-013 『ただし、シリアスなんてなかった』
「ククッ、クハハハハッ!!」
突如として響き渡る哄笑。
その場にいる全員がそちらを向くと、黒い人影が立っていた。滑り台の上で、まるで誇るように両腕を組んだ人物が。
「だっ、誰だ、お前は! なんなんだ、一体!?」
「クククッ、私が誰だと? ならば、こう答えるしかあるまい――」
耐え切れなくなったように、倒れたまま叫んだ副室長に満足したのか、そいつは楽しそうな声音を漏らす。そして、大きく息を吸い込み宣言した。
「我こそが悪の秘密結社ウェストリバー総帥、寿限無寿限無五劫の擦りきゅりゅ……!?」
噛んだ――ッ!?
一同唖然。俺とライムは勿論のこと、桂木や副室長、黒服達までも呆然とその様子を見ていた。パーカー男に至っては、頭に手を当てている。
「ごほんっ!」
わざとらしすぎる咳。しかし、本人はこれで押し通すつもりなのかまた大きく息を吸い込む。
「そう、我こそが悪の秘密結社ウェストリバー総帥、西河寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処やぶら小路の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長子、であるっ!」
何事もなかったかのように言い切り、腕を組む影。
しかし、『ゼーハー、ゼーハー……』という荒い息遣いがこちらまで聞こえてくる。
まぁ、あんな一気に叫んだらそうなるだろう。
「で、なにやってんすか、部長?」
暗い上にV字型の変な仮面を着けてるので顔はよく見えないが、体格や声、そして笑いかたで部長だと確信が持てる。
そもそも、言い直したときに『西河』って名乗っていたし。
というか、本当にさっきのが本名だとしたら酷い名前だ。あまり人に教えようとしないのも頷ける。長すぎるだろう、いくらなんでも。常識外れな彼女には、ある意味似合っている気もするが。
「なっ、なんのことだ? 私は別に水峪清司のいる文芸部の部長とは一茶一合切、なんの関係のないごくごく普通の悪の秘密結社総帥で、ひゃあぁあああああ!?」
――ガラガラガラ、ゴンッ。
テンパった部長が滑り台から足を踏み外し、転がり落ちる音である。
「ああっ!?」
悲痛な声を上げる彼女の手元には、転げ落ちたせいだろう、真っ二つに割れた仮面。当然ながら、その仮面の下にあったのは見慣れた部長の童顔だ。
「うぐっ……。クックック、よくぞ私の正体を見破るとは流石だな水峪清司!」
うわぁ、なかったことにしたよ、この人……。
しかも、仮面が壊れたのが悲しいのか少し涙目だし。
「その、なんだ、そっとしておいてくれ」
そう言って、パーカー男が肩を叩いてきた。近くで見て、それがよく知った人物であることに気づく。
「神田先輩だったんですか」
フードに隠されていた素顔は、ロリコン紳士こと神田先輩だった。改めてみれば、口調や声に聞き覚えがあったように思える。
「ちなみに、彼らは我が組織が誇る戦闘員達だ」
「「「「「「ウィィィィィィィィィィィィィイイッツ!」」」」」」
部長が指差した方向には、いつの間にか集まっていた、全身黒タイツの戦闘員達。地面に倒れる黒服を紐で縛ったり武器を取り上げたりと、てきぱき作業をこなしている。
部長の声に返事をする彼らは、両手をピンと伸ばしてノリノリだ。
「……で、結局何なんですか、部長?」
少し前までシリアスに絶体絶命のピンチだったというのに、なんだろう、この無茶苦茶な状況? 助かったのはいいけど、色々とついていけない。
「だから言っただろう、悪の秘密結社だと。確か、事前に連絡はいっているはずだが?」
「いや、そんなの聞いてないですから」
そもそも、部長に助けは結局求めてない。
「……どうやら、彼女達が私の頼んだ組織らしい。なんだか知らないが、お前の知り合いらしいな」
ライムに支えられながら、桂木が歩いてきた。ライムのほうは裸ではなく、桂木の白衣を羽織っている。
「けど、それって確かWRって言う名前じゃ、……って、あぁそういうことか」
「えっ? 何? どういうこと?」
いまだ理解できていない馬鹿なスライムが一人。学校の勉強は出来るくせに、こういうことは分からないのか。
「ウェストとリバーを英語にして、頭文字をとった略称よ」
「なるほど、だからWRなのね!」
桂木の説明でようやく意味を理解したらしく、ライムが声を張り上げた。納得できて嬉しいのか、声が弾んでいる。
「じゃあ、助けてくれてどうもありがとうございました。それでは俺達は関係ないんで、帰りますね」
礼を言い、ライムの手を引いて立ち去ろうとする。が、やはりそんなにうまくはいかないようで腕を捕まれた。
「水峪清司、お前は私の説明を聞いていなかったのか? 悪の秘密結社の総帥たるこの私が、関係ないからといってそんなに面白そうな存在を見逃すと思うかね?」
「……絶対にないですね。じゃあ、ひとつ提案があります」
もし力づくで奪うと言われたら、リカシツの奴らにすら手も足も出なかった俺には止められないだろう。だが、部長相手なら交渉ができる。
「ほぅ、なんだ、言ってみろ?」
「誰か代表を決めて、俺と一対一で戦ってください。俺が負けたら、ライムも俺も好きにしてくれていいです。けど、勝ったら俺達には手を出さないと約束してください」
こう言えば、勝負好きな部長は絶対に乗ってくる。それに、一対一なら勝てる可能性だってあるかもしれない。
「クククッ、それは面白そうだな」
「おいっ」
「神田浩介、勝負を挑まれて逃げることはできないだろう? 水峪清司よ、その挑戦受けてたつ」
何か言おうとする神田先輩を制し、自信に満ちた顔で勝負を受ける部長。その顔に浮かぶのは、いつもの何を考えているのか分からない笑み。
「それでは、代表は折角挑まれたのだから私がやろう。ん? どうした、問題はなかろう?」
「……分かりました」
まさか部長自ら出てくるとは思わなかった。
彼女の運動神経がないのは間違いないが、わざと勝ちを譲ってくれるような人でもない。絶対に、なにか企んでいるはずだ。
そんなわけで更新です。
遅くなり申し訳ありませんでした。
今回も読んでいただきありがとうございました。
次回も来週には更新する予定ですので同かよろしくお願いいたします。