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ミチル【4】

 瞬く間に時は過ぎる。

 気づけばミチルは、母の仕立てた新しい着物を着せられ、儀式の場所へと向かっている。年かさの、おそらく夫に先立たれたと思わしき女がミチルとエリカに色々と話しながら先導してくれた。

「――まあ、女側は待っていればいいのさ。もちろん、これぞ、といった竜がいたら行ってもいいけどね。基本的には座って待ってる。そしたらあっちの方から、結びの申し込みをしてくるから。嫌だったら何も言わずに頭を下げる。いいかなって思ったら、言葉を発する。何でもいいのさ。昔は小難しい小唄みたいなものを言ったらしいけどね。なんでも大丈夫だから。はい、でも、ヨロシク、でも」

 おどけた言い方が面白かったのか、エリカはきゃっきゃと笑う。

 ミチルは少しだけ笑いを頬に浮かべながら、けれど、うつむいて歩いていた。十年間傍にいてくれた母とは、もう会えない。母は、いつか姉や兄、弟たちを見送った時と同じようにさばさばといつも通りの顔でミチルの背を叩いた。

 元気でね、とか、ありがとう、とか、いくつか言いたい言葉があったのだけれど、結局言えずじまいだった。

 けれど、と思う。儀式の場へ向かう女たちは誰一人泣いたりうつむいたりなどしていない。みな、喜びを存分にまとい、期待を抱いている。

 空はゆっくりと、茜色に染まる。月が輝き始めると、竜たちがやってくる。

「あたしはこの辺に座ろうかね。あんたたちは処女(おとめ)なんだから。もっと真ん中の方に行っておいで」

 女に言われて、ミチルとエリカは手を取って進んでいく。原っぱの真ん中には、ミチルたちと同世代の少女たちが思い思いに座っていた。友人と手を握る者、何かに祈るようにする者。長い髪を気にして触っている者。

「ドキドキするね」

 エリカに耳元でささやかれ、ミチルは小さく頷く。ドキドキの種類が違うのだろうなと思いながら。

 そうしてゆるりと、月がのぼる―――…はずだった。

 月は、正確にはのぼった。のぼったが、それを誰もが見つけることは出来なかった。

 空には、無数の分厚い雲が充満していた。そしてそれは、やがてしずくを落とす。

「まさか」

 誰かが言う。

「儀式の日にこんな――馬鹿な」

「いやあっ、母様あ」

「雲を放ったのは誰だ」

「儀式を中断しなくては――」

「何を言う。神聖なこの日を中断するなど…」

 声が、交錯する。少女の涙声。竜の咆哮。暗い空。冷たい雨。雨は、どんどんと強くなる。ぽつりと最初に雨を落とした雲からは、今やダダダダという、大きな粒が降って来る。

「一旦どこかで雨宿りを――」

「女たちを木の下に返して」

「駄目だ。一旦嫁入りが決まったのに――」

「寒いよお」

 ええい、としわがれた声が叫ぶ。

「月の神は何をしておいでか!」

 その言葉と同時だった。雷が、その場を揺るがした。



 ひどい結びの儀だった、と母が言った。

「雨が降ったのだって初めてなのよ。それが、まさか雷まで――」

 母は言いながら、手元で編み進めていた薄い淡い雲を見つめる。雨雲は、誰かの嘆きの作品。例えば竜を失った、妻の悲しみの。けれど、結びの儀の前後にはそれを作っても飛ばしてもいけないという暗黙の了解がある。

「いったい誰があんなひどいことを――」

 言いかけた母は、つ、とミチルを見て止まる。

「…まさかあんたじゃないわよね?いくら結びの儀が嫌だったからって――」

 慌ててミチルは首を横に振る。まさか、という。

「だって編み棒はここにしかないじゃない」

 木の根元を指さしたミチルに、母は頷く。

「まあね。あんたにあんな大きなな雲が作れるだなんて思ってはいないけど」

 肩をすくめた母は、ため息をつく。

「結びの儀はどうするんだろう。次回まではなんか、待てやしないよ。夫を亡くして、子どもを育ている人だっているだろうに」

 ミチルは頷いて、木の上を眺める。竜たちが、くうくうと眠っている。儀式を行う予定だった真赭のうろこは、艶めいて見える。

 ミチルは母の編む雲を見つめながら、思う。

(…あの雲を飛ばしたのは、誰なんだろう)

 母の手元にある雲は、おおよそミチルの背丈ほど。けれどあの雲は、ひどく大きく、そして分厚く、数も多かった。翌朝まで降りやまなかった雨。

(私みたいに、結びの儀が嫌だった人がいるのかしら)

 だとしたら会ってみたいと思った。生まれて初めての同士である。

(それともそんなに悲しみを持っているのかしら)

 結びの儀の日であることを、思い出せないぐらいに。

 その日の午後には、村の女たちが数人、犯人探しをするかのように聞き込みを続けていた。あの雲を飛ばした人を見ていないか。心当たりがないか。もしかしてあなたが飛ばしたのではないか。そう言いながら。

「陰気な顔、すんじゃないわよ」

 母はミチルにそう強く言った。

「犯人扱いされちゃうわよ」

 ミチルはこくこくと頷いて、そして祈る。どうかエリカが、私が結びの儀を嫌がっていたことを言いませんように――。と。(もちろん彼女は言わなかったし、仮に言ってたとしてもミチルのような小娘が相手にされるとは思えなかったが)

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