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-012 『ただし、彼女は研究対象で』

「……で、結局あんたは何者なんだ?」


 缶コーヒーを飲みながら聞く。傍らでは、ペットボトルから頭を出したライムが、ミネラルウォーターを飲んでいる。

女はただじっと、なにかを考えるようにライムの姿を見つめていた。


「そもそも、なんでこんなところにわざわざやってきたんだ?」


 俺たちが今いるのは寂れた公園。日も沈み、人気はまったくと言っていいほどない。


 あの後、女と一緒に逃げるうち、ここに辿り着いたのだ。足取りからすると、この場所に来たのも、なにか目的があるようだった。


「私は桂木葵(カツラギ アオイ)。リカシツの職員だ」


「理科室?」


 理科室って、あの学校にあるやつのことか? そこに職員なんていないと思うんだが。


「正式には裏科学研究室(ウラカガクケンキュウシツ)という、一般には公にされていない組織だ」


「あぁ、なるほど」


 漢字を思い浮かべて納得する。最初と最後だけとってリカシツってことか。だが、そんな名前は聞いたこともない。


 秘密にされているようだが、一体何をするところなんだ? なんとなく、名前から何かを研究するということだけは分かるが。


「リカシツは、表立っては存在を否定されている事柄や、公開されない物事や技術を研究する組織だ。魔術や霊などのオカルトめいたものから、未確認生物など内容はさまざまで、その分野毎に分室が全国に存在している」


「信じがたい内容だが、事実なんだろうな……」


 淡々と語る桂木の言葉が嘘とは思えないし、なにより隣で生きた粘液が水を飲んでいるのに非常識な存在を認めないわけにはいかない。


「私は元々第二十七分室で研究をしていたが、数日前に逃亡した。お前達を追っていたやつらは、昔の同僚達だ」


「研究者って、何の研究をしていたの?」


 唐突にライムが口を挟んだ。確かに、そこが一番重要なところだろう。俺が狙われた理由、ひいてはライムがなんなのかということにも関わってくる。


「研究内容は、南極で発掘された液状生命体の解析と、それを利用した技術の開発だ」


「それって、つまり」


「……あぁ、彼女は私が組織から持ち出した研究対象だ。道中、いろいろあって君の手に渡ったようだが」


「へぇ、あたしってそんなものだったんだ。それで、あんたの知ってるあたしはどんなだったの? あたし今記憶喪失中で、なにも覚えてないのよ」


 ライムにしてみれば衝撃の事実のはずだ。自分がいきなり研究所から持ち出された実験体だったなんて。当の本人は特にそれを気にした様子でもなく、いつもと変わらぬ調子だが。


「あんた、か……」


 大切なものをなくしてしまったような、どこか悲しそうで、淋しそうな呟き。


「どうしたのよ、いきなり?」


 ライムがボトルの上で器用に首をかしげると、桂木は何か懐かしむように表情を軽く緩ませた。冷徹で淡々とした彼女だが、どことなくライムに関しては態度が柔らかい。


「……なんでもない。私がリカシツにいた頃のあなたは、今みたいに喋ったり人の形をとらないで、ただ生命反応を機械で計測されるだけだった。あなたは名前とか、何か覚えていることはない?」


「それが、何も覚えてないのよね。今のライムって名前も、清司に着けてもらったものだし」


「こいつ、物事に関する知識はあるみたいなんだが、そこに至る記憶が完全に抜け落ちてるらしい」


 感覚的な説明に補足を入れておく。ライムは何も覚えていないという割には、言葉も分かるし料理だってできる。本当に何も覚えていないのだったら、それすらもできないだろう。


「そう、ライムっていうの。いい名前ね」


 俺の言葉などまるで耳に入らない様子で、ライムの透き通った髪を優しく撫でる桂木。その様子はただの研究対象に向けるものとは思えないほど親しげで、ライムも気持ち良さそうに目を細めている。


