-008 『ただし、厄日だったが悪くない』
出鼻をくじかれながらも、俺たちはまた適当に店内をうろついてみた。
音ゲーをやる人を眺めたり、二人でクイズゲームをやってみたり。流石にライムに直接やらせるわけにもいかなかったが、それなりには楽しんでいるようだった。
そして、あらかた店内を回り終えたとき、その人物は現れた。
「やぁ、こんなところで会うとは奇遇だな、水峪清司」
部長である。学校帰りなのか、俺と同じく制服姿だ。
しかし、それよりも気になるものを彼女は持っていた。
「部長、そのぬいぐるみって」
「これか? さっき暇つぶしにやったらとれたのだ。なんだ、欲しいのか?」
そう言って彼女が持ち上げたのは、先ほど俺が取り損ねたクマのぬいぐるみ。これは天恵かもしれない。
「ええ、ちょっと知り合いが欲しがってて。いらないなら、譲ってもらえませんかね」
「ほう、そうなのか。ならば、私が持っているより、欲しがっているものにあげたほうがよいだろうな」
「なら……!」
あっさりぬいぐるみを手に入れられそうだと思った。しかし、俺は部長という人間の本質を忘れていた。
「では、ゲームをしよう。私が負けたらこれはやろう。但し、勝ったならば水峪清司に一つ言うことをきいてもらおうか」
「えっ、それは流石に――」
部長の命令というと、恐ろしいイメージしかない。確かに、ぬいぐるみは欲しいが……。
「ちょうど手近にあるし、これで勝負しよう。勝つ自信がなく、逃げるならそれでもいいがな」
「……いいでしょう、そこまで言うならやってやりますよ。けど、俺からも条件があります」
「なんだね?」
「ぬいぐるみ一つで、命令は釣り合いません。だから俺が勝ったら、それだけじゃなく、部長も一つ言うことを聞いてください。勝負の種目を決めたのはそっちなんですから、このぐらいはいいですよね?」
やるからには、徹底的にやってやろう。
ここで勝って、部長に面倒ごとは起こさないように確約させてやる。
「いいだろう、それぐらいのリスクがないとつまらないからな。では早速始めるとしようか」
「えぇ、望むところです!」
互いに睨み合い、筐体へと乗り込む。楕円形のカプセルのような内部は、外からは様子を窺うことはできない。
「いいの、あんな約束して?」
心配した様子でライムが聞いてくる。
けれど、今回に限ってはいくら部長が相手でも勝算は十二分にあるのだ。
「ふふふ、このゲームやり込んでるんだよ。全国七位の実力に、入賞景品である特別なIDカードまである。いくら部長が腕に覚えがあっても、負ける理由はどこにもな――はっ? えっ? ちょっ!?」
目論見どおり、一瞬で勝負は決した。
――ただし、俺の負けという結果で。
「さて、私の勝ちなわけだが。む、なにか文句があるのか?」
筐体から降り、勝ち誇った顔で部長がこちらに笑いかける。普段から悪巧みをしていそうな薄笑いが、いっそう邪悪なものに見えてきた。
「な、なんで部長があのカードを……」
「ククッ、偽造なんかではないぞ? ちゃんと友人から貰った本物だ」
自慢げに見せ付けられたIDカードは確かに本物だった。オークションに流せば数十万はくだらない、使えば負け無し(チート仕様)の一位専用カード。そんなものを軽々しくあげる人がいるなんて。
「それでは早速、命令を聞いてもらうか」
「できれば、お手柔らかにお願いします……」
こんなことを言ったところで、加減なんてしてくれないのは分かってる。
今にして思えば、俺に自信があることも想定済みだったのだろう。部長が勝ち目のない勝負をするはずない、そんなこと分かっていたのに。調子に乗って勝負なんてするんじゃなかった。
あぁ、一体どんなことをさせられるんだろうか……?
「――と、思ったがやめておこう」
「へ?」
予想外の言葉。今、なんて?
