-004 『ただし、もちろん夢ではない』
朝起きると、ライムの姿はなくなっていた。部屋を見回すが、どこにも彼女が隠れられそうな場所はない。
「……夢、だったのか?」
あの一連の出来事は、漫画かなにかから連想して思いついたおかしな夢? その可能性が一瞬よぎるが、そんなはずないと考え直す。
「どう見ても、あいつが作ったものだよな」
丸机の上に並んだ、ラップをかぶされた朝食。そしてその隣に置かれた弁当箱の包みと、カバーの付けられたペットボトル。こんなもの俺は用意した覚えはない。
「じゃあ、なんで消えてるんだ?」
ざっと部屋を見わたしても、どこにもその姿はない。
こういう場合は、『なんだ、夢だったのか……』と安心したところで『やっぱり夢じゃなかった!?』となるお決まりなパターンな気がする。
いや、そもそも現実だってことは目の前の料理と弁当で分かってるけども。
「おーい、ライムー、いないのかー?」
成り行きでともに生活することになった、おかしな同居人の名を呼ぶが、返事はない。
「うぅむ、どこに行ったんだ?」
いなくなるならいなくなるで、連絡ぐらいはしていくべきじゃないのだろうか? 見たところ、書置きの類は見当たらない。
「まさか――」
外を出たところを、謎の研究所とか悪の秘密結社に見つかり捕まって――、
「……いやそれは、ないな」
テレビの見すぎだ。現実に悪の秘密結社とか在るはずがない。日曜朝の特撮でもあるまいし。
「まぁ、そのうちひょっこり出てくるだろ」
少し心配ではあるが、気にしないことにする。用意された朝食を食べ終え、着替えを済ませると、俺は弁当を持って学校へと向かった。
部屋の鍵が閉まっていたこと――ライムが外出した気配がないことに、少し安心しながら。
「ふぅ」
教室に到着してため息を一つ。走ってきたわけではないが、四階にある一年の教室に来るのは結構辛い。二年になれば三階、三年になれば二階と、徐々に階は下がっていくらしいが。
「そういえば、確か飲み物があったよな」
窓際の自分の席に着きながら、そんなことを思い出す。昼飯用に入れてくれたものなのだろうが、喉が渇いているのだから仕方ない。鞄の中から目当ての品を取り出す。
「……ん?」
どこか違和感がある。具体的になんのなのかは分からないが、なにかがおかしい気がした。
「いや、気のせいか――んっ!?」
そう思いボトルに口を付け、次の瞬間吐きかけた。
口の中に広がるどろりとした粘り気のある液体。味は全くないが、その気持ち悪い感触に吐き出しそうになるのを堪える。
すぐさまトイレの個室へと駆け込み、ペットボトルを開く。
「おまっ――」
「いきなりなにするの!? しかもトイレに連れ込むなんてセクハラよっ!」
文句を言おうとして、遮られた。憤慨した様子のライムに。
「キモっ!?」
――ライムの顔は、俺が持ったペットボトルの口から生えていた。
一体どこのホラーだ!? いくらなんでも悪趣味すぎる!!
