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第八話 公園の天野くん

 日曜日、私はスーパーで買い物をしてから、少し重い荷物を下げて、一つ橋を渡り、大きな公園の遊歩道を歩いていた。

 ここの遊歩道が、私は好き。最初はプラタナスの整然とした並木道で、下は煉瓦調のタイルがきれいに敷き詰められたペイヴメント。それを抜けると、雑木林と、舗装されてない土の木陰道に入る。樹齢がかなり経っている楢の木、楠の木、欅なんかが心地よい日陰を生み出していて、その間からの木漏れ陽がまぶしい。そして、木々の向こうには、大きな池が見えて、ボートに乗っているカップルが見える。この公園は、デートスポットとしても人気なのだ。

 ちょっと遠回りだけど、ここで存分に緑を浴びるために、日曜日はよくここを通る。ボート乗り場の近くには、カップルをターゲットにした、アクセサリーの露天商がいたり、古着を売ってたりするちょっとしたスペースがある。

 そこで、いつも冴えない似顔絵描きの大学生みたいな人が居眠りしてる。いつもはここの風景は気にも留めないんだけど、最近、似顔絵王子こと天野くんと、ちょいちょい絡みがあった私は、ちょっと並べられているサンプルの似顔絵を見てみる。

 ……あれ、このタッチって。

 太いコンテでぐいぐい描きこまれて、陰影が大雑把なようでもちゃんと計算されて描かれていて、まるで、天野くんに描いてもらった私の似顔絵みたい。気になって、居眠りしている似顔絵描きの人の顔をじっと見てみる。

 いつの時代の?ってぐらいの年代物っぽい眼鏡をかけて、擦り切れた帽子をかぶって、帽子から除く前髪は、手入れもされてなくて、真っ黒で…。服装なんて、あちこちに絵の具がべたべたついたオーバーオールで、もうダサさの極み、って感じなんだけど、よくよく見たら、すうっと通った鼻筋、形のいい唇。もしかして天野くん?

 私は、黙って、似顔絵を描いてもらう客用の、小さな折りたたみイスに腰掛けた。

「…あ、お客さん?」

 気配に気がついた絵描きの人が、目を覚ました。目を開いた絵描きの人と、ばちっと目が合った。栗色の瞳に、同じ色のまつ毛がキラキラと輝いて…。

「やっぱり天野くんだ。」

 私はつぶやいた。

「望月さん……なんでわかった?」

 天野くんは、動揺したように言う。

「だって、そこに並べられている絵が、この間私が描いてもらった絵に似てて。」

 そう言うと、天野くんはしまった、という顔をした。

「そっか、あの時、鉛筆を鞄のところまで取りに行ったら、あんたに気づかれて、似顔絵描くチャンスをみすみす逃しちゃう、って思って、ポケットの中のコンテで急いで描いたんだった」

 天野くんは困った顔で、頭を掻く。その顔がおかしくて、私はついつい微笑んだ。

「面白いね…天野くんて。なんだってこんなところで、変装までして絵を描いてるの?」

「んー、女子高生ばっかりだと、描くの飽きちゃうんだよね。ここだと、大学生や、社会人や、孫と一緒に描いてくれっていうおばあちゃんやら、普通のカップルなんかも描けるしね。」

「別に変装しなくても描けるんじゃ。」

 私はあきれて言う。

「んー、ほら、俺って見た目がいいじゃん?」

「自分で言う?」

 私は開いた口が塞がらない。

「絵描きだから、自分のヴィジュアルは把握してますよ。で、あんまり絵描きの見た目がいいと、客が若い女しかつかないんだよね。それはもういい。学校で散々やってるし。」

「なるほど。」

 感心するやら、あきれるやら。

「それに、カップルの男の方が、彼女が俺に見とれすぎて嫉妬することもあるんだよね。で、みすみす描くチャンスを逃す、ていうことも避けたい。あんまり人に警戒されない容姿になるように、これでも気を使ってるんですよ。」

