-011 『ただし、より酷くなる可能性のある助け』
「ふぅ、やっとまいたか……」
「みたいね。けど、なんだったのよ、さっきのは?」
女に追われること数十分、なんとか俺たちは逃げ切ることに成功した。その間に、のんきな馬鹿スライムをなんど放り棄てようと思ったことか……。
「さっきも言ったが、お前の関係者だろどう見ても」
「あたしの関係者ってなにがよ? 会ったこともないわよ、あんな女」
「ホントに分かってなかったのか……。いいか、お前はかなり非常識な存在なんだ。だから、それを狙うやつがいてもおかしくないだろ」
拳銃持った相手に追いかけられる理由など俺にはない。
家の中を荒らしていたことも、ライム関連と考えていいだろう。ならば少なくとも、あの女は色々な事情を知っているはずだ。できることならライムが何者なのかを聞きたいところだが、あの様子だと対話なんて無理だろう。
「いや、もしかしたらあんたのストーカーとか?」
「……アホか」
なにか考え事をしていると思ったら、そんなくだらない推理をしてたのか。それはありえないだろう、常識的に考えて。神田先輩なら分かるが、俺にストーカーなどできるはずがない。
「そもそも、銃を持って追いかけてくるストーカーとか怖すぎるからな……」
「それは確かにそうね……。ところで清司、ここは何処なの?」
「あー、どっかの路地だとは思うが」
横道や脇道ばかりを通ったせいで、ここが何処なのかはよく分からない。
まぁ、とりあえず大通りに出れば大丈夫だろう。しかし、あの拳銃女をどうにかしないことには家には帰れない。
「これからどうするべきか……」
「警察に話してみたら?」
「どうやって説明するんだ? 『家に帰ると、いきなり拳銃持った女に襲われました』と言って信じてくれると思うか?」
彼女にしては珍しくまともな提案だが、こんな状況を説明するのはかなり骨が折れるだろう。下手をしたら、イタズラ扱いされてあしらわれるかもしれない。
「むぅ、だったら何か、あてがあるんでしょうね?」
「だから、それを考えて悩んでるんだよ。といっても、こういうときに頼れる相手なんて……。いや、一応心当たりはあるが……」
酷く気が進まない相手だ。確かに頼ればなんとかなるかもしれないが、また別の厄介ごとに巻き込まれる可能性が高い。
「心当たりって誰よ? こんなときなんだから、頼れる相手がいるなら助けてもらえばいいじゃない」
「……部長」
彼女に連絡すれば、多分どうにかしてくれるだろう。
だが下手するともっと酷い目に遭うことも考えられる。あの人は『普通でないもの』になにかと興味を示すので、見つかったらライムを連れ去られるかもしれない。
「うげっ、あの人かぁ……」
「正直、あの人は頼りたくない」
俺と学校に通ってたからか、部長の危険性を少なからず分かっているのだろう。期待の混じっていた声が、すぐに躊躇いに変わる。
「けど、そうする以外に方法は思いつかないんだよな。自分でなんとかできたらいいんだが、それも無理そうだ」
「うー、難しいわね……。ところで清司、ひとつ思ったことがあるんだけど」
「なんだ? もしかして、見つかったのか……」
それならまた逃走劇をする羽目になる。まだ少ししか休憩してないのに、勘弁して欲しい。ライムなので見当違いの変なことを口走る可能性も高いが。
「ううん、そうじゃないわ。あの女、仲間っていないのかしら? こういう場合って、組織に追われる展開じゃない、漫画なんかだと」
「確かに、それは考えとくべきだな。けど、そんなことを人事みたいに言うなよ。お前、自分が狙われてる自覚あるのか?」
だが、注意するべきことではある。女を気にしていたら、いつの間にか他の仲間に囲まれていたなんて笑えない。となると、こんなところにいつまでも留まってるのは危険か。
「とりあえず、大通りに移動するか。流石に街中じゃあ、仲間がいたとしてもあっちも手は出しづらいだ、ろ……?」
「どうしたの、清司? いきなり向こうを見て固まって、行かないの?」
不思議そうに聞くライム。彼女は気づかなかったのだろう、何か通信機のようなものを持った人影が見えたことを。
「……静かに聞け。どうやら気づくのが遅かったらしい」
「ええっ!? そ、それって、もしかして見つかったの!?」
「大きな声を出すなって。まだあっちは俺達が気づいたこと知らないみたいなんだから」
だが、気づいていても関係ないのかもしれない。見たところ複数人がいるようだし、俺が出てくるタイミングを待っているのだろう。
かといって、このまま路地にいても、痺れを切らした彼らに捕まるだけだ。
「一体どうしろっていうんだよ……」
結局のところ、最初に仲間がいる可能性を考えなかった時点で、詰んでいたのだ。
正直、もう打つ手はない。せいぜい、投降するか、駄目もとで特攻するかを選ぶぐらいだ。
「よく聞け、今から助けてやる」
諦めかけていたとき、突然声がした。が、振り向いても誰もいない。ただそこには壁が広がっているだけだ。
「……幻聴、か?」
「私の声が聞こえたなら、扉を叩け」
また声が聞こえた。どこかで聞いたことのある女の声だ。
よく見ると、壁だと思っていたところに薄汚れた取っ手が付いている。どうやら、その向こうから話しかけているらしい。
「おい、聞こえてないのか?」
「あっ、あぁ、悪い……。大丈夫だ、聞こえてる」
訝しげな声に、慌てて返事をする。どこの誰だか知らないが、助けてくれるというなら是非もない。
「そうか。では、今からこの扉を開き、逃走経路を用意する。お前達はそのまま私について来い」
「分かった」
「よし、なら行くぞ」
そう声がすると同時、半ば壁と一体化していた扉が開かれた。そのまま飛び込もうとして、そこに立っていた相手を見て硬直する。
「なっ、お前は……!?」
「何を突っ立っている、さっさと来い。それとも、あいつらに捕まりたいのか?」
扉の向こうにいたのは、拳銃女だった。
彼女は棒立ちの俺の腕を掴むと、中へ引きこむ。薄い扉の向こうから、こちらへ近づく数人の足音が聞こえてくる。このままここにいれば、確実に彼らに捕まるだろう。
「時間が惜しいので詳しい話は後だ。だがこれだけは言っておく、私はお前達の敵ではない」
そんな言葉だけで、最初拳銃で襲ってきた相手を信用なんてできない。しかし、今は彼女の言葉を信じる以外に手はないのも事実。
「くそっ、絶対後で説明してもらうからな!」
「ああ、今はとにかくついて来い」
そう言って走る女の後を、追いかける。その間にも、周りは追っ手の声で騒がしくなっていく。
「いったい、どうなってるのよ?」
手元で呟くライムの声に、心の底から同意したくなった。本当に、まったくもってわけが分からない。
遅くなりましたが更新です。
次はもう少し早くにできるようにします。
それでは、今回も読んでいただきありがとうございました。