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高橋、黙考す

部屋へ引き上げてから二時間。僕はベッドに横たわり、天井を見上げていた。


戻ってからしばらくは緑茶を飲みながらぼんやりしていた。すると少しずつ落ち着いてきた。そこでベッドに寝転んで、考えていた。先程冬木氏に言われたことを。


「帰るのか、残るのか、か」


発した言葉は宙をさ迷い、霧散して消えた。一人で部屋にいるのだから当然なのだが、今日ばかしは虚無感が大きい。


まあ、いくら時間をくれるとは言え、悪戯に引き伸ばすわけにはいかないし、冬木氏にも少なからず迷惑がかかるだろう。そう思った僕は、今後のことについて考え始めた。


僕はどちらを望んでいるのか、正直自分でもよくわからない。特段、不幸というわけではなかったけど、取り立てて幸せだったわけでもない。


僕はごくごく普通の、平均平凡な両親の元に生まれた。父親はしがない会社員で、母親は近所のスーパーでパートをしていた。両親共働きで、かつ一人っ子だったから、少々さみしい子供時代だった。ただ、近所に子供好きのおばあさんがいて、折を見て面倒をみてくれたらしい。これは親から聞いた話だから記憶はほとんどない。


そんな僕も小中高と恙無く過ごせた。そこまで頭もよくないし、どんくさかったから、多少のいじめというか、そういうのはあったけど。でもなんとかかんとかやれてはいた。


学生時代はとても楽しかった。適当にやっていてもなんとかなったし、一浪したけど、大学にも入れた。仲間内でバカやってるときは本当に楽しかった。


大学を卒業したら、運悪く不景気で一年就職浪人した。なんとか就職はできたけど、なかなか仕事も覚えられないし、成績も上がらなくて、大変だった。正直会社はあまり好きじゃないし、行きたくないなと思うことも多々あったけど、なんとか勤めていた。


そんなせいか、あまり過去に戻りたいという気持ちはない。両親のことはとても気になる。あまり親孝行みたいなことができなかったし、一人息子に先立たれてどうだったのか、気にならないと言えば嘘になる。


両親のことは気になるが、現時点で過去に戻る手段はない。いつ完成するかわからない研究を待つために、隔離され続けるのも、精神衛生上よくはなさそうだ。


そして何よりもまず、あの世界では僕に居場所などあったのだろうか。会社には居場所なんてなかったし、必要ともされていなかった。学生時代の友人達は、次々に地方へ行った。転勤になった奴もいれば、地元に戻った奴もいた。もう何年も会っていない友人も多い。


特段他のつながりもない。人付き合いはあまり得意ではなかったから、コミュニティにも属していない。


だからだろうか、あまり帰りたいとは思わない。と言うか今並べた理由では、むしろ帰りたくないようにしか思えないだろう。


そんな中でも、やはり両親のことが唯一にして最大の心残りだ。帰れるものなら帰って伝えたい。育ててくれてありがとう、二人のお陰で生きてこれたよ、と。いつまでも普遍だと思って、伝えていなかった言葉がたくさんある。いつか伝えよう、いつか親孝行しよう、そう思っていた。


だがどうだろう?そんなことは全くできず、今頃になって気付く有り様だ。


ここまで考えて、僕は思考を一時中断した。このままではどこかで思考が崩壊しそうな気がしたからだ。


立ち上がって机上に置かれたピッチャーをとる。脇に置かれたコップに水を注いで、一気に飲み干す。


程よく冷えた水がいい案配に身体に染み渡る。ふう、少し落ち着いた。


さて、ここからはここに残る場合を考えてみよう。知っていることはほとんどないけど。


少なくとも、平成日本よりは、はるかに科学技術が発展している。それは間違いない。ここから見える景色、といってもブラインドが降りているからうっすらとだが、整然としている。


それにあまり音が聞こえない。ここへ来るときに乗った車もそうだったし、行政官事務所のエレベーターだって、静かなものだった。静音化技術は相当進んでいるようだ。


まあ、宇宙に人類が進出するくらいだ。これくらいは当たり前なのかもしれない。映画なんかで見る、スペースコロニーなんかじゃなさそうだし。


と、ここまで考えたところで、僕は冬木氏に連絡を取ろうと思った。この時代について聞くためだ。教えてはくれないだろうが、ダメ元だ。


机上にある物体、恐らくこれが先程冬木氏が言っていた、新たに設置した端末だろう。小さな匣体が置いてある。その脇には一枚の紙が…タイトルは『通信端末の使い方』


…とりあえず使い方に沿って使ってみる。


「コンソール」


僕が呟くと、何もない空間に画面が現れた。ホンマかいな。


画面を見ると、スマホみたいな画面だ。なんの変哲もない地味な壁紙の中に、「コンタクト」と「設定」のふたつのアイコンが並んでいる。


「コンタクト」


そう呟くと、画面が遷移して、電話帳のようなものが表示された。そこには「冬木未知子」とだけ表示されていた。さらに「通話」と「メッセージ」が表示されている。


「冬木未知子、通話」


そう呟くと、画面には「CALLING」との表示が。程なくして画面が遷移して、冬木氏が映し出された。


「お忙しいところすいません」


「いえ、気にされなくて大丈夫ですよ、高橋さん」


僕の言葉に、そう答えた彼女。


「取り急ぎ、お聞きしたいことがありまして」


「はい、なんでしょうか」


「この時代のことについて、教えてください。どんな時代かわからなければ、ここで暮らすことの検討材料が少なすぎます」


すると冬木氏は困った、という表情をした。まあ、当たり前か。


「それはお話できません。この時代で過ごすと決めた後なら話は別ですが…」


やはりか。


「ただ、これは言っても差し支えないと思います。貴方が過ごした時代にも、必要最低限度の生活は保証されていたかと思います。ここでもそれは変わりません。市民はすべからく、生存や生活について保証されています。ですから、突然放り出されたり、食事に困るようなことはありません。その点はご安心ください」


「わ、わかりました」


「他には何かございますか」


「いえ、今のところは」


「では、失礼します」


通話が切れた。やはりこの時代のことは聞き出せなかったか。


しかし、少なくともこの時代では、最低限度の生活は保証されているようだ。生活保護みたいなものかな。よくはわからないが、突然放り出されたりしないとのことだ。


そして、三好君のを思い出す。彼の家はなかなか広かったし、近所も広さ的には同じように見えた。ここだって備品こそビジネスホテルのシングルだが、広さは断然広い。


まあ三好君はお金持ちで、あの辺りは高級住宅街という可能性もあるし、ここだって行政官事務所だからということも考えられる。


さて、どうしたものかな。まあいい、今日はのんびりして、明日改めて考えよう。


そう思って、僕は再びベッドへ寝転んだ。

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