとう。大好きよ、亜麻」
そういって亜麻の鬣をなでる。亜麻は気持ちよさそうに目を細めて、そしていう。
「――愛してる。カサネ。そして、この子も」
亜麻は愛おしげにカサネの腹に触れる。まだ、何が産まれるともしれぬ腹を。