-006 『ただし、部長は変人である』
「うげ……」
屋上に戻ろうとして、その扉が開いていることに気がついた。
鍵のかかっている扉が開いてることや、聞こえてくる声などから、それが俺のよく知る危険人物だと分かる。
「すまんライム、もう駄目だ」
「みたいね、なんか人がいるみたいだし。でも、あんたのとっておきの場所じゃなかったの?」
「そんなこと今はいい、それよりもここから早く離れな――」
「何故隠れているのだ、水峪清司? さっさと入ってこい」
その声は扉の向こうから聞こえていた。高圧的でいて、どこかからかい混じりの声音。
「……あぁ」
バレた。見つかった。終わった。
頭をよぎるゲームオーバーの表示。こうなったらもう、逃げられない。
「ライム、絶対に声を出したり動いたりするな。見つかったら、洒落にならん……」
「う、うん。けど、なんなのよ……?」
「詳しいことは後で話すから、大人しくしてくれよ」
念を押して言い聞かせ、屋上の扉をくぐる。そこには、一組の男女が居た。
「こ、こんにちは、先輩がた」
「ふむ」
「ククッ、こんなところで会うとは奇遇だな」
無関心と薄笑いという、なんとも微妙な言葉で迎えられる。
この人たちは、俺が所属する文芸部の先輩だ。
「とりあえず、僕は忙しいので喋りかけないでくれ」
こちらを見向きもせず、ゼリー飲料をくわえながら一心不乱にパソコンを操作する青年。
この人は三年生で、神田浩介カンダ コウスケ先輩だ。部内の役職は会計をやっている。
同性の俺から見て羨ましく思えるほど整った容姿に、細身ながらも均整の取れた体つき。無駄なことを喋らないクールな性格。おまけに成績は常にトップ。
だが、この完璧な人には酷く残念なところがあった。
「無垢な瞳にぷにぷにとした肌、そしてこの無邪気な笑顔……。やはり、穢れなき幼女おとめ達の姿はいつ見ても素晴らしい。あぁ、通学路にカメラを仕掛けて正解だったな……」
――この人はロリコンなのだ。それも手遅れな程に重度の。
彼がうっとりと眺めるPC画面には、小学校低学年であろうランドセルを背負った少女達の登校風景が流れていた。
というか、捕まらないのだろうか? どう考えても盗撮だろう、それは……。
「で、何をそんなキャラ紹介するような目で見ているのだね、水峪清司? まぁ、別に私は気にしないが」
俺の頭の中を見透かすように言葉をかけてきた女生徒。
神田先輩と同じく三年の部長である。呼び名の通り、文芸部では部長をやっている。
苗字が西河ニシカワであるとは前に聞いたが、名前の方は知らない。めったなことでは名乗らないらしく、ほとんどの人は彼女を『文芸部長』やたんに『部長』と呼んでいる。
見た目に関しては、あまり目立つところはない。短く切りそろえられた髪に小柄な体型、悪くはないが取り立てて目を引くほどでもない凡庸な容姿。しいて特徴を挙げるとしたら、いつも笑っているように釣り上がった口元ぐらいである。
しかし、彼女の変人ぶりは他の追随を許さない。
文芸部の設立からしてそうだ。まず、顧問として理事長を引っ張ってきたことからしておかしい。さらに、人を寄せ付けないオーラを発していた神田先輩を引き込んで、たった二人で設立したうえに部室も入手。しかも、それが入学当日の出来事だという。
真偽の定かでない話だが『その気になれば軍を動かせる』とか『悪の組織の大幹部である』といった冗談めいたものや、『正体は学校に住み着いている幽霊』なんて七不思議になっているものまである。
――つまりは、そんな嘘のような噂がまことしやかに囁かれるのが、この部長という人物なのだ。
「うむ、説明は終わったようだな」
……いや、だからどうして分かるんですか。
「はぁ……」
改めて思う、なんで俺はこんな危険人物と接点を持ってしまったのだろう……?
「なんだ、私との出会いでも思い出しているのか? 懐かしいな、入学式の日、お前が私に惚れ込み是非入れてくれと頼み込んできたことは今でも鮮明に――」
「人の考えを読むばかりか、勝手に記憶を捏造しないでください。そもそも、部長が俺をいきなり拉致したんでしょうが」
日時ぐらいしかあっているところがない。実際は入学式の終了後、有無を言わさず部室に連れ去られ入部届けを書かされたのである。
特に入りたい部活もなく、早く帰るためよく考えずに入部したことが、高校生活最初にして最大の過ちだった。
「よく調べてさえいればな……」
『文芸部』という名前ながら、やることはもっぱら部長の暇つぶし(という名のはた迷惑な騒動)の手伝いである。
例えば、最近やったことだと、全教室への黒板消しの設置、校庭へ校門から校舎までへ巨大迷路の建設、クラブ対抗武道大会の開催などがある。
どんな無茶苦茶な内容でも、やたらに広い部長の交友関係に有能すぎる神田先輩、更に面白がって協力する一般生徒がいるせいで実現してしまうのだ。確かに、安全圏から眺めるぶんには面白いのだろうが、巻き込まれる当事者としては勘弁して欲しい。
「別にお前がどうしようと、私は入部させたのだから関係ないさ。水峪清司がここにいることは必然なのだよ」
またも苦悩を見透かしたように笑う部長。確かに、俺の自由意志なんかこの人には関係ないのかもしれない。
「でも、なんで俺なんですか? 他にも入りたがっている人はいるのに……」
新入生でこの部に入ったのは俺だけなのだ。というより、彼女達以外には俺しか部員はいない。神田先輩がいることもあり、文芸部に入りたいという人は大勢いるのだが、部長は頑なにそれらを断っている。
そんなわけで、現在文芸部の部員は俺を含めたこの場にいる三人だけなのだ。
「何そんな当たり前のことを聞く。決まっているだろう、面白くなさそうだからだ! 退屈しない学生生活を送るには、面白い人間達が必要不可欠。私の文芸部につまらない有象無象を入れるつもりはない! そう、この部は私が厳選した者だけが存在する理想郷シャングリラ! 即ち、この学内のおける楽園エデン! この文芸部こそ真理の探究者たる――むぐっ!?」
「……少し黙れ」
中二病じみた演説をし始めたその口を、ついに神田先輩が塞ぐ。
ばたばたと暴れているが、部長の力では到底それを振りほどけない。人を使うのはうまくとも、本人の性能はあまり高くないのだ。
「助かりました、神田先輩……」
「気にしないでいい。僕としてもいい加減うっとうしいと思っていたところだ」
彼だけが、この部長の暴走を止められる。文芸部における良心と言ってもいい。いっそ完全に手なずけて、大人しくさせてもらいたいところだ。
「あのさ……」
手元から控えめにライムが声を出した。まぁこの様子だと、気づかれそうにはないから大丈夫か。
「喋るなといっただろ。で、どうした?」
「大丈夫なの、顔が青くなってるけど……?」
見ると、先ほどまでもがいていた部長はぐったりとし、血の気のうせた顔をしていた。どうやら意識もないようで、息もしていない。流石に神田先輩もそれに気づいたのか、口を押さえる手を離している。
「……ふむ、まぁ大丈夫だろう」
「まぁ、部長ですしね」
俺や神田先輩の様子を見てか、ライムが呆れるように呟く。
「容赦ないわね……」
部長だから仕方ない。殺そうにも死にそうにないし、この人。