「ますますおかしな人。」

「…いままで、結構同級生カップルもここを通ったりしたけど、誰にも気づかれなかったのにな。望月さんもよく通ってたのに、一度も俺に気にも留めなかったのにね。」

「見てたんだ…。」

「そりゃ、俺、人間観察するのがライフワークですから。」

 妙な変装のまま、天野くんはにっこり笑う。

「家…、この近くなんでしょ?望月さん。」

「うん、この橋向かいのマンション。寄ってお茶でもしてく?」

 思いがけない言葉が、自分の口から出て、自分でもびっくりする。

「あ、いいね、行く行く。」

 天野くんにも気軽にOKされて、逆に私は焦る。

「いいの…?まだお客さん来るかもよ?」

「別にノルマがあるわけじゃなくて、俺の完全なる趣味というか、自主練習だから、こんなのいつだって出来るよ。」

 天野くんはそう言って、手早くパタパタとミニイーゼルやコンテやスケッチブックを片付けてしまって、大きな古びたリュックサックに入れて、よいしょ、と背負う。

「さ、行こうか。」

 どっちが誘ったのかわからないぐらい、天野くんは腰軽く私の前に立つ。

「あの茶色の、存在感たっぷりのマンションでしょ?……じつは俺、望月さんがあそこに入ってく姿、よく見てたんだよね。ここからちょうどエントラスが見えるからね。」

 そう言いながら、さっさと私の先を歩く天野くん。身長があるから、かなり速度がある。

「待って…。」

 そう言いながら、小走りで私はついていく。男の子を追っかけながら歩くなんて、小学校の時に駆と帰って以来だな、ふっとそんな思い出が頭をよぎった。


 マンションに入ってからは、さすがに私が先導する。

「あ…言っとくけど、うちの部屋、ジャングルみたいだから、引かないでね。引いてもいいけど、覚悟はしといて。」

「へえ…楽しみ。」

 天野くんは、ほんとうに楽しそうに言う。

 カードキーで、玄関扉を開けて、私は心の中で、「ただいま、サボ太郎。」とつぶやく。まさか天野くんの前で、声に出すわけにもいかないし。……ていうか、一人暮らしの家に、男の子を入れてしまったよ。まあいいか「誰とも付き合わない」天野くんだし。

「こんにちはー。……ご家族は?」

「あ、両親は海外にいるの。一人暮らしなの、私。」

 そう言いながら、私は靴を脱いで、スリッパを天野くんに用意する。

「え……、来てよかったの?俺……。結構不用心なんだね、望月さん。」

 玄関先で立ちすくむ天野くん。

「え?『誰とも付き合わない』天野くんでしょ?人畜無害じゃん。」

 私は愛用のスリッパに足を入れて、ソファーに天野くんを案内する。

「うわ……ほんとにジャングルみたいだ。」

 ひとりごとをつぶやきながら、天野くんは、緑の鉢の間を通り抜けていく。そして、ソファーに腰かけると、「この木は?」と右の鉢の葉を触りながら尋ねられる。

「モンステラ。飲み物は紅茶でいい?」

「あーうん、なんでも。こっちの木は?」

「パキラ。レモンがいい?ミルクがいい?」

「ストレートで。砂糖はいらない。……ていうか、すごいね、想像以上のジャングルだ。」

「褒め言葉と受け取っておく。」

 私はくすくす笑いながら、この間と同じダージリンを淹れる。紅茶を差し向かいで飲むと、太郎が初めて来たときのことを思い出す。あの時は、太郎に紅茶を出そうとして断られたっけ…。

「久しぶりに、誰かと一緒にお茶したな。よく考えたら、私、ここに友達呼んだの初めてだ。」

「え……凛音ちゃんとか、よく来てるのかと思った。」

「全然。家の場所も、一人暮らしってことも教えてない。」

「仲、良さそうなのにね。」

「どうだろう、はた目にはそう見えるのかも。」

「ふうん。」

 そう言って、天野くんはごくりと紅茶を飲んだ。

「……最初の客が俺で良かったわけ?襲われる心配とかまったくしてないのが、かえって心配だよ。」

「だって天野くんでしょ?男女交際に興味のない。」

「……俺だって年頃の男ですよ。男女交際に興味はなくても、女の子にそれなりの興味が無いわけじゃない。……もっと用心した方がいいよ、望月さんは無防備すぎる。」

「ま、大丈夫だと思って。天野くんはそういう人じゃない。それはわかるから、誘った。」

「なんでそう言い切れるの。」

 天野くんに不思議そうに聞かれる。

「うーん……。」

 ミルクティーを飲みながら、私は言葉を探す。

「……浦部さんを断ってた時、天野くん、一生懸命だったじゃない。一生懸命、自分を悪者にしながら、浦部さんをなるべく傷つけないように、言葉を尽くして、自分を諦めさせようとしていた。……だから、天野くん、そんなに悪い人じゃないと思った。変わり者だとは思ったけど。」

「なんだよそれ。」

 天野くんは眼鏡を外して、顔をごしごしとこすって笑った。ついでに帽子も取ってしまうと、前髪のところだけまだらに黒くて、なにかおかしい。

「その髪の色、どうしてるの?」

「スプレー。俺、もともと地毛が茶色だし。」

「そっか、髪の色だけでも、結構印象変わるね。……そんな眼鏡、よくあったね。」

「のみの市で見つけた。」

 自慢げに言う天野くんがおかしい。

「くいだおれ太郎みたい。道頓堀の。」

「えっと、大阪名物のあの人形だっけ。言われてみればそうかも。じゃあ、この恰好してるときは、俺、『太郎』って呼ばれてもいいよ。」

 そう言われて、私はドキッとする。

「やめときます。」

「なんで?」

「知り合いの名前とかぶるから。」

「そっか、リアル太郎くんに失礼だね、それは。」

 私は、太郎のことを思い出す。そう言えば、こういう光景も、太郎はどこかで見てるんだよね…。絶対、水曜日に来た時に、このことを、あれこれ太郎に言われるに違いない。私はちょっとため息をついた。

「どうしたの?急に顔が曇った。」

 早速、観察が趣味の天野くんに突っ込まれる。

「なんでもないです。」

 私は顎を上げて表情を戻し、机の上のティーセットを片付けはじめた。



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