■2■
数時間後、料理もすっかり片付き、会はお開きになった。
「今日は楽しかったね。じゃあ明日学校で!」
「おう」
「神名〜迷子になんなよ…?」
「なるか!!」
「だっはっは!じゃあな〜アディオ〜ッス♪」
慎吾は未来ちゃんと二人で帰って行った。最後の発言が気にくわないが…
でも、あいつはあのままがいい。あの馬鹿騒ぎも、それはそれで楽しかったりする。
「さ、遼ちゃん。私達も帰りましょ。お父さん帰って来るし」
「うん、わかった。…空はどうするんだ?」
そう言うと空は、一瞬ためらった素振りを見せた。
「えと…お母さん…まだ来られないって…」
「そうか…空ん家ここからじゃ遠いもんな…。待つのか?」
「うん…」
空は静かに下を向いた。
空は昔から静かな奴だった。みんなが遊んでても、いつも陰からじっと見てるような奴だった。
最初はあまり気にしなかったんだけど、何回かそれを見かけるうちに、だんだん気になり、俺から話かけた。
『…こっち、来いよ』
『…うん』
それが、アイツとの最初の会話だった。
その時から、俺は空を気にかけている気がする。
何でかはわからないけど、何かほっとけないのだ。
「母さん、先帰ってて」
「…遼ちゃん?」
「俺、空の親来るまで待つわ。このまま一人にするのも危ないしさ」
「い、いいよ神名君…そんな―」
「いいから…な、母さん?」
「…わかったわ。そのかわり、気を付けて帰るのよ?」
「了解〜」
「じゃあ、またね空ちゃん」
「あ、はい。さようなら…」
母さんが行ってしまうと、辺りに静寂が戻って来た。春先なのに、今日の夜は結構寒い。
「…暇つぶしにこの辺り歩くか?」
「…うん」
土手を登って細い通路に出ると、町の明かりが目の前に広がった。それに桜が照らされて、青白い光を放っている。
お互い何も喋らないまま、時間が過ぎる。何か喋らないとと思うんだけど、言葉が出てこない。俺達は近くのベンチに腰掛けた。
「あ…上…!」
「…ん?」
言われるままに上を見ると、真上に大きな月が見えた。満月よりちょっと欠けているが、とても綺麗だ。
「よく…二人でお月見したね」
「あぁ、砂で団子とか作ったっけ…」
「そうそう。でもあの時は夕方に見える月だったけどね」
「懐かしいな…」
「うん…」
「…こうして、また二人で月見してるのって何か不思議だな」
「…どうして?」
「何かガキの頃に戻ったみたいな気がしてさ…」
「そうだね…」
僅かに風が吹いた。ほんの少しだけ舞い上がった桜が、月光を浴びてより一層輝きを増して見えた。
「…そん時の合言葉…覚えてるか?」
「合言葉…?」
「ほら、二人で毎回言ってたやつ」
「…うん、覚えてる」
「…いつまでもいついつまでもいつまでも」
「二人は仲良し仲良しこよし…」
「いつか一緒にあの空に!」
「キラキラ光るあの月に…!」
『二人で飛んで行きたいな!!』
「…っぷははははは!」
「ふふふ…」
思わず二人で笑ってしまった。月明かりが一層強くなった。それは何だか月が優しく微笑んでるみたいに柔らかな光だった。
突然着信音が鳴った。空は慌てて携帯電話を開いた。どうやら両親からのようだ。
「迎えか?」
「うん…行かなくちゃ…。ごめんね…?」
「気にすんなよ。楽しかったしさ」
「私も…」
「…明日の一限目…何だっけ?」
「え…っと…確か数学だったと思うよ…?」
「そっか…。車まで送ろうか?」
「私もう高校生だよ…?大丈夫」
「全然成長してないけどな…」
「あ、酷い神名君…!」
「あはは、すまんすまん…。…また、明日…」
「うん…じゃあね…!」
歩きながら空は何回も手を振っていた。
それに応えながら、俺は去って行く空の背中をぼーっと眺めていた。
強い風が吹いた。
今年の遅めの春一番に舞い上がった桜が、月明かりの中にぼんやりと浮かんでいた。
それは大きな円を描きながら、月明かりに吸い込まれるようにして見えなくなった。
また寒気が襲ってきた。
俺は何かもやもやを引きずりながら、月明かりの照らす道を歩き始めた。
fin