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銀の黎明  作者: 瑞希
1/1

どうしても思い出せない彼の事

太陰神たいいんしん様、太陰神様。」


誰かが静かに僕を呼ぶ。

起きなければ。

さもなくば、死にかけるまで殴られ続ける。


「はい。」

僕はさっと起き上がり、僕の名を呼んだ人の方へ向いた。

…私を生んだ人はこんな顔だっただろうか…?

特別覚えようと思ったこともないせいで、よくわからない。


「朝食のご準備ができました。」

その女は深々と僕に頭を下げる。

…これは、僕を生んだ人ではないな。

あの人は僕に死んでも頭を下げない。


…………ああ、そうだった。

あの人は、あの人たちは死んだのだったか。


ここはあんの国。

明確な名は、その土地土地によって変わるため無い。

それは、僕の生まれた国、めいの国も同じだった。

明と暗。

すべてが対局の二つの国は互いの存在をあまり知らない。

海を越えなければ、互いの土地へ行くことも叶わないからだ。


「はい。」

頷くと、その女は食事を持ってきた。

食べに行くものかと思ったら、持ってこられたので少し驚いた。

生まれてはじめて、まともな食事を採った。

きっと故郷の味とは違うのだろうが、美味しい…のだと思う。


「おお、太陰神様。

 お目覚めになりましたか。」

年老いた男が、部屋か家に入ってきて話しかけてきた。

なんか気に障るやつだ。

こんなやつ、僕の前の国にも居たな。


「何か用か。」

「滅相もございません!

 ただ…、この者に祈りを捧げていただけないかと」

用があるんじゃないか…。


「祈り…?

「はい。

 私の一人息子にございまして」

そういって連れてこられた少年は肌が黒くなっていた。

他の人は真っ白だが、この少年だけは少し黒い。

俺が元いた国の奴らを彷彿とさせる。


「だから?」

この少年に何故祈りを捧げなければならないのかと聞いた。


「流行病に侵されてしまいまして。」

「医者ではないですが?」

黒い肌はこの国では病気なのか、と少し納得したけ。

だが、同じく黒い肌を持っている僕にどうしろと言うのか。


「あなた様の闇の魔法をかけていただければ」

…皮肉でもなんでもなく、本当に病気なのか…?


「…まあ、世話になっているしな。」

僕は悩んだ末に魔法を掛けることにした。

効くのか効かないかはわからないが、一応やれるだけやってみよう。

使うことを禁ぜられた力だが、もう禁じたそれも居ないのだから。

ああ、そうだ。

俺は自由なのだ。


「第零の術式 我が名に置いて命ずる

 闇よ彼の闇を奪い取れ。」

僕の魔法によって表れた闇は、病を取り除くように少年を包み込んだ。

やがて紫色のなにかを奪い、闇は消えた。


「おおっ!ありがとうございまする!!」

この国こそ暗の国だというのに、自分ではしないのだろうか。

どうせ、穢らわしいとか言って近寄りたがらないのだろう。

…だが、子に罪はないはずだ。


「流行病というのなら、他の者も治療しよう。」

「なんと…!

 本当に何と礼を言ったら良いのか!」

わざとらしい…。

別にお前のためにするのではない。

老いて悪知恵ばかり働くようになりよって。


「こちらでございます」

ふんっ…。

本当に悪知恵ばかり…。

既に家の前には何人もの者が並んでいた。

あの程度の魔法ならどれ程使おうがどうということはないが。

いい気分ではないな。




「これで、全てですか?」

「ええ、はい。」

ざっと100人くらいを治療した。

途中、一斉に何人かとかしていたが、治せているから問題ないだろう。


「………あの者は?」

家の前に立ち尽くす少女を見つけ、僕は老人に聞いた。


「何故あんなところに…!

 太陰神様、見てはなりませぬ!

 御目が穢れます!」

老人はそう言って、僕の目を隠した。

穢れる…?

