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第六話 二度目の太郎

「お帰り、楓。」


 玄関を開けると、やっぱり、太郎はそうやって声をかけてきた。まんま駆の笑顔で。予想はしてたけど。

「ほんとに水曜日、太郎は来るんだね。」

 私はため息をついた。

「別に…姿を見せるのが水曜日ってだけで、ずっといるよ、ここに。最近は、学校にもついて行ってる。」

「なにそれ、キモい。」

「……昨日、楓、男の子に絵を描いてもらってたね。」

「ほんとについてきてるんだ、キモ。」

 太郎の顔を見ないようにしながら、わざとひどいセリフを吐き捨てる。でも、いっこうに太郎は気にしてる様子でもない。

「あの子、いいんじゃない?楓にお似合いだよ。」

 私は太郎をにらみつけた。駆の顔で、他の男の子を私に勧めるようなこと、言わないでほしい。太郎はふわふわ浮いたまんまで、私ににっこり笑いかける。

「あのね、今日もついてきてたんだったら、今日の凛音たちとの会話も聞いて、知ってるでしょ?私も彼も、誰とも付き合う気が無い。ましてや天野くん、結構裏がありそうだったよ?ニコニコしながら女の子を褒めちぎって絵を描きながら、結構黒いこと考えてるんじゃない?」

「そうかなー。そんなに悪い人にも、僕は見えなかったけどな。」

 そう言って軽やかに太郎は天井近くで宙返りする。

「そうやってぷかぷか浮くのやめてよ。仮にも人間の形してるんだから、その形してるときは人間らしく、床を歩きなさいよ。」

「そっか、じゃあ、靴脱がなきゃ。」

 太郎は空中で片足ずつ靴を脱いで、玄関にすうっと飛んで行った。だから歩けっての。そんな太郎に構わず、私は夕飯の準備を始めた。その時、玄関先で、ドタッと音がした。

「なにごと?」

 玄関を覗き込むと、太郎が倒れていた。

「ど、どうしたの、太郎。」

 さすがに私も動揺する。

「……や、歩いたことないから、歩き方がわからなくて、転んだ。」

 情けない……。私は目をつぶって額に手を当てて、首を振った。太郎はゆっくり起き上がって、気まずそうな顔をしている。

「右足を出したら、次に左足を出すんだよ。」

 しかたなく、私は説明してやる。

「理屈じゃそうなんだろうけどね…それやるには、まず片足で身体を支えないと技術的に難しいよね。両足立ちだって結構難しいのに。」

 駆だったら、あんなに軽やかにバスケットボールをドリブルしながら走ってたのに。

「……あんたって、ほんと見かけ倒し。なんで駆の顔して現れたのよ。駆に失礼だわ。」

「ごめん、だって、これだけしかスーツの用意が無くて…。」

 あー、先週もそれ言ってたなあ。

「もういいよ、移動の時は飛んでもいいから、なるべくソファーに座っておいて。用もなくふわふわ近く飛ばれると、目障り。」

「ごめん…今度、楓が寝てる時に、少し歩く練習しておくよ。」

 太郎はしょぼんとした顔をして、ふわーっとソファーの方に飛んで行った。そんな顔しないでよ……まるで私が、駆をいじめてるみたいじゃない。

「……なんだって、太郎の依頼主は、駆の身体をあんたに用意したのかしら。好きな人に、ほかの男の子を勧められるとか、苦痛以外のなにものでもないよ。まるで振られてるみたいじゃない。」

 私は夕飯を作りながら、太郎に八つ当たりする。

「…ごめん。でも、仮に見ず知らずの他人の顔してたら、アドバイスどころか、部屋にも入れてもらえなくない?僕。楓の大好きだった人の身体だからこそ、楓はこうやって僕をソファーに座らせて、話もしてくれるんじゃない?」

 ………不快だが、一理はある。なんのかんのと言って、生殺しではあるけど、駆の顔が見られるのは、私は嬉しくないこともないのだ。

「……そう言えば、先週、私ソファーで寝ちゃってたけど、太郎が運んでくれたの?」

「うん、なんかあそこで寝てたら、身体に悪そうだから、ベッドに運ばせてもらった。僕なんかに触られるのは、楓には不快だろうけど。」

「不快……ていうか、切なくなる。ああ、ほんとに太郎は駆じゃないんだな、とか、駆はもう、ほんとにこの世にいないんだな、と思って……。」

 私の目に涙が浮かぶのは、玉ねぎを切っているせいだ、そう思いたい。太郎に触った時の、モノに触れているような無機質な感じ、太郎が悪いわけじゃないのに、恨みたくなる。

「……だからさ、楓も、ちゃんと人間の男の子に恋した方が、健全だと思うよ。僕の顔を見て涙が出るのは、駆くんを忘れてないってことでもあるだろうけど、寂しいからでもあるんじゃない?」

