佑希と金魚
小学校6年生の時に、秘密基地で金魚を飼っていた。
森の小道をちょっとだけ進んだところに、使われていないプレハブ小屋があって、そこにビニールシートとか人形とかビー玉とか漫画とかを、佳奈と二人で持ち込んだ。
お祭りでとった真っ赤な1匹の金魚を内緒で飼おうってなって、私が家から持ち出したガラスの金魚鉢に川の水を汲んで、毎日放課後になっては二人で集まって餌をあげた。
真っ赤な金魚は尾びれが透き通っていて、なんだか変に偽物みたいで、永遠に死なないような気がした。
だけど結局、1週間程で金魚は居なくなってしまった。
「野良猫が食べちゃったんだね。」
と佳奈は言ったけれど私はそんな気はしなくて、金魚はまだ生きてるなんて根拠なく思っていた。
金魚が居なくなって、なんとなく秘密基地には行かなくなって、中学に上がって佳奈とあまり話さなくなって、あれだけ毎日一緒にいたのになんだか疎遠になり、高校生になった。
その間、佳奈とはずっと同じクラスだった。
あまり話さず大人しい性格の佳奈は、私の居るグループとは真逆で、関わる機会なんて全くない。
朝の挨拶もしないし、隣の席になっても、体育で同じグループになっても、何もない。
多分、外ですれ違ってもお互いに声はかけないだろうし、本当にただのクラスメート。
特に何を感じる訳でもなく、秘密基地とか金魚の事自体を忘れかけていた。
「佑希ー、トイレいこー」
「うーん、いくー」
同じグループの子の所へ向かおうとしたときに、佳奈とぶつかった。
佳奈の持っている教科書がバサバサと落ちる。なんだか視界が暗くなった。
やってしまった。
「あ、ごめん」
「うん」
なんとなく気まずい。佳奈はゆっくりとしゃがんで教科書を拾う。
つやつやした黒髪は昔から変わらず2つ結び。
それをぼーっと見ていたら急に頭にあの時の金魚の事が浮かんで、佳奈に話しかけそうになった。
「佑希ーはやくー」
友達の声でふと我に返る。「本当にごめん」と付け加えて佳奈から離れた。
「清水さん、ホント暗いよね。いっつもおさげだしザ・陰キャラって感じ」
友達がそういったので、あー分かる。って言ったけれど、なんでか少しチクリと胸が痛んだ。
皆と別れた帰り道、ずっと佳奈のことを考えていた。
浮かぶのは、教室で1人本を読んでいる姿ばかりで、秘密基地での佳奈の記憶はなんだか靄がかかっていて、声とか話し方とか、あれ、どんな風に笑うんだっけとか、何もかも曖昧で少し、寂しくなった。
あの時の金魚は本当に、赤色だったっけ。
まだ9月なのに、風が寒い。
佳奈に会いたくなってたまらなくなって、そうするのが当たり前みたいに秘密基地に向かう。
あの頃毎日通っていた小道には階段ができていて、まるで知らない場所のようで、やっぱり胸が痛くなった。
記憶よりもだいぶ早く、あっけなく秘密基地についた。
プレハブ小屋は全然変わらずにボロい。
扉を開けると中はなんだか小奇麗で、あの頃と同じ場所に、同じ金魚鉢に赤い金魚が泳いでいた。
この金魚は、あの時の金魚ではないと直感でそう感じた。赤い金魚は、夕日を浴びてキラキラと光る。
「ゆうちゃん?」
不意に後ろから少し低くなったけれど、それでも聞き慣れた声が聞こえた。
振り返るとビニール袋片手に制服姿の佳奈がきょとんとした表情で私を見ている。
「どうしたの?アイス、食べる?」
そうするのが当たり前みたいに佳奈は私に聞く。私は頷いて秘密基地に入って1つのアイスを2人で分け合って食べた。
佳奈は、私が来なくなってからもずっと来ていたみたいで、高校に入ってまた金魚を飼い始めたんだ、小屋もリフォームして、今日は金魚のためにエアーポンプを買いに行ってたんだよって、ゆっくりと話してくれた。
佳奈のことを、私はすっかり忘れていてなんだか居たたまれなくなって、佳奈にごめんって誤ると佳奈は、
「エアーポンプも買ったし、金魚、もっといっぱい飼おうか」
と、穏やかに笑った。
心にかかった靄が晴れていくような感覚がして
これからまたここに来られるんだと思ったらなんだかすごく嬉しくて、明日が、楽しみ。
あの時の金魚はきっと、今もどこかで生きているような
そんな気がする。
個人的には地味な女の子の方が、私は好きです。