 何か桂木は隠していることがあるようだが、俺達、というよりライムに対して害意がないのは本当のようだ。理由があって話せないようだし、わざわざ問い詰めるのはやめておこう。


「なんか、怒る気も失せてきたしな……」


 一時は殺されかけもしたというのに。まるで仲の良い姉妹のような二人を見ていると、怒る気になれなかった。我ながら、少しお人よし過ぎるかもしれない。


「ところで、なんでこんなところに来たんだ? あと、これからどうするつもりなんだ?」


 一応、信じがたい内容だったが大体の説明はされた。


 しかし、わざわざこの公園へやってきた理由は聞いていない。それに、今は逃げ切れたようだが明日からはどうするのかというのも問題だ。


「そういえば、それについて話してなかったな。ここに来たのはこの辺りを統べる組織に助けを求めるためだ」


「組織って、自治体とかか? そんなのが当てになるとは思えないんだが」


「そうだ、きっと武装して市民を守る、特務部署があるのよ!」


 いや、市民を守る武装自治体って。確かに格好いいかもしれないが、いくらなんでもそれはない。この展開なら、あってもおかしくないのかもしれないが……。


WR(ダブリュ・アール)という、この町を管理する組織に連絡をしておいた。私が組織に加わることを条件に、保護してもらう手はずだ」


「聞いたことない名前だな。けど、それがくればもう心配はいらないってことか」


 そもそもWRなんてものがこの町を仕切っていたなんて初耳である。まぁ一般には知られていない裏組織みたいなものなんだろう。つくづく冗談みたいな話だが。


「あぁ、そうだ。しかし、それにしても遅い。もう約束の時間は過ぎてい――」


「危ないっ!」


 俺が桂木を突き飛ばすと同時、銃声が響いた。ギリギリだったが、どうやら彼女に怪我はないようだ。


「清司っ!? 大丈夫!?  血が出てるわよ!」


「ん? あぁ、確かに」


 血相を変えたライムの声に自分の肩を見ると、シャツの上からじくじくと赤い液体が染み出していた。気づかなかったが、さっきの弾丸は俺に当ったらしい。


「くっくっく、室長、お久しぶりです」


 悪意塗れの不快な笑い声。


 そちらに目を向けると、嫌味な笑みを浮かべた痩せぎすの男がいた。その手には拳銃が握られている。


「……やはりお前か、副室長。しかし、どうしてここが分かった? 完全に振り切ったはずだが」


「監視カメラというものが町にはあるんですよ。そういうものに強い、優秀な方に協力してもらうことができましてね」


 不愉快そうに言い捨てる桂木に、副室長と呼ばれた男は余裕の表情で返答する。


 その傍らに、パーカーのフードを目深に被った人物が立っていた。公園の外灯では顔などはよく分からないが、ノートパソコンを持っているのが見て取れる。


「さて、今の状況は理解してもらえましたかね? 今度は先ほどのようには逃げられませんよ」


 ザッ、という砂を踏みしめる音が聞こえたかと思うと、どこに隠れていたのか黒い服を着た集団が姿を見せた。しかも、そのうち何人かは拳銃を構えている。


「また包囲かよ……」


 まさしく、絶体絶命というやつだ。唯一の希望は桂木が連絡した組織の助けだが、この状況ではあまり期待できそうにない。


「じゃあまずは、液状生命に姿を見せてもらおうか。さぁ、そのボトルの中からでてくるんだ。もし断るというなら、どうなるかは分かっているでしょう?」


「……分かったわ」


 この状況で断れるはずもなく、言われるがままライムはゆっくりと人型をとり前に出た。


 半透明ながらも整ったその身体には当然何も衣服はなく、おぼろげな水銀灯の明かりのもとに生まれたままの姿が晒される。


「これで、いいんでしょ」


「ほぅ、色が付いてないのが残念なくらい綺麗な身体ですねぇ」