「なにをそんな阿呆のように口を開いているのだ? 聞き取れなかったならもう一度言ってやろう、『命令を聞いてもらおうと思ったがやめておく』と言ったのだよ、私は。それとも、水峪清司は私に命令をして欲しいというマゾヒストなのか?」
「あ、いや、ちょっと驚いただけで……」
全く考えても見なかった返答だが、ありがたい申し出だ。しかし、それを鵜呑みにするのは危険すぎる。相手はあの部長なのだから。
「なに、ただの気まぐれさ。これから立ちふさがるだろう障害への、ささやかな応援というところだ」
「障害、ですか……?」
何だろう、ものすごく嫌な予感がする。助かったはずなのに、それ以上に酷い目に合いそうな……。
「まぁ安心するといい。私は水峪清司がなにをしようとも、否定せんよ。趣味というのは自由なものだからな」
携帯を見ながら、楽しそうに笑う部長。だが、なんのことを話しているのか全く分からない。
「む? すまない、どうやら急用ができたらしい。私はこれで帰るとする。あぁそうだ、これはお前にやろう、暇つぶしに付き合ってくれた礼だ」
「え、あっ、はい」
そう言って一方的にぬいぐるみを押し付けると、部長は携帯を耳に当てながらどこかへ去っていった。多分、またなにか変なことを計画しているのだろう。
「……結局あの人、何しに来たんだ?」
「あたしに聞かれても困るわよ」
疲れた声音で手元のライムが答えた。多分、彼女も俺と同じ気分なのだろう。部長の行動に意味を求めること自体が、間違っているのかもしれない。
「さて、俺たちも帰るか」
なんかもう、本当に疲れた。買い物だけでも限界だったのに、更に部長に絡まれるなんて。今日は厄日だ、絶対。
「あのさ、最後に一つやってみたいのがあるんだけど……」
「ん、いいぞ。なにをやりたいんだ?」
少し言いづらそうに、ライムがおずおずと切り出してきた。
そういえば、彼女のほうから頼んでくるのは最初のクレーンゲーム以来である。折角言ってきたのだし、好きなようにやらせてやろう。
「準備できたわよ、清司」
準備を終えたライムが俺を誘う。もしも、このまま入らずにすむならばどれほど楽か。
「……あぁ、分かった」
別に強制されているわけじゃない、本当に嫌なら断ればいいだけの話だ。本気で拒否すれば彼女だって、諦めてくれるだろう。
だが、できない。仕切り越しに俺を呼ぶその声が、弾んでいるのが分かるから。
「そもそも、今更なにを気にしてるんだって話だよな」
もう今日は散々恥をかいたのだ、ここまでくれば後一つ増えたところで変わらない。女性下着売り場を一人でうろつくことに比べたら、こちらのほうが遥かに楽だ。
「……よし」
周りに知り合いがいないことを確認して、狭いその場所、プリクラ機の中へと足を踏み入れる。万が一この光景を誰かに見られたら、男一人でプリクラを取る変人と思われるだろう……。
「あのさ、今日は色々ありがとね、清司」
意を決して入った先で待ち受けていたのは、買ったばかりのワンピースを着たライムだった。
「このぐらいどうってことない。それより、やりかたは分かるのか?」
「うん、大丈夫。ちゃんとさっき説明読んで、もう覚えたから」
パネルを操作しながら、ライムが得意げに頷く。やはり半透明とはいえ女子は女子、こういう物の扱いは上手いのかもしれない。
「ならまかせた。こういうのやったことがないんでな」
「えぇ、任せておきなさい」
『サン――』
そうこうしていると、スピーカーがカウントを始めた。画面には俺とライムの姿が映し出されている。
「とりあえず、真ん中のほうを見てるのよ」
「わかった」
『ニイ――』
言われたとおり、画面の中心へ視線を向ける。丁度いいので、面と向かって言えなかったことを言っておく。
「そういえばその服、よく似合ってるな」
『イチ――』
「なっ!? いっ、いきなりなに――」
『ゼロ!』
「あっ!?」
まるで見計らったようなタイミングで、パシャリとフラッシュが瞬く。
画面を見ると、慌てた様子のライムと顔を赤く染める俺の姿が表示されていた。
「くくっ」「あははっ」
どちらともなく笑い出す。
なんだろう、これは? 恥ずかしくはあるが、それ以上になんだかおかしい。
『――マタキテネ!』
「おっ」
電子音声で我に返ったときには、もうプリントが終わっていた。下から小さなシールになった先ほどの画像を取り出す。
それを見せ、何故かこみ上げてくる笑いを堪えて隣のライムに問いかける。
「どうする、もう一回やるか?」
「ううん、もう十分満足したわ」
どうやら、ライムのほうも俺と同じ意見のようだ。そんな調子で笑いを堪えながら、片づけを済ませ俺たちはゲーセンを後にする。
一日一緒にいたせいか、家につく頃には半透明とかスライムだなんて気にならなくなってきていた。別に恋愛感情というわけじゃないが、彼女と話したりするのはなんとなく心地いい。
「ただいま」
「お帰りなさい、清司」
扉の前で声をかけると、部屋の中ではなく手元から楽しそうに声が返される。一人で暮らしていたときには絶対になかったことだ。
そう思うと、自然と口から言葉がでていた。
「これからもよろしくな、ライム」
「うん、よろしく清司」
昨日と同じことを言っているのに、何故だか気分が全然違う。まだ照れは少しあるが、自己嫌悪は全くない。
今日は色々と酷い目に遭ったし相当な厄日だったが、このおかしな同居人と打ち解けられたことは悪くないと思えた。
とりあえず更新。
まぁちびちびと、週1~3くらいのペースで乗っけていく予定です。
ある程度書き上げてはあるので、キリの悪いとこでの切り上げは無いです。
それでは、読んでいただき有難うございました。