「ほっといてよ。だから、駆の顔をして、ほかの男の子を勧めないでって言ってるでしょ?」

 私が太郎にヒステリックに叫ぶと、太郎はしょんぼりする。

「ごめん……でも、それが僕の役目だから……。」

 ああもう、イライラする。私は乱暴に野菜を切って鍋に入れる。今日の夕飯は、超適当だ。野菜スープに、ベーコンと玉ねぎの炒め物、以上。

「いただきます。一人で食べるわよ。どうせ、太郎は食べられないんでしょ?」

「うん、ごめんね。一緒に食べてあげられなくて。」

 駆の顔で謝らないでよ。私はイライラしながら、食事を黙々と口に運ぶ。誰かに見られながら、ひとりで食事するなんて、落ちつ着かない。太郎の存在を、どう受け止めていいのか、私はわからない。駆の顔をしている、でも駆じゃない。人間ですらないから、身代わりにもならない。

 話相手、か……。

「ね、この部屋ってたくさんの精霊がいるって言ったよね?なんでその中から、太郎が依頼者に選ばれた精霊になったわけ?」

 ふと聞いてみる。なんでサボテン野郎が、駆の身体に入ることになったのか。

「うーん、多分、僕が一番楓にとって身近な精霊だったからじゃないかな。毎日、一番よく接触するというか。」

 なるほど……毎日「行ってきます」なんて声をかける観葉植物なんて、そう言えばサボ太郎ぐらいだ。名前を付けてるのも、アイツだけだし。

「で、なんでこの部屋にしかいない太郎が、うちの高校の制服なんて着てるの?」

 重ねて疑問に思っていたことを聞いてみる。

「あー、一応同級生設定の身体だから、服装も同級生っぽいほうがいいかと思って。」

「ここは駆の地元じゃないから、もし駆が生きてたとしても、駆の通う高校は、きっと私の高校じゃなかったと思うけどね。」

「あー、そうなの?駆くん、この近所に住んでたんじゃないんだ。」

「違うよ。ここから軽く二時間半はかかるね。もっと郊外の、のんびりしたとこだったよ。」

「そっか…。」

 駆の身体のくせに、駆のことを何にも知らない、不思議なヤツ。

「駆はさ、あんたみたいに一歩あるいただけで、すっ転ぶような間抜けじゃなかったよ。足が超速くて、クラブはバスケやって、いっしょに帰るときは、いつもバスケの練習見せてくれた。」

「……そっか。それは見かけ倒しって言われてもしょうがないね、僕。」

 太郎は神妙に、私の八つ当たり混じりの昔話を聞いている。

「勉強は苦手みたいで、初めての定期試験の結果もさんざんだったって、笑ってた。」

 ……そうして、次のの定期試験の頃には、もう、駆はいなくなってた。急に、口の中の食べ物に味が無くなる。食欲をなくして、私は箸を置く。

「太郎が来ると、無駄に駆のことを思い出して、つらくなる。」

「………じゃあもう、僕、現れないほうがいいのかな……。」

「でも、契約があるんでしょ?」

「うん………。楓に恋人ができて、笑顔を取り戻すまで、僕は水曜日、どうやってもここに現れるしかないんだ、ごめんね。」

「矛盾してる……。思い出させておきながら、恋人を作れとか。ましてや、笑えとか。」

「そうだよね……。結構困った依頼だ。」

 太郎も弱ったように肩を落とす。まさかそんな、込み入った事情があるなんて、思っても無かったからな…と口の中でぼそぼそ言っているのが聞こえる。

 それを見ていると、ちょっと太郎に同情心が湧く。未来の私の子孫であると言う太郎の依頼者には、百万語ぐらい文句を言いたいけれど、サボテンには特に罪はない。せいぜい、サボテンの罪と言えば、花を守ろうとして私の指を刺してきたぐらいのもんだ。

「ま、じゃあ、あんたも私も慣れるしかないよ、お互いに。」

「慣れる?」

 太郎は目を上げて私を見る。

「私は太郎だろうが、太郎の依頼者だろうが、誰に何と言われようと、誰ともつきあう気もないし、あんたも私が誰かとつきあうまでその身体を返上することができないって言うなら。」

「うん。」

「毎週水曜日、私と太郎が、ここで顔を突き合わせるのを、もうお互い慣れるしかないよ、もう、ずっと、一生。私が死ぬまで。」

 言いながら、私は首をひねる。

「……て、もし太郎の本体であるモノが壊れたり枯れたりしちゃったら、太郎はどうなるわけ?」

「枯れたり使い物にならなくなっても、大事にしてこの部屋に置いてくれていたら、精霊自体は残れるけど、捨てられたりしたら、その瞬間にいなくなるよ。あくまでも、大事にしてくれる人あっての精霊だから。」

 なるほど……じゃあ、どうしても太郎の存在ににイライラして会いたくなくなったら、サボ太郎を捨てちゃえばいいのか、いやいや、サボテンに罪はない。私は湧きあがった黒い考えを、頭をふるふると振って打ち消す。

「ま……じゃあ、私も駆の顔をした精霊っていう存在に、慣れていくしかないね。ある意味貴重かも?二度と会えると思えなかった駆の3Dムービーを、毎週見れるようなもんなんだから。」

 そっちに前向きになられてもなあ…と、太郎はまたブツブツ言うけど、私はそう割り切ることで、少し気楽になってきた。

「意外に頑固だね、楓って。」

 太郎はあきれたように言う。

「そう?」

 私はすました顔で、夕食のお皿を片付けはじめた。


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