セーブ&ロードのできる宿屋さん SS2
ノワは不思議な物体を見つけた。
時刻は昼。
場所は『銀の狐亭』裏庭だ。
お風呂も設営するこの場所は、掃除がかかせない。
なのでノワはいつものように裏庭を掃除していた。
すると、はなはだ不思議な物体を発見したのだ。
地面にべたりと座り込む。
そして不思議な物体を拾い上げた。
それは黒い色をした短剣大の物体だった。
もっとも、鋭さは皆無である。
形状は縦長で、全体が曲面で構成されていた。
ノワが握ると親指と中指がつかない程度には太さがある。
感触は、そう固くもない。
自在に変化をするほど柔らかいわけでもないが、握りしめればある程度形状を変える。
顔の前に持っていくと、継ぎ目のないなめらかな物体であることがわかる。
つやつやとした光沢があり、日差しにかざすと黒光りしていた。
「まったくお前は……掃除もしないでどうしたんですか?」
背後から声がして、振り返る。
そこにいたのは、妹の……諸説あるがノワ的には妹のブランだ。
容姿や服装はよく似ている――らしい。
違いがあるとすれば……
ノワが黒。
ブランが白。
違いは色彩ぐらいのもので、色をもしすっかり交換してしまえたなら、見分けがつかないだろうと誰かが言っていた。
ノワにはいまいちピンとこない評価だ。
だいたい、ブランは外面がよくて意地悪で、口ばっかり達者なのだ。
父の前以外ではだいたい眠そうな顔をしている。
ノワ的に言えば、全然似ていない。
自分はもっと正直だし、素直だし、やる気があると思う。
そのブランがあきれたように肩をすくめる。
そして、意地悪に口を開いた。
「お前はただでさえどんくさいんですから、手を休めてる暇なんてないはずでは? 仕事はまだまだたくさんあるんですよ」
「……ブランはいつも文句ばっかりだから、嫌いなの」
「なにを言ってるんですか。私がしているのは当然の指摘ですよ。……で、なにを持ってるんですか?」
「これ」
と、ノワはブランに、先ほど発見した物体を差し出す。
それなりの太さと、それなりの固さと、それなりの長さがある、黒光りする縦長のなにか。
ブランはそれを見て、嫌そうな顔をした。
「……なんですかそれは」
「わからないの」
「ここに落ちていたんですか?」
「そう」
「……この太さ、長さ……」
ブランはなにかを考えこむ。
じっと、黒光りする太く長い物体を見て――
なぜか。
顔をわずかに赤らめると、ごほん、と咳払いをした。
「あー、その、ノワ、それは、ここに落としておきましょう」
「……なんで?」
「お客様の落とし物かもしれないでしょう?」
「だったら落とし物コーナーに入れないと……」
「落としたと知られたくない落とし物かもしれないでしょう?」
「……落とし物を落とした人は、落としたと知られたいと思う」
「とにかく、そっと地面に置いて、見なかったことに――」
ブランが言いかけた時だった。
不意に。
黒光りする太く長い物体が、はためにもわかるほど振動を開始した。
「わ、わ、ぶるぶる、ぶるぶるしたの!」
「震える機能まで!? どんな技術ですか!?」
「なんなの!? なんなの!?」
「と、とにかく落ち着いて、きっとノワが魔力を流し込んだりしたから!」
「そんなのしてないの!」
「無意識でやったんですよ! お前だから!」
「なんで!? ノワ悪くない!」
「あーもー! とにかく、そこに!」
「なんで!?」
姉妹は慌てふためく。
と、そこへフッと現れる人物がいた。
いつの間にか。
二人の父親――アレクが、二人のあいだに立っていた。
「おや、こんなところにあったのか」
黒光りする太く長い物体を見て、アレクは言う。
どうやらこの、黒光りする太く長い物体は、アレクのものらしい。
そう判明した直後。
ブランが、大げさにおどろく。
「ええっ!? パパの!?」
「……そうだけど。どうしたんだ、そんなにおどろいて」
「えっ!? う、えっ!? いえ、その……パパが使うんですか!?」
「使うっていうか……まあ、使うのかな。今」
「今!? ここには私とノワしかいないですよ!? つまり私に!?」
「……どういうことかわからない。なるべく早く返してほしいんだけど」
「の、ノワ! ほら早く! パパにそれを返して!」
ブランが興奮したように叫ぶ。
ノワは「ブランに言われなくても返すもん」といじけたように言った。
そして、振動を止めないその物体を、アレクに返す。
アレクは物体を受け取って――
耳に当てて。
しゃべる。
「……もしもし。いえ、すみません。落としてしまいましてね。はい、わかりました。それじゃあ」
誰かと話しているとしか思えない言動。
それが終わった直後、その黒光りする太く長い物体は、色を失い、透明になった。
アレクは「ちょっと用事ができたから」と言って裏庭を去って行く。
ブランとノワが残された。
双子姉妹は顔を見合わせる。
そして、ブランが、顔を赤くして、慌てたように言う。
「違うんですよ! 通信の魔石だって始めからわかってましたからね!」
「……そうなの?」
「そうなんです! 別に勘違いなんかしてませんから!」
ブランがドカドカと乱暴な足音を立てて、「あー忙しい!」と言いながら去って行く。
ノワは、去って行く妹を見て、不思議そうな顔で首をかしげるのだった。