カサネ【5】
どうやって家に戻ってきたのかの、記憶はなかった。ただ、揺れる腹とはみ出るようにちらちらと除くつま先だけが、目の裏に移る。
ちょうど戻ったと同時に、亜麻が目を覚ましたようだった。
「…亜麻。私のお腹、見てくれない?」
カサネの言葉に、飛び立とうとしていた亜麻は腹に目を落とす。
「飛び出ていると竜の子で、丸いと、女の子のようなの」
どうかしら、とカサネは言い亜麻は真剣な顔で腹をいろいろな方向から見る。しかし、彼はすぐに困ったように眉間にしわを寄せる。(ちなみに、カサネは初めて彼のそこが柔らかく皺が寄ることを知った)
「――…丸い、気もするが…わからぬ」
言ってから彼は、カサネを見る。
「…それは、知らねば駄目なことか?」
「え?」
「竜でも、女でも。我はどちらでも…」
言いかけてから亜麻は口をつぐむ。そして困ったように手を広げる。
「…ああ、いや。すまない。実際に産み育てるのはカサネだったな。我は、星を狩るしか能がないから――」
今度、慌てたのはカサネの方だった。どうやら彼はカサネが出産と育児を不安がっていると思っているらしかった。
「違っ…違うの、違うのよ。亜麻。大丈夫。竜の子でも女の子でも、私、頑張って育てるわ。それに、星を狩るのは、竜にしか――あなたにしかできないことよ。だから…」
空は既に暗くなっている。竜と星と雲が、そこに散りばめられている。亜麻は目だけで優しく笑って言う。
「――ありがとうカサネ。愛している。お前も、そして、この子も。この子が、どんな子であれ」
そういうと彼は狩場にゆっくりと飛び立つ。お腹の中で、まだ見ぬわが子がぽこんと動いた気配がした。
カサネの言葉は、気持ちは、亜麻には伝わらなかった。亜麻の言葉も、どこかカサネを通り抜けていく。
けれど。通り抜けた後にわずかに残るぬくもりは、間違いのないものなのだ。亜麻は、自分を星を狩るしか能がないといった。では、自分は?
そうよ。と彼女は思う。亜麻と、腹の子をいつくしむ。それしか、能がない。けれど、最後まで、彼らを生かす。それが、自分にしかできないことなのだ。
この、現状の世界では。