一瞬鼻筋がピクリと動いた。


「僕が何を見ようと、何をしようと勝手だろう。」

僕は老人をさめざめと睨み付け、少女に向かって歩き出した。


「太陰神様!」


「こんにちは。」

「こん……申し訳ありませんっ」

少女は僕にこんにちは、と言いかけてサッと顔色を変え、家の中へ逃げてしまった。

入るのも不味いだろう。

今日は諦めることにしよう。


「太陰神様…!」

チッ。

しつこい老人だ。

さっき僕が言った言葉をもう忘れたのだろう。

…どこの国にもあるものなのだな、“ああいう”存在は。


「あの子は?」

「は…はぁ。」

僕がそう聞くと、老人はあからさまに目を泳がせた。


「あの子は?」

「私めの…娘、にございまする………」

威圧を込めてもう一度聞くと、老人は嫌そうな顔をして言った。

自分の娘を紹介しているとは思えない顔だ。


何故なぜしいたげる」

僕は怒りと失望を腹の底に抱えて言った。


「太陽神よ。

 あれは悪魔の子です。

 おぞましい…。」

「…………そうか。」

ああ、もう、怒りも湧いてこない。

この老人への思いにはもう何も残らない。

無関心。

それに尽きる。


「太陰神様も呉々も近付かぬよう…。」

「失礼する。」

僕は老人の言葉は無視して踵を返し、自分がもと眠っていた場所へ戻った。

いつまでも、こんな所に居るわけにはいかない。

…僕には目的があるのだから。

だが、少なくともあの少女とまともに話せるようになるまでは…。


それから僕は、人々の目を盗んで毎日少女に挨拶をした。

最初は逃げられていたけれど、時期に慣れてくれるようになった。




「君、名はなんというの?」

少女と同じくらいの背丈にかがんで僕はなるべくトゲがないように聞いた。


「…リヴィ。オリヴィアです。

 太陰神よ。」

名前がはじめて聞けたことと、自分のことは太陰神と呼ばれていることに、僕は複雑な気持ちになった。


「僕はラムセス。」

「………ラムセス様。」

少女は少し迷ったそぶりを見せてから、そう言った。

様は付けて欲しくないな。


「ラムセスだ。」

「…………ラムセス。」

少女は顔を少し赤らめて言った。

痩せこけていた頬は僕が少しずつ御飯を分けていたことで、健康的になった。

体中の傷は未だ癒えない…治しても治しても、また増えるのだ。

なにより、この足枷と首枷…。


「うん、オリヴィア。」

僕は悲しみや憤りを悟られぬよう、リヴィに微笑みかけた。


「…………名等、呼ばれたのは

 何年振りでしょう…。」

「呼ばれていなかったのか」

「はい。」

リヴィは僕に微笑んでくれた。

リヴィにとっては、今まで誰にも名を呼ばれなかったことより、僕に初めて呼ばれたことの方が嬉しかったのだろう。

それは、余計に愛らしく、哀しい。


「………なあ、リヴィ。

 2人でここを出ないか?」

僕はリヴィの手を取って聞いた。

かしずいている今のポーズだと、まるでプロポーズのようだ。

けど、それも悪くはないだろう。


「ここを出る?

 暗の国をですか?」

「ああ。」

リヴィは不思議そうな顔をして言った。

それはそうだろう。

リヴィにとって暗以外の国など想像もつかないはずだ。

僕だってそうだった。


「ですが…、2人でどこへ…。」

リヴィは不安に目を揺らしてみせた。

心配しなくても大丈夫だよ、リヴィ。

僕はもう、その準備も終わらせているんだ。


「どこか、別の国へ行こう。

 別の国がないなら、2人で創ろう。」

「つくる?」

「ああ。

 僕ら、光と闇があれば、何でもできる。」

明の国で生まれた闇の忌み子である僕と

暗の国で生まれた光の忌み子である君なら

きっと、何だってできると思うんだ。

破滅だけじゃない。

創造だって、できる。


「そうでしょうか…。」

「そうさ!

 2人で優しい国を創ろうよ。」

僕は昔の自分を励ますように、リヴィの手をキュッと強く。

でも、壊れないように優しく握った。


「……………はい…!」

リヴィは日溜まりのような笑顔を僕に向けた。

嗚呼、君が居てくれるなら、世界も案外悪くないのかもしれないな。




「太陽神よ!何をしておられる!」

いい加減、聞きあきた態とらしい老人の声に、俺は振り返った。

そこには、数十の人々がいた。


「ちっ、見つかったか。」

僕がここから逃げる準備をしてたのを、知ってか知らずか、もう終わるというところで見つかった。

うざったいなぁ…っ。

殺すのは簡単だけど…ちょっとは世話になってきたし…、一応、一応だけどリヴィの親、だしな…。


「この娘にほだされたのですね!」

リヴィの事を考えていた矢先、一人の男にに髪を掴まれ引きずられるリヴィの姿が目に飛び込んできた。


「オリヴィア?!」

「やはりそうだったのですね。

 太陽神よ。ご安心を。」

こ…いつ、ら…?

家族なんじゃないのか?

オリヴィアは、老人…族長の娘なんじゃないのか…?

何故誰も助けない?

何故皆、平気そうな顔をする?

…何故、ナイフをリヴィの首に翳す?


「やめろ!オリヴィアに触るな!」

瞬間、僕は走り出していた。




気が付けば、僕は真っ赤な地面の上で項垂うなだれていた。

もう…もう……全部めちゃくちゃだ。

僕の足元には、あの時に癒したたくさんの人々が、病とは違う理由で死んでいた。

無意味、だったのか。

僕が生まれてきたこと、僕が生きることを諦めなかったこと、僕が生きようとしたこと

それがすべて………………………。





「……………………………みんな死んだの?」

感情のうかがえない、無機質な、でも幼さを残す可愛らしい声が僕の耳に届いた。


「…………みんなじゃない。

 何人かは生き残るだろう。

 人は強い。」

今ここに、女や子供の姿は見当たらない。

僕が最初に癒した、あの少年も。

それに暗が国の国民はこの人たちだけではない。


「そっか。」

リヴィは真っ赤な地面を見つめながら呟いた。

見つめる先には、老人の顔があった。

僕は、リヴィのことを見られかった。


「……………僕のこと、恨んでるだろ。」

例えどんな酷い奴でも、リヴィにとっては、たった一人の父親だったはずだ。

それだけじゃない。

僕はリヴィの一番近くにいたであろう、数十の人々を殺した


「……いえ。」

リヴィは少し悩んでから、そう答えた。


「なぜ?

 憎くないの?

 僕は君の、親を殺した…。」

憐れみ?諦め?虚言?

どちらにしても、その言葉を受け入れて今すぐ去れば良いのに。

僕はリヴィの言葉の真偽を確かめたがった。


「……憎くはありません………」

リヴィは俯いたまま、僕の顔は見ずにじっと老人の顔を見つめてる。


「どうして………」

僕も自然と老人の顔に視線が言った。

苦しみに歪むことはなく、ただ驚いた顔をしている。

無様だな。

と、僕はこんなときなのに心の片隅でポツリと思った。

まるで、あの人たちのよう。

僕を産み、虐げ、殺そうとし、殺された人たち。

リヴィには同じ目に遭ってほしくなかった。

だから、僕は二人で逃げようと言ったのに……。

結局、僕と全く同じになってしまった。


「だって、…………あなたが好きだから」

ちなみに、純血のかぐやのラムセスとは別人です。

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