「乙女にキモイなんて、なに言ってるのよ! 撤回を要求するわ!」
「そんな格好で言われてもな……」
これを乙女と言える人間がいたら、速やかに精神科医を紹介する。
半透明だけならまだしも、ペットボトルから生首とかどこの悪夢だという話だ。
「もういい! あんたなんか重要アイテム取り忘れてボスに戦闘挑んで全滅すればいいのよ!」
なんで例えがRPG風? しかもムダに具体的な……。記憶喪失前はゲーマーなのか、こいつ? あと俺は自慢じゃないが、RPGは苦手でやらないから関係ない。
「はぁ……。わかった、俺が間違ってた、キモいなんて言って悪かった」
色々思うところはあるが、こうでも言わないと話が進みそうもない。
甚だ不本意ながら謝罪をする。本当に、面倒くさい性格である。
「ふんっ、分かればいいのよ。今後はもっとレディの扱いに気をつけなさい」
どの口がレディと言うか。たとえ色が着いていたとしても、こいつが淑女であるとは思えない。まぁ、美少女であることは認めてもいいが。
そういう内心の不満は全て堪えて、一番聞きたいことを口に出す。
「で、お前は何でここにいるんだ?」
「あんたが学校行くと暇じゃない。なのに、家から外に出るなって、そんなの耐えられるわけないわ」
「……だから、こんな真似をしたと?」
確かに、昨日の夜にそう言いはした。
だが、半透明なこいつを学校に、それどころか外に連れ出してみろ、すぐに捕まるに決まっている。
「大変だったのよ。朝早く起きて料理して、身体を凝縮してボトルの中に入るのは……」
自分の行動を苦労話のように語りだすライム。
僅かにでもこんなやつの心配をしたなんて、我ながら馬鹿らしい。いっそトイレの中に流してやろうか、この不思議生物。
「って、ちゃんと聞いてるの!」
「聞いてる聞いてる、だから少し落ち着け」
適当に聞き流しつつ考える、どうするのが最良であるのかを。流石に本当にトイレに流すわけにもいかないし、今更家に帰るのも無理だ。なら、どうする?
「なぁちょっと首を引っ込めることってできるか?」
「なによいきなり? まぁ、それは勿論できるけど」
言われたとおりにペットボトルの中へライムが頭を引っ込めた。この状態だと、ただ青い液体の入っただけのペットボトルであり、カバーをかければ特に見た目には全く問題はない。そして、片手に持ったキャップでその口を硬く閉める。
「これでよし」
「いいわけないでしょっ!」
くぐもった声がしたかと思うと、手元のボトルが飛び跳ねた。
仕方ないので、キャップをはずすと、すぐさま半透明の頭が生えてくる。
「一体いきなり何するのよ! こんな窮屈なとこに閉じ込めて、もしかしてあんたそういう趣味なのっ!」
いや、流石に粘液をボトルに詰めて興奮する性癖は持ってない。
そもそも、そこに入っていたのはこいつ自身だ。なんだか、とても理不尽な目に遭っている気がする。
「それは悪かったが、教室に戻るとき、お前を見せるわけにはいかないだろ?」
「それは、確かにそうだけど……」
「分かったら、このなかに入って大人しくしてくれ」
一応自分の姿が見られて困ることは理解してくれているようだ。このまま言うことを聞いてくれれば楽なんだが。
「……仕方ないわね、授業の間は大人しくすればいいんでしょ」
「そうしてくれると助かる」
「けど、そのかわり条件が二つあるわ」
安堵しかけた俺に、不満げな顔でライムが言い放つ。
「まず、キャップはゆるく閉めて。しっかり閉められると、結構苦しいのよ」
「まぁそれぐらいなら」
確かに、俺が開けたときにはかなり口が緩くなっていた。今思えば、それがあの時思った違和感の正体だったのだろう。
それにしても、もっと無理難題がくるかと思っていただけに拍子抜けだ。しかし、二つといった以上まだ油断はできない。
「そして、昼休みに学校を案内しなさい。あたしが外へ出てもいい場所へ連れて行くのよ」
「また難しい要求を……」
「それができないんだったら、あたしは絶対言うこと聞かないからね」
脅してきやがった。どうやら自分の立場をわかってないらしい。姿がばれて困るのは、実際俺よりこいつなんだが。
「はぁ……、分かった。言うとおりにするから、昼までは大人しくしていてくれよ?」
「えぇ勿論よっ!」
満足そうに返事をすると、ライムは首をペットボトルの中に引っ込めた。体積とか無視している気がするが、気にしたら負けだろう。
「どうしたのよ、早く行かないと授業に遅れるわよ?」
「なんだかなぁ……」
学校について早々、こんな爆弾を抱える羽目になるなんて。己の不運に泣きたくなる。