「っ……」


 舐めまわすような視線から、恥ずかしそうに身体を縮ませるライム。羞恥を堪えるその顔は、悔しげに歪んでいる。何もできない自分の無力が恨めしい。


「それにしても、やはり写真で見た妹さんとそっくりです。いやはや、取り込んだだけのことはあります」


「……貴様ッ!」


 その一言が引き金になったのか、いままで冷静だった桂木が激昂した。

けれど、いくら叫んだところで状況は変わるはずもなく、ただ男の笑みを強めるだけしかない。


「おや、その様子だと話していなかったんですか?」


 焦る桂木を見て嬉しそうに表情を綻ばせる副室長は、そのまま言い放つ。


「そこの液状生命が、貴女の妹さんの死体を取り込んだことで意思を持ったことを」


「黙れ!」


「ハハハッ、確か駅の階段で足を踏み外しての転落事故でしたっけ? 貴女と同じく、なんとも間抜けなことです」


「このッ、ぐッ……!?」


 桂木が飛びかかろうとするも、すぐに銃声が鳴り響き倒れ伏せる。足を打たれたらしく、命に別状はないようだが暫くは動けないだろう。


「隙ありよっ!」


 いつの間にか手をドリルに変化させ、ライムが副室長に迫る。虚を突かれた彼は、受身も取れないまま攻撃を喰らう……かに見えたが、そうはならなかった。

傍らに立っていたパーカー男が腕を掴んだのだ。そのまま、まるで漫画のように軽くひねりを入れると、ライムの身体が地面に倒れる。


「……やめておいたほうがいい」


「くっ……」


 パソコンを抱えたまま軽くあしらわれ、悔しそうに呻くライム。


 それを見て、男はまたおかしそうに笑う。耳につく、心底不快な笑い声が響く。


「少々驚いたが、また面白いものを見せてもらったよ。だが、そろそろ終わりにしようか。このままここにいても何の意味もないし、君たちを連れて研究所に戻るとしよう」


 副室長が手を上げ合図をすると、俺達を囲んでいた黒服達が近づいてくる。倒れるライムと桂木に数人ずつ、そしていまだ立ち尽くしたままの俺のもとにも数人。


「あぁ、そいつは不要だし、なにか喋られると面倒だから始末しておけ」


 興味のない瞳で俺を一瞥すると、そう言い放つ。それに従い、銃口の一つが俺に向けられたとき、



「ウィィィィィィッ!」



 そんな叫び声と共に、突然謎の集団が現れた。


 そいつらは皆一様に、目と口元以外、頭から足の先まで、全身を黒いタイツで覆っていた。なんというか、特撮に出てくる下っ端戦闘員のような風貌である。


 『はっ?』と、突然の闖入者に唖然とする一同。その間に、戦闘員達は俺を取り囲んでいた黒服を鮮やかな手並みで殴り飛ばし、あっという間に倒してしまった。


 その光景に正気を取り戻したのだろう、桂木を連れて行こうとしていた数人がこちらへ銃を構える。


「ウィィィィィィィィィィィィ!」


 またも叫び声。


 見れば、そちらにもやはり戦闘員の集団が。しかも、俺のほうよりも多い。

黒服も抵抗しようとするが、戦闘員はやすやすとそれをあしらい昏倒させていく。


「なっ、なにが起こってるんだ!? お、おい、お前、早くなんとかしろ!!」


 慌てた様子で副室長は傍らのパーカー男に縋り付き、――倒れこむ。


「断る」


「がはッ!?」


 パーカー男はそう告げると、更に周りで混乱する黒服たちを同じように地面に叩きつける。抵抗する彼らをまるで機械のように、淡々と沈めていく。


 こうして、ものの数分で、副室長達及び、リカシツの面々は全員制圧されたのだった。

というわけで更新です。

……結局週一ですね、すみません。orz


それでは、今回もよんでいただきありがとうございました。

次回もどうかお付き合いいただけると幸